神子様、異世界に召喚される
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サンライト王国と呼ばれる国が建国される頃から、長く信仰されて来た主神達を祀る神殿にて、今まさに異世界から神との親和性が高く、神の言葉と能力を承った神子と呼ばれる存在をこの地に召喚する儀式が執り行われていた。
この場には神殿に仕える老齢の高位神官をはじめとした複数の神殿に仕える者達が、神子を召喚する陣を取り囲み祈祷を行っている。そしてその陣の背後にはこの国の王子といった者から、それを取り巻く上位の貴族の若者達が儀式を静かに見守っていた。
この儀式は数百年に一度、魔素と呼ばれる大気中の成分が各地に溜まり、その淀んだ空気から魔物と呼ばれる存在が地上に現れ始め、世界の均衡が崩れようとする時に執り行われていた。
この場に召喚する神子は、魔素を浄化し魔物を祓う役目の担い手となる。その姿は代々、年若い少女であり、この場に呼ばれた貴族の若者達は召喚された少女の不安を取り除き、心の支えとなりより良い関係として、大事な使命を引き受けてくれる子に、出来る限り不自由の無い奉仕を与えられるようにとのせめてもの配慮であった。
この場にいる貴族の若者達は、サンライト王国の学園にも通う第一王子であるアルフレッドを筆頭に、その従者である者や、学園の生徒会のメンバーにも選ばれているこの国の重鎮達の令息や令嬢等である。
彼等が固唾を呑んで見守る中、儀式は最終段階へと至り、突如として陣が光り輝きだす。神官達も陣から離れだし身の安全の為にと、王子達も離れるようにと高位神官から指示が出るのだった。
眩い光が消え始め、陣の中からは人影が表れ出す。その姿に神官達は即座に膝をつき両手も床につけ頭を下げて平伏し、アルフレッド以外も神子と呼ばれる存在に失礼がないように膝をついて様子を伺っている。
光が完全に消え去り人影の姿が露わになる。背の辺りまである後ろ髪に、前髪は切り揃えられた黒い髪の、黒い瞳をした少女が、一体自分の身に何が起きたのかわからないといった様子で、呆然とした表情で陣の中でへたりこんでいて、恐る恐るといった感じですぐに周囲を見渡し始めた。
「えっ……? ええ……? 一体どこなのここは……? って、うわぁ! なんか凄いイケメンがいるぅ!?」
黒髪の少女はここが何処なのかと辺りを見渡すと、自分に対して床にべったりとくっ付くように頭を下げている神官達に引きながら、正面に人影が見えたので顔を上げると、赤髪に青い瞳をした豪華な服を着ている見知らぬ美男子が立っているので、彼女は完全に驚いてしまった。
そんな慌てる彼女に、見知らぬ土地に見知らぬ集団が自分を取り囲んで、何か妙な事をしていたのならこんな反応であっても仕方が無いのかもしれないと、アルフレッドはそう思いながら、彼女に手を差し伸べて声を掛ける。
「大丈夫か? 俺の言葉は通じるのか……? ええとだな……どこか痛む所とかが無いのなら、まずはこの手を取って立ち上がって貰えるか?」
「えっ? あ、は、はい……言葉は一応わかります。痛い所も無いし、手を取って立てば良いんですね?」
そう言って少女は言われた通りにアルフレッドが差し伸べてくれた手を取り、スッと立ち上がる。
そして彼との顔の距離が近づくと、改めてその美形具合にギョッとして彼女は慌てて手を放し一歩下がってしまう。
「ど、どうした? 俺の顔がそんなに怖いのか? 俺達はあなたに何も危害を加えるつもりは無いのだ」
「い、いえっ! 怖いといえば、確かにカッコ良すぎて怖くって! いっ、いい、イケメンとの接点とかっ、産まれてこの方一切無かったもので……」
アルフレッドは彼女の奇妙な言動を注視しながらも、その存在を改めて確認する。着ている服はデザインは全く違う物だが、どこか学園で着ている制服に近い印象を受け、大きな違いといえばスカートの丈が短く、彼女の脚を露出させている所だった。
スカートから覗かせる脚は色白で陶器のようであり、あまりじろじろと見つめる物では無いと視線を上げ、今度は彼女の髪や瞳の色に注目する。その切り揃えられた黒い髪は艶のある輝きを放ち、目も濁りの無い澄んだ瞳をしていて、清潔感のあるよく手入れされている姿なのであった。
この国では黒い髪に黒い瞳といった人間は、王族である自分でさえ目にした機会は無く、また、伝承では呼ばれる者は年若い少女であると事前に聞いている。
目の前にいるこの少女は今年で十八になる自分よりも幼いのは確実であり、脚と同様に白く幼い顔立ちに小柄で控えめな体型から想定して十三、四歳程では無いのかと推測すると、アルフレッドは自分達が何という者を召喚してしまったのだと内心愕然としてしまう。
もしかすれば異世界からやって来た彼女は、召喚される前は自分と同じ立場に近しい存在だったのではと自然と想定する。身に着けている衣服は派手な装飾は施されてはいないが、その裁縫技術は手作業で行われた物とは到底思えず、この国の並みの職人では太刀打ち出来ないと感じさせる。
この世界に神子として選ばれた者、文化、風習は違えど、あれ程身嗜みが整っている成人前であろう少女相手に、これ以上自分が対応するのは大変危険だと判断して、アルフレッドは自分を見て怖がる少女の対応を別の者にしようと後ろを向き、一緒について来た令嬢の側に行き彼女のみに聞こえる大きさで声を掛ける。
「済まないが、エレノア……ここから先の神子様への対応はお前に任せて構わないか……?」
「ええ、はい、わかりましたわ。まずは神子様のお話を伺ってみない事には、殿下では問題事が起きるとお考えなのですのよね?」
「ああ、気を付けてくれよ……? 覚悟はしていたが、俺を見て怖がっているようにも見えたから、これ以上は危険かもしれん」
「まあ確かに、ですがわたくしも初対面の方にあれこれ話を聞くのは、向いている方ではございませんわよ?」
生徒会にも所属しているエレノアという令嬢に、アルフレッドは話し掛ける。
この日の為に仕立てた品の良い服を着た彼女は、腰の程まであるさらりとした銀の髪が特徴的で、自身も初対面の相手と話をするのは向いていないと言うように、顔立ちは整ってはいるものの、その鋭さを放つ青い瞳は、彼女の声音と合わさりどこか圧を感じさせる雰囲気を出していた。
そんな彼女は、アルフレッドに対応を変わって欲しいと頼まれスッと立ち上がる。その動作は優美な物で、少し離れた所にいる少女も思わず見とれていた。
そして、はじめましての挨拶がわりに、まずは神子として召喚された少女に顔を向けて柔らかくニコリと微笑むのだが、やはり長年の貴族令嬢の生活から身に付いた独自の雰囲気も加味され、それを見た少女はぴくりと身体を強張らせてしまい、意図せずとも緊張感を与えるのだった。
エレノアは、それ見た事かとアルフレッドに目線を向ける。一体どうすればと悩む彼に、彼女は一つ提案をする。
「こうなってしまいますと、頼まれました対応の方も滞りそうですわね。ですので殿下、神子様のお相手にもう一人必要ですが宜しくて?」
自分以外に、初対面の相手に妙な圧を掛ける事が無い雰囲気を持つ人物が必要だと、そうエレノアは提案し許可を取ろうとするのだが、それを聞いたアルフレッドは悩んでいた顔を更に悩ませた。
「う、うむ……こうなればエレノア以上にこの場を任せられそうなのは、メリルなのだろうが……本当にメリルじゃ無いとダメなのか……?」
「あら、神子様との今後はこの第一印象が重要ですのに、殿下はご自身のお気に入りが神子様に取られるのが気掛かりなので?」
エレノアの提案にアルフレッドは考える。彼女以外の生徒会のメンバーは全員貴族の令息で構成されていて、そんな面々が自分達より歳の若い神子である少女に寄って集ってしまえば、より怖がらせてしまう大変これ以上無い事態となる。
彼女が怖がり、今後の関係性が最悪の物となれば、下手をすれば主神達の怒りすら買いかねない。
少女を落ち着かせて話をするだけならばと、今だけならばと、悩みに悩んだ顔でアルフレッドは自身の従者を呼ぶのだった。
「メ、メリル……! 神子様との対応にお前も必要だとエレノアが言っている……彼女に協力してはくれないか……?」
「は、はい! 殿下! 私が必要だと仰るのでしたら、神子様への対応に務めさせて頂きます」
アルフレッドがメリルと自身の従者の名を呼び、生徒会のメンバーの背後から一人の人影が現れる。
腰の下まで伸ばした明るい金髪を三つ編みで一纏めにし、エレノアよりも少し小柄な、アルフレッドの従者メリル本人であった。
穏和で優し気な淡い青紫色の目をしていて、柔らかく温かみのある澄んだ声は穏やかな印象を与え、その顔立ちはエレノアが自身より適任と言うのも納得出来る程だった。
そんなメリルを見て尚も難しい顔をするアルフレッドを他所に、エレノアが一声掛けてメリルを連れてすぐさま少女へと近づいていく。
「初めまして神子様。私達の主神様達への祈祷に応じて、このサンライト王国にようこそおいで下さいました。それと、私達の方で少々対応に騒ぎ立ててしまい申し訳ございません」
少女の前に近付いたメリルは、ふわりとした自然な動作で彼女の前に膝をついて傅いて挨拶をする。
その容姿と動作は大変絵になる物ではあるのだが、メリルのある部分が少女の頭の中で疑問符を浮かべてしまっていた。
「え、ええっと……? 私がみこさま……? 主神に、サンライト王国……? そ、それに、あなたって、何でそんな格好なの……?」
あれこれ疑問に思う事を口にしながらも、少女は目の前で膝をつくメリルという人物の姿を見て、最後にその格好について指摘した。
長い金の髪は綺麗に手入れをされていて美しく、隣にいる銀髪の女性よりも若干小柄な印象を受けるその人物は、見た目に相応しい声もしていて何処からどう見ても女性という印象しか与えないのに、着ている服装だけは最初に手を取った美男子や他に数名いる美形の男性達に近い物を着ていた。
服も背に合わせて作られているのだが、パッと見ただけでも肩の辺りは合っていないように見えてしまっている。見れば見る程メリルの着ている服装が、全然似合っていない事を妙に思ってしまう少女。
そんな少女の戸惑う姿を見て、メリルの隣にいるエレノアが手で口元を隠しクスクスと笑いながら、疑問を解消する為に場を変えようと話し掛ける。
「神子様には突然の事ばかりでしょうし、いつまでもこの場にいるのも不便ですから、落ち着く為のお部屋をご用意しておりますわ。そこで気になるお話を一つずつ解消していきましょう」
エレノアのその言葉にアルフレッドが即座に神官達に指示を出し、戸惑う少女を連れて部屋を移動するのであった。