秘密だったのに
親友の姫花から秘密にしていてと言われた話を、同じクラスの高野に漏らしてしまった。ほんの出来心だった。
高野とは、それほど仲が良いわけではない。だけど、夏休みの宿題が終わらず教室に一緒に居残っていたら、変な仲間意識が芽生えた。テキストに向き合いながらゆるく話していたら、思いがけず同じバンドが好きということがわかり盛り上がった。あの曲が良いよね、他のバンドに作詞してもらった曲も良いよねと、会話が弾んだ。
次第に一つの話題じゃ物足りなくなり、恋バナを話すくだりになった。話によると、高野はバスケ部の先輩が好きらしい。応援団の団長を務めたところが、かっこよくて好きになったらしい。純粋な片思いだ。
私は現時点で、好きな人も付き合っている人もいなかった。だから恋バナができずに時間を持て余した。今となってみれば、好きな俳優の話題でも出せば良かったと思う。
だけど、高野が真剣に話してくれた恋バナに匹敵しないと思ったからだろう。
「知ってた? 姫花って早山が好きらしいよ」
私は咄嗟に、2ヶ月前に姫花が打ち明けてくれた、好きな人の話をした。あれだけ秘密にしてねと言われたのに。自分の恋バナをする代わりに、友達を売ってしまった。
姫花は幼なじみで、幼稚園からの仲だ。これまで些細な喧嘩をして仲直りすることを繰り返してきた。それでも絶交することはなかった。
何の腐れ縁か、今年も姫花と同じクラスになれた。そのため、高野も姫花の存在を知っている。
姫花は、同じクラスの早山圭人が好きらしい。早山は長身で、すらっとしていて、顔も悪くない。しかし、おとなしい性格だからか、女子人気はあまりなかった。だけど、密かに好きだという子はいそうなタイプだった。
姫花が好きな人を打ち明けてくれた時、顔を赤くしていた。そして、「まぁ、気になっている程度なんだけどね」と、照れ隠しのようなことも言った。
最後に、私の目をじっと見つめて「誰にも言わないでよ」と釘を刺した。
私も、「わかった言わないよ」と、しっかり答えたはずだった。その瞬間は、もちろん、誰にも言うつもりなんてなかった。
だけど不思議なものだ。2ヶ月経ったら、言ってみても良いかなと、甘えにも似た感情を持つようになった。むしろ、誰かに言いたい。自分一人で抱えているのは辛いと感じるほどだった。
あれから教室で早山を見るたびに「これが姫花の好きな人か」と思うようになった。どのあたりにグッときたんだろうと、一人憶測を交えて考えることもあった。
姫花とは初めの方こそ「早山と、最近どう?」なんて聞くことがあった。
だけど、テスト勉強や部活が忙しくて、自分のことで精一杯。姫花に意識を向けることができなくなった。喧嘩したわけじゃないけど、教室で一緒にいることもなくなり、ゆっくり話す機会がなかった。むしろ、もう好きな人が変わっているんじゃないかとすら思うようになった。
私は、その場限り楽しければ良いと、後先のことは何も考えていなかった。偶然、和気藹々と話が盛り上がったクラスメイトに愛想を振りまいてしまった。
姫花の秘密を漏らした後、高野は目を丸くした。あっ。言わなきゃよかったかなと一瞬だけ後悔した。
その後、高野はにっと笑って私に歯を向けた。そして、驚く一言をいった。
「知ってるよ! ってか、最近内緒で付き合い始めたんだよね?」
えっ。今度は私が目を丸くする番だった。そんなの姫花から聞いていない。
「ってか、上野さんって、姫花と仲良いから、てっきり知ってるもんだと思ってたー」
高野はさらに追い討ちをかけてきた。ショック。
なんで姫花は私に教えてくれなかったんだろう。好きな人を打ち明けるくらい高野と仲が良かったなんて知らなかった。
それとも私は秘密をバラしそうだから、もう教えてやらないことにしたんだろうか。
だったら当たっている。たった今、秘密にしていた話を高野にバラしたんだから。
姫花と早山が付き合っているなんて、ちっとも知らなかった。私がニマニマと早山に投げかけた視線は、無意味なものに思える。
秘密を漏らしたら、思いがけず嫌な気持ちになった。これがバチが当たると言うことか。
本当に誰にも漏らしてほしくない話は、友達に言いたくても、自分の中で秘めていた方が良い。身をもって知ったことだった。
むしろ、積極的にバラしてほしい話こそ、他人に打ち明けた方が効率が良いなと感じた。
教室の窓から見える日が傾き始めた。遠くの方で、運動部の掛け声が聞こえる。
暗くなる前にテキストを全部書き終わらせないと。焦る一方、姫花は夏休みの宿題、しっかり全部終わらせていたなと、ぼんやりとした頭で考えた。