58. オール
「ありがとな。琉生」
振り返った想太が言った。
目の前の夜空に、外国へ向かう飛行機が飛び立っていく。
琉生と想太は、羽田空港にいる。3つのターミナルのそれぞれを見て回ることにして、最後に訪れたのは、国際線の第3ターミナルだ。第1、第2と巡って、各ターミナルの雰囲気の違いを楽しみながら、飛行機を眺めた。長い滑走路が目の前を横切る第2ターミナルでは、想太は小さい子どものように、嬉しそうに声を上げて喜んだ。
「一応、国際線のターミナルも行っとく?」
琉生が言って、「そやな」と想太もうなずいた。
国際線のターミナルは、少し国内線とは雰囲気が違っていた。外国人客のためか、空港内には日本情緒漂う一角もあり、いろんな店が人で賑わっている。
琉生と想太は、そこへは行かず、すぐに展望デッキへ向かった。
「なあ。琉生」
海外へ向かう飛行機を眺めながら、想太が言った。
「ん?」
「オレさ。ずっと思ってることがあって」
「うん」
「……ほら、よく言われるやん。世界進出とか、世界デビューとか、世界に通用するタレントをめざして、とかって」
「うん。よく言われるね」琉生はうなずく。
琉生たちもよくそんなふうに激励されるときがある。2人とも英語が得意で、他の外国語の勉強にも熱心なせいもある。周りの人たちは、2人がゆくゆくは世界進出を目指している。そう思っているのだ。
「……正直言うで。オレ、そんなん全然思ってへんねん」
「うん」
「海外デビューしたいとか、海外でヒット飛ばすような歌手になりたいとか、別にそんなこと、一つも思ってへん。オレは、自分が今いてる、この場所で、日本で、1人でも多くの人に、自分の歌やダンスやパフォーマンスで、喜んでもらえたら、楽しんでもらえたら、それでいい。まだデビューもしてへんのに何言うてんねん、小っちゃいこと言うな、夢のないこと言うな、って言われるかもしれへん。野心ないんかって……」
想太の声が途切れる。
「ねえ、想太。じゃあ、僕も正直に言うよ。僕も、海外デビューとか、そんなこと全然目指してない。日本の中でやりたいことがいっぱいある」
「……そっかぁ。琉生も……そう思ってたんや」
安心したように、ホッと息を吐きながら、想太が言う。
「僕ら同じこと思ってたんだね」
琉生がほほ笑みながら返す。
相棒の本音を聞けてよかった、と琉生も思った。
想太が続ける。
「オレらさ、英語もやけど、外国語めっちゃ勉強してるやん。やから、海外進出目指してるんやろ、ってしょっちゅう言われるけど。オレ、ほんま、そんなん思ってなくて。別にわざわざ否定はせえへんけど」
「うん。それは、たしかに、僕もよく言われるな。でも、海外進出のために勉強してるんじゃなくて、面白いからやってるだけなんだけどな」
「そう、それ。ただ楽しいからやってるだけなんやけど。……でもさ。あれこれやっても、オレ、やっぱ一番好きなんは、日本語やし」
「でもって、関西弁やしな」
笑いながら琉生が付け加える。
「そうそう。オレ、関西弁の魅力を日本中世界中に伝えたいねんな。そのために、日本の方言も外国語も勉強したいねん」
「うん。僕も、関西弁、好きだよ。それで、日本語が一番好きだ。今いるこの日本で、日本語で伝えたいことがいっぱいある」
琉生は想太の肩に、腕をのせて言った。
「なあ、想太。僕らは、僕らなりの伝えたいこと、やりたいことを見つけていこう。これまでの事務所の先輩たちと同じでなくてもいい、僕らなりのやり方を考えていこうよ」
「うん、そやな。なんか、早速、やりたいことがいっぱい浮かんできた。ちょっと作戦会議しよか。今日、うち、泊まりに来る?」
「いいね。じゃあ、いったん、家に着替えとか取りに帰ってから、そっち行くよ」
「うん!」
デッキを離れるとき、
「ありがとな。琉生」
振り返った想太が言った。
目の前の夜空に、外国へ向かう飛行機が飛び立っていく。
「心配してくれててんやろ」
想太が眉毛を少し下げて言った。
琉生がうなずくと、
「オレさ、ちょっと淋しくなってた。ほら、淋しすぎると、死んじゃうって言うやん」
「おまえは、ハムスターか」
琉生がつっこむ。ハムスターは淋しすぎると死んじゃうのだと、小学生のとき、誰からの情報か知らないけど、想太が話していたのだ。
「ははは」
笑いながら、想太が琉生の肩をとんと小突く。
「行こか」
「おう」
相棒の隣を歩きながら、琉生は思う。
海外デビューがどうとか、世界進出がどうとか、そんなことはどうでもいい。
ただ、2人で、どんなことがやりたいか、だ。
これまでは、2人でデビューできるかどうかもわからない。そう思ってもいた。だから不安だった。
でも、違う。そうじゃない。
絶対に、目指したいものは譲れない。そこを、しっかり大事にしよう。
自分たちの進む道を誰かに委ねるのではなく、自分たちの手で、しっかり描こう。
そう思う。
琉生の頭の中に、『宙船』という歌の一節が浮かんだ。
琉生の好きな歌だ。
心の中で、歌詞を口ずさむと、目の前の夜空が暗い大海のように見えた。
その波の上を進む小さな舟。
琉生と想太の乗る舟だ。
オールの片方を琉生が、もう一方を想太が漕ぐ。
琉生は、そのオールを力を込めて握りしめる。
このオールは、絶対手放さない。自分の手で漕いでいく。




