メリル、王子の従者をクビになる
◆◇◆
ウィスティアリアの屋敷にて当主である父親に呼ばれ、メリルレイクは父の部屋へと向かっていた。
メリルが部屋の扉をノックし、自身の子が部屋に入って来たという気配を感じると、ウィスティアリアの当主ジェームスは座っていた椅子から立ち上がる。
屋敷の中で一際豪華な部屋には他にも使用人達が控えている中で、彼はじっとメリルの姿を眺めて、思わず深く息を吐くのだった。
目の前にいる子であるメリルレイクは、その産まれ上は男性という性別に当て嵌まる性的特徴を持っているのだが、外見の特徴は今は亡き母親の物を色濃く受け継ぎ、どういう訳か成長する過程でも殆ど母親と瓜二つの容姿に育っていく。
男物の服を着させてはいるのだが、自身の特徴を受け継いだ穏やかな目元以外は、腰の下まで伸びた明るい金髪に、白く柔らかそうな肌に、その他の部位も胸等の目に見える箇所を除けば、ほぼ全て亡き妻と同じ姿をしている。
その為か、全く似合わない服装の子に、父親であるジェームスは日々メリルが従者として仕えているアルフレッドからの行動を含めて、頭を抱えて悩まされている。
「うーむ、相変わらず我が子ながら、いつ見てもその姿は……本当にどうしてそうなったという言葉しか出てこないな……」
「そ、それはっ、私の台詞ですお父様……! 私だってこんな風に育つだなんて思いませんでしたから……」
「す、すまない、いつも苦労しているのはメリルお前だというのに、本人を目の前にしてどうにもならない事を言ってしまったな……」
謝罪する父親を見て、自分の事で城内で何かを言われて帰ってきたのだろうと察するメリル。せめて労わりの言葉を掛けようと近づくと、その行動ですらジェームスを動揺させるものになってしまう。
「いかがなさいましたかお父様? もしかして、また私の事で場内で何かお辛くなるようなお言葉を掛けられたのですか?」
「い、いや……お前の仕草すらも亡き母に似すぎてきて、城での一件もあってかつい思わず反応せざるを得なかった……本当にすまない……」
その言葉にメリルは言葉を失い、複雑な思いが混じった顔をして俯いてしまう。血の繋がった父親ですら動揺させてしまう仕草とあっては、益々アルフレッドにも悪影響を及ぼしかねないと思い悩むメリル。
そんな気まずい空気を振り払うようにジェームスはメリルから離れ、深々と椅子に座り直して話をする。
「まあそんな顔をするな、城で言われた事もあってか驚いてしまった私も悪かった。お前がそんなに悩む事があるとすれば、やはり殿下の事なのだろう?」
「は、はい……もうすぐ私達は学園の進級を控えておりますし、それが学園での最後の年にもなるんです。殿下にとっても貴重なお時間である筈なのに……」
「その事についてだが、メリル。学園の進級と同時にお前に上から二つ命令が与えられているのだ」
「ふ、二つも? 一つは殿下の件だとして、もう一つとは……?」
「一つはお前も言う通りの殿下との件だ。学園最後の年に、お前には殿下の従者を辞めて貰うようにとの命令だ」
父親からの言葉に、メリルは目を見開き愕然としてしまう。
どうすれば良いのかと思い悩んでいたメリルではあったが、王家の重鎮達から辞めてしまえと余りにも直球の命令を出されてしまい、頭の中が真っ白になり今にも倒れそうになる。
寸前の所で部屋に待機していたメイドが慌てて支えに来て、どうにか事無きを得た。
幼い頃にアルフレッドと出会った際に、彼から気に入られて王からの命令で半ば強引に従者の身となったメリルには、選ばれたのは彼等の都合であったのに、辞めさせられるのも彼等の都合なのだなと思う。
どうしようも無い事なのだと理解はしていても柄にも無く黒い感情を宿しそうになる所に、慌てた様子のジェームスが話を続けようとしているのに気が付く。
「ま、待てメリル! 今回の命令は理由があってだな! お前には別のお方の従者になって欲しいと国王陛下自らの指示だ! 神子様がお前を気に入ったので従者にしたいのだと仰った」
「み、神子様が……ですか……!? わ、私を従者にしたいとはどうして!?」
「うむ、本来ならば神官の中で従える者を選ぶのだが、何でも神子様はお前の容姿と境遇に大変興味を持っているそうだ」
「興味をお持ちになるのは構いませんけど……ですが、私は、女性ではない私では、やはり神子様のお側にいるのは大変不都合があるのでは……」
「それなのだが、神子様曰く『乙女思考強めの男の娘ならオッケーだって主神様も言ってたよ!』との事らしい……その、男の、娘と書いて男の娘と呼ぶらしいのだが、メリル、お前がそれに該当するようだ」
父親からの説明に、メリルは顔を赤くしてしまう。
一週間前に出会った日にもメリル達は男の娘とはどういう意味かを尋ねていた。
レイナ曰く、どう見ても女の子にしか見えない若い男の人の事だと簡潔に説明され、アルフレッドとエレノアはその説明に深く頷いて納得していた。
部屋にいるメイド達を説得する為に、ジェームスはレイナの言葉の意味を更に詳しく解説し、彼女達もアルフレッド達同様に納得した表情を浮かべて、その内の一人がメリルの肩を叩き声を掛ける。
「ご安心下さいメリルレイク様! 私達一同は心の何処かでメリルレイク様が女性だったらと思っておりましたので、神子様の話を聞いて心のモヤが晴れた気分です!」
「えええっ!? そ、そんな告白されても困ります! 私の事、そんな風に見ていたのですか!?」
「大丈夫ですよ! 私達はメリルレイク様の味方ですから! 不都合が無いのでしたら、本日からでもお嬢様とお呼びしても宜しいでしょうか!」
「いいいっ、いりませんっ! 必要無いですっ! そんな扱いをされだしたらっ、本当にどうにかなってしまいそうです! わ、私をどうしたいの!?」
「メリルレイク様、実を言うと私達は長年の鬱憤が溜まっているのです。今は亡き奥方様に瓜二つのあなた様がいらっしゃるというのに、私達はあなた様を可愛く着飾れないという長年の不満が」
そう言ってメイド達は何処からか可愛らしい装飾が施されたドレスを取り出す。それは丁寧に裁縫し制作されていて、どうやって調達して来たのかとメリルが尋ねると、メリルに似合いそうなドレスはどんなものかと、自分達で考えながら自作したのだと告白されてしまう。
そんな告白をされてしまうと、なぜだか心がドクンと跳ね上がった気がした。
一度だけなら彼女達のわがままに付き合ってあげても良いのではと心が揺らいでしまうメリルに、ジェームスによるウィスティアリア家の当主としての一喝が飛ぶ。
「よさんかお前達! 一番しんどい思いをして耐え忍んで来たのは他でも無いメリル自身なのだぞ! 今ここでこの子を甘やかす事は、我が家の矜持にも、殿下の為にもならんのだ!」
そう言って頭を冷やすようにメイド達は部屋を追い出されてしまう。神子であるレイナによるこの世界には無かった概念によって、長年の自分達の感情を言語化出来てしまった彼女達はつい理性を無くしてしまった事を反省し、メリルへ謝罪を行い、しょんぼりとした表情で急ぐように部屋を後にしていく。
そんな彼女達に何を言えば良いのか咄嗟に思いつかず、メリルは言葉が詰まってしまい、部屋を出て行く彼女達に向かって中途半端に手を前に伸ばす事だけしか出来なかった。
部屋に残ったのは親子二人と、ジェームスが子供の頃から既にこの家に仕えている執事とメイド長だけになる。
しんと静かになった部屋で、メリルの満更でも無さそうだった反応を見て、二人の空気は更に気まずい物になる。
「ま、またもやすまない……今日この部屋で何度もお前に謝ってばかりだな……だが、あのままでは良くない空気だったと思ったのだ」
ジェームスはメリルに謝罪をするのだが、メリルの目元にはうっすらと涙が浮かんでしまっている。
「そ、そんな顔をしないでくれっ!? お前にも我が家の矜持や、一線を越えてはいけないという思いはあるだろう!?」
「わかってます……わかっていますとも……ですが、親しい存在に自分の為に用意した物だと言われて、心が揺らがない人間はいませんよっ! せめて、感謝の気持ちだけでも伝えたかったのに……」
そう言ってメリルはメソメソと泣き出した。すぐにメイド長が宥めながらハンカチで顔を拭っていく。
ジェームスが言っている事は、あれ程自分の存在について思い悩んでいるメリルにとっては常日頃から考えている事でもある。例え着る事は出来なくても、せめてお礼だけは伝えたかったと亡き妻と同じ容姿で泣く子供に、彼はおろおろと謝罪をするしか出来なかった。
話はメリル達が、この世界に召喚された神子と出会った一週間前に戻る。