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61. 通じ合いたい。


「琉生く~ん、ヘルプ~!」

 日本から一緒に行ったスタッフが、琉生を呼ぶ。

「は~い」

 自分の番が終わって、ひと息入れているところだった琉生はすぐに立ち上がり、呼ばれた方へ走っていく。

 少し離れたところでは、想太が坂を駆け上がっているシーンを撮影している。さっきから、何度も駆け上がったり駆け下りたりしているので、「あいつ今夜は筋肉痛かも」と琉生は横目で見ながらふふふと笑う。



 アメリカでの映画の撮影は、とても順調に進んでいる。

 琉生も想太も、もともとNGを出すことが少ない。

 さらに、2人の英語力の高さも、大いに撮影隊の役に立っている。

 もちろん、通訳や現地コーディネーターも付いているが、彼らも忙しい。なので、日本人スタッフと現地スタッフとの間で身振り手振りだけでは伝えきれない、ちょっとした意思疎通が必要なとき、琉生と想太、2人のどちらか手が空いている方が呼ばれることも多い。

 自分たちが必要とされることも嬉しいけれど、勉強したことが活かせることが嬉しい2人は、呼ばれるたびに、大急ぎで駆けつける。

 おかげで、琉生も想太も、スタッフ全員とすぐに親しくなれた。いつも人との距離を縮めるのが苦手な琉生には、逆にありがたいことでもある。


 呼ばれて駆けつけると、まず日本人スタッフと現地のアメリカ人スタッフの両方から話を聞く。そして、それぞれの考えのすれ違いやカン違いの部分があれば、それを双方に説明する。その上であらためて出てきた意見があれば双方に伝えて、意見の交通整理をする。

 文化の違いや感覚の違いもあるから、文字通りに伝えても上手くいかないこともある。かといって、勝手に手を加えて通訳することにも問題がある。

 双方がお互いにいやな気持ちにならないような言葉を選びつつ、できるだけ正確に双方の考えを伝えるのはかなり難しい。でも、けっこう面白い。

 

 現地に来てから、日本で勉強してきたとき以上の知識や英語力がついた気がする2人だが、1つ困っていることもある。

 この間も、映画会社の役員のおじさんが現地視察にきたとき、パーティー会場で、近くにいた琉生を呼んで日本語のダジャレを通訳してくれと言った。おじさんは、そのとき出演者のアメリカ人女性と話をしていた。

「このアジのフライは良いアジだから、どうぞアジわって食べてください」

 みたいな、ダジャレと言うにはあまりにも微妙な言葉を、うまく通訳して相手を笑わせてくれ、なんてことを言う。おじさんたちは、日本語のダジャレは日本語で言うから面白い、ということを忘れて、いつも無茶ぶりしてくるのだ。そんなダジャレの通訳を頼んでくるのは、ほぼ100%おじさん達だ。

 琉生は、まず言葉通りの意味を伝えて、さらに日本語ではこんなふうに韻を踏んでいて、楽しい響きになっていますよ、みたいに説明をつけたのだが。どう通訳するのが正解なのか、ちょっと考えてしまう。

 そのときは、幸い、相手が素敵な笑顔で、琉生の説明を聞き、おじさんにもめちゃくちゃ魅力的な笑顔でほほ笑みかけて、「ありがとう」と日本語で言ってくれたので、その場はなんとなく良い雰囲気にはなって、ホッとしたが。


 

 今日も、撮影の合間に、想太が休憩中の琉生のところに来て、ため息交じりに言った。

「なあ。なんで、おっちゃんら、日本語のダジャレ、外国の人に言いたがるんやろな。ダジャレて、めっちゃ通訳しにくいのに……」

「ほんま、それ! なんでも英語に出来るわけちゃうのにな」

 琉生も関西弁で返す。

「それも、ふだんダジャレとかあんまり言わへん人が言うから、なんかびっくりするねん」

「そうそう。だから、なんとかして面白くなるように通訳したいんだけど、難しいよ」


 2人でちょっぴりぼやいていると、通訳の石川さんが近づいてきて、

「2人ともいつもありがとう。僕の手が回らない分、2人にはいつもフォローしてもらって。すごく助かってます」

 琉生と想太に頭を下げた。

「いえ。とんでもないです。僕らでは、なかなかお役に立てなくて」

「そんなことはないよ。君たちがいてくれるおかげで、現場がすごく良い雰囲気で回ってるって、みんなで話してるんですよ」

 石川さんは、ずっと年下の琉生や想太にも、とても丁寧に話してくれる人だ。

「今、僕ら話してたんですけど、日本語のダジャレって、うまく通訳できないよねって……」

 そう話す琉生の横で、想太が力一杯うなずいている。

「ふふふ。頼まれるよね~。仕事そのものの通訳よりは、何気ないおしゃべりの最中の通訳で、けっこう困ることあるよね」

 石川さんは笑った。

「ふだんダジャレ言わへん人まで、わざわざ言うのはなんで? って」

 想太が首をひねりながら言う。

 石川さんは笑顔でうなずく。彼ももちろん同じ経験があるのだ。


「それってね。きっと、サービス精神から来てるんでしょうね。ちょっとしたジョークを言って相手を笑わせたい、楽しい雰囲気にしたい、とか。相手の気持ちをほぐして自分に親しみを感じてほしい、とか。いずれにしても、その人なりの好意の表れなんだと思います」

 困り顔の琉生と想太に、石川さんは続ける。

「ダジャレをそのまま英語にするのは言語の違いがあって難しいけど。でも、相手へのフレンドリーな気持ちや楽しい気持ちにさせたいという思いを上手く汲み取って、通訳してあげられたらいいですよね。言葉は、そうやって気持ちを通じ合わせるためのものだしね。……まだまだ、君たちにいっぱいお世話をかけると思いますけど、なんとかがんばってもらえるとありがたいです。お世辞ではなく、本当に、君たちの仕事ぶりは素晴らしいって思います。通訳としても、もちろん、何より役者としても。僕は毎日君たちの姿に感動しています。自分もがんばらなくちゃって気持ちになります」

 琉生と想太の背筋が伸びる。

 すごく嬉しい言葉だった。



 ダジャレはやめてくれ~とうんざりしかけていた琉生と想太だったが、石川さんの話を聞いてから、少し気持ちが変わった。ヘタクソなダジャレを使ってまで一生懸命人を楽しませようとするおじさん達の気持ちを、なんとか伝えようと思うようになったからだ。




「なあ。言葉って、ええよな」

 撮影を終えて、部屋に戻ったとき、ぽそっと想太が言った。


 想太と琉生は、2人部屋だ。個室にしてもいいと言われたが、一日の反省や2人でいろいろ相談したりしやすいので、相部屋を希望した。

 その日も、撮影と通訳のお手伝いで、一日めいっぱいがんばった2人だ。

 四六時中、頭の中で何度も日本語と英語のスイッチを切り替えないといけない一日だった。

 くたびれるけど、ちゃんとした意思疎通が出来ると、手応えも感じられた。


 想太が続ける。

「言葉ってさ、誰かと通じ合うためにある。それが、なんか、ええよな」

 その言葉に琉生もうなずく。

「うん。何語であろうと、言葉って人とつながるためにこの世に生まれてきたんだって実感するね」

「そや。自分ひとりの世界で、誰とも通じ合う気持ちがなければ、言葉は生まれてこーへんかったはずや」

「すごいね。通じ合いたいっていう思いの積み重ねで、たくさんの言葉がこの世に生まれてきたってことか……」

 2人で、なんだか陶然としてしまう。


「なんか、オレ、前よりもっといろんな外国語勉強したくなってきた。もっともっといっぱいいろんな言葉で話せるようになりたい」

「うん。僕も。次、何語、始める?」

 2人は英語以外に、韓国語、中国語、スペイン語、フランス語をちょっとずつ勉強している。

「そやなあ。今度は、勉強してる人があまり周りにいてへん言語がええな」

「じゃあさ、スワヒリ語とか、アラビア語とか、どう?」

 どちらも琉生が最近気になっている言語だ。

「スワヒリ語か。前に誰かが話してるの聞いたことあるけど、言葉の響きがリズミカルで楽しそうやったな」

「スワヒリ語は文字がアルファベットで、読み方もローマ字とほぼ一緒らしいから、勉強しやすいらしいよ」

「それ、ええな。でさ、アラビア語の文字も、オレ気になるわ。文字っていうよりなんか不思議な模様にしか見えへんけど、あれ読めるようになったらめっちゃすごない?」

「めっちゃすごいよ。よし。じゃあさ、日本に帰ったら、一緒にスワヒリ語とアラビア語の本、買いに行こうか。まあ、語学のコーナーで、他にもいろいろ見てみよう」

「そやな」


 やりたいことがいっぱいで、欲ばりな2人だ。

 1人なら、時間が経ったら忘れてしまうような決意も、2人なら、必ずどちらかが覚えているので着実に実行しやすい。


 

 2人の部屋に、明日のスケジュールの変更を伝えに来たマネージャーの三田に、「日本に帰ったら、新しい外国語始めることにしてん」と想太が話している。

 三田は、ニコニコして想太の話にうなずいている。2人が勉強したいと思うこと、チャレンジしたいことを、彼はけっして否定しない。アイドルに必要かどうかという基準ではなく、2人が興味を持ってやってみたい、と思うことを気持ちよく後押ししてくれる。そして、そのためのスケジュール調整も一生懸命してくれる。

 渡米前に2人が提出した企画書も真剣に読んで、必ず上の人にも検討してもらえるように話をする、と言ってくれた。生意気に思われるかもと心配していた2人に、三田は、「すごくやる気があって嬉しいよ。精一杯応援するし、僕にできることはなんでもするからね」

 力強くそう言ってくれた。

 ただ、今はこの撮影を無事に終わらせることが最優先なので、提出した企画書への返事を事務所からはもらうのは、まだ先の話だ。


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