60. 作戦会議の夜②
「すっげ~。何これ? うわあ……」
想太が目を丸くした。
琉生の持ってきた袋に興味津々な想太だったが、
「おやつは、あとのお楽しみ」
琉生に言われて、素直にノートを広げた。
そして、買ってきたおやつの袋は、想太の部屋の小さな冷蔵庫に一旦しまわれた。
「まず、2人で、これだけは大事にしたい、っていう共通認識を持った方がいいと思う」
琉生が言った。
「そうやな。漫才コンビのロザンの管さんの本でも、2人でやってくときに、それ絶対必要、みたいなこと書いてたわ」
想太が、ノートの最初のページに、共通認識と、ペンで大きく書きながら言った。
「それ『京大少年』と『京大中年』だろ」
「うん、そう。じゃあ、まず、それをはっきりさせた上で、やりたいこと、どんどんいっぱい出していこうか」
「そうしよう」
今まで、琉生も想太も、いつか、新しいグループのメンバーに選ばれたら、そのグループでデビューを目指す。そう思っていた。
グループに入ること=デビュー、ではないものの、グループに入らないことには、はじめからデビューのチャンスがないのも確かだ。
グループでの活動を重ねて見込みがあるとされたグループだけがデビューを実現する。
それでも、ときには、デビュー直前でグループから外されることもあって、グループにいても安心はできない。
めちゃくちゃシビアな世界だ。
グループに所属しない者は、そのまま、単独で研修生として活動するか、俳優部門に移って、役者として活動していくか、になる。最近は、はじめから俳優部門を目指して入所する人たちもいて、かなりの実力者が揃ってきている。
とはいえ、はじめにアイドルを目指して入ってきた者たちにとっては、やはりアイドルデビューが当面の目標だ。以前は研修生の定年制度もあって、一定の年齢に達した研修生は、俳優部門に移るか、事務所を辞めるかの選択を求められたという。
これまで、無念の思いで事務所を去った先輩たちを、琉生たちもたくさん見てきた。同期の研修生たちも例外ではなく、中には、練習生の段階のまま、辞めていった同期もいる。
せっかく入所しても全く仕事が入らず、仲間たちの活躍を自分は自宅のテレビで見ている、その悔しさや辛さがどれほどのものか。
控えめにだが、担任の倉内先生も以前そんな話をしていた。
「“自分には、何もない” そんな気持ちになって、すごくへこんでしまってね。だから、心が病まないうちに、自分は逃げたんですよ」そう言った。
琉生の憧れの人、圭も同じような時期をくぐり抜けたことを、そっと少しだけ話してくれたことがある。基本、苦労話はしたがらない彼は、「誰だって、それぞれの場所でがんばってる。大変なのはみんな同じだ。オレだけが辛かったわけじゃないから」そう言って、静かに笑っていたけれど。
琉生も想太も、まだどのグループにも所属したことがない。それでも、ずっと2人で、いろんな番組への出演もしてきたし、ライブのバックにもつかせてもらっている。ドラマや映画にもいろいろ出演してきた。
うちの事務所では、稀有なパターンと言えるかもしれない。
「異例なんやと思う」想太が真剣な顔で言う。
「そうだな。……僕もそう思う」琉生も同意する。
「だから、オレ、思うねん。この、今を活かそうって。待ってたら……待ってるばかりではあかん、って。今まで、チャンスを与えてもらうばかりやった。でも、そろそろ、自分たちで動きださんとあかん、って」
琉生もうなずく。
「ほら、出る杭は打たれる、っていうけど、出過ぎた杭は、打たれない、って言うやん?」と想太が続けた。
「こんなふうにやっていきたいって、思い切ってこちらから提案して、自分たちをアピールしようってこと?」琉生が応える。
「そう。オレたちは“2人で”デビューする。ただアイドルとして、歌って踊るだけじゃなくて、自分たちで曲も詞もつくる。もちろん、曲によっては、自分たちで演奏もする」
「いいね。2人でいっぱい相談しながら、自分たちのプロデュース方法も考えよう。僕らの魅力を一番引き出すには、僕らが2人でデビューすることだって、逆に事務所に売り込む」
うんうん、とうなずいて、想太が賛成する。
「そうしよう。とにかく自分たちから動きだそう。仕事がくるのを待ってるんじゃなくて、自分たちで、「こんなこともできますよ」って、もっとアピールしていこう」
「そうだね。オーディションもいろいろ受けよう。主役でなくていい、自分がやってみたい仕事にチャレンジしよう」
これまで、2人は入所時のオーディション以外は、それほど本格的なオーディションを受けたことがなかった。
出演してきたドラマや映画の仕事は、指名されて受けたものも多い。
もちろん、それらも含めて、琉生と想太の仕事の多くは、日頃、事務所やマネージャーさんたちが、彼らのために一生懸命動いてくれたおかげで得たものだ。
でも、その仕事が途切れずに継続して入ってくるのは、琉生と想太の仕事がそれなりに評価されている証拠でもある。
ただ、それに慣れて、2人とも、どこか“待ちの姿勢”になっていた気がするのだ。
「何やりたい? 思いつくまま書き出してみよう。あとから整理し直せばいい」琉生が言う。
「そやな。曲作りの勉強したい。とくに、アレンジを、もっと勉強せなあかん」
「うん。ボイトレもしっかりやらないと。それに、時代劇の所作も勉強したいな」
「剣道、茶道、華道、日舞もいいね。それに、自分でささっと着替えたりできるように、着物の着付けも習いたいな」
指で数えるようにして想太が言う。
2人のやりたいことは、次々あふれるように湧いてくる。
「1日24時間しかないの、足りないな。でも、なんか、すっごいワクワクしてきた」
「ほんまほんま」
「例えば、毎年テーマを決めるとか。今年は、和、をテーマにするとか、さ」
「なるほどなるほど」
ノートに、次々思いつきをメモしていきながら、2人の頭の中には、ぐんぐんイメージがまとまっていく。
「よし。企画書を作ろう」
琉生が言った。
「僕らが、自分たちをどう売り出したいか、自分たちをどうプロデュースしたいか。企画書にまとめよう。口で言うだけじゃなくて、きちんと整理して伝えよう」
「そやな。それええな。でも、オレ、企画書って書いたことないけど」
「僕もない。でも、今はたいていのことは、ネットで調べたら出てくるし、それに、大事なのは中身だから。伝えたいことをはっきりと伝わるように書く。まずはそこからだ」
「うん。そうやな。でも、なに厚かましいこと言うてるねんって思われるかもしれへんな」
想太にしては珍しく、ちょっと不安そうにつぶやく。
「そうだね。でも――自分たちの人生だよ」
琉生が返す。不安がないわけじゃない。
でも、想太といると、琉生は不安よりも勇気が湧いてくる。
「自分たちの人生、か。……そやな、自分たちの人生を、誰かが決めてくれるのをただ待つだけなんてな。そんなのつまらんよな」
想太の瞳に力が宿る。琉生となら、やっていける、そんな気持ちが湧いてくる。
「よし。じゃあ、ちょっと休憩してから、企画書作りしよう」
「うん。やったあ~。おやつおやつ」
想太が嬉しそうに両手を挙げる。
部屋の隅にある冷蔵庫から、琉生が買ってきたおやつの袋を取り出す。
この冷蔵庫は、以前、想太が、炭酸飲料のペットボトルについているポイントシールを集めて応募して当てたものだ。ポイント集めには、琉生も少なからず協力したのだが、当たった本人が一番驚いて、「ほんまに当たることあるんや。びっくりしたぁ」と何度も繰り返していたのを思い出す。
「どれどれ……」
嬉しそうに、袋から、ポテチやクッキーやグミの袋を取り出しながら、最後に底の方にあったものを取り出して、
「すっげ~。何これ? うわあ……」
想太が目を丸くした。
「何って、プリンや。すごいやろ?」
琉生が関西弁で得意げに言う。
ちょっとしたどんぶりくらいのサイズの、大きな容器に、たっぷりぎっしりつまったプリンだ。すごく大きい。
「プリン、想太、好きやん? コンビニで見て、一瞬で買うって決めてん」
琉生がまた関西弁で言う。
今まで、想太にとってのご褒美プリンは、みなみが買ってきてくれる近所のパン屋さんの、小さな固めのプリンだった。
でも、もう、みなみが想太にご褒美プリンを買ってきてくれることはない。
そのことを知っている琉生は、だから、敢えてプリンを買ってきた。
「それでな、これからは、ご褒美プリンは、僕が買うてくる。それで、がんばったよな、って言いながら、2人で一緒に食べよな」
琉生の柔らかな関西弁に、想太がほほ笑む。以前はぎこちなかった琉生の関西弁も、いつの間にか、ずいぶんなめらかになった。自然で心地いい。想太は胸にほっと灯りがともったような気持ちになる。
「うん。ありがとう」
想太の“ありがとう”は、“あ”のところではなく、“とう”のところにアクセントがある。
その優しい響きが琉生の胸に沁みる。
関西弁の“ありがとう”が、琉生は大好きだ。
どんぶりのような容器に入ったプリンを2人で食べる。
大きめのスプーンで、せっせとすくう。
なのに、それは見た目以上にボリュームがあって、2人がかりで食べているのに、まだ半分ほどしか減っていない。
でも、2人のお腹は、もうそろそろ限界だ。
「なあ、琉生」
スプーンをゆっくり口に運びながら、想太が言った。
「ん? なに?」
琉生もプリンをゆっくりすくいながら応える。
想太が苦笑いしながら、
「買うてきてもろて、こんなん言うのなんやけど……今度さ、ご褒美プリン、買うてくるときはさ……普通のんに、しよか……」
「う。うん……そうしよう」
琉生も神妙にうなずいた。
そして、次の瞬間、お互い顔を見合わせた2人は、思わず吹きだした。
はじめはクスクス、やがて、はははと朗らかな笑いが部屋の中に響く。
「なんかこの間から、オレらプリンにまつわる悲劇、多ない?」想太が言う。
「そやな」
調理実習で作った、真っ二つに裂けてゆくプリンの悲劇を思い出して、2人は、しばらく笑い転げた。
あのときの、先生を呼ぶ琉生の悲痛な叫びは、しばらくクラスでも語り草になった。はじめは恥ずかしかったけど、開き直ってみんなと一緒に笑うことにしたら、いつのまにか、それは、琉生にとっても楽しい思い出になっている。
想太と琉生の新たなスタートの夜は、笑いながら大きなプリンと共に更けていった。




