57. いってらっしゃい
リビングのテーブルの上には、色とりどりの可愛いコブタが並んでいる。
「うわ。どうしたん? これ……」
琉生の口から、思わず関西弁が出た。
想太の様子がおかしい。
佐藤からそう教えられて、琉生は、その日の帰り道、早速、想太の家に行った。
想太は午後に入っていた仕事を終えて、自宅へ直帰していた。
玄関を開けて招き入れてくれた想太のあとに続いて、琉生はリビングに入った。
広いリビングテーブルの上には、色とりどりの小さな羊毛フェルトのコブタが並んでいる。
「うわ。どうしたん? これ……」
思わず、琉生が関西弁で言うと、想太がにっこり笑いながら、
「可愛いやろ? なんかさ、やたらに可愛いもん作りたくなって」
「おお。たしかに、めっちゃ可愛いな。色もパステル調でふわっとしてすごく可愛い」
琉生は、一番近くにいた黄色のコブタをそっと手のひらに載せた。
少し鼻先をあげて、甘えてくるような、何かを懸命に訴えているような、小さな瞳がいじらしい。小さな丸いお尻も、くるんと巻いたしっぽも可愛い。
「なんか、見るたび、腕上げてるよな」
感心したように琉生がつぶやくと、
「へへ、そう? でも、オレもそう思う~」
想太がのんびりした声で笑う。でもその笑顔は、やはりどことなく元気がない。
琉生は、そのくしゃっとした笑顔に提案する。
「想太。ちょっと出かけない?」
想太が手を止めて、琉生を見上げる。薄茶の大きな瞳を嬉しそうにキラキラ輝かせて、大きくうなずく。
「行く! どこでも行く!」
「よし。じゃあ、コブタには、お留守番してもらって。出かけよう」
想太を元気づけたい。
そう思いはしたけど、その方法は? となると、琉生はまるで思い浮かばなかった。
カラオケで歌って踊って発散する、というのは前にやったところだし。
何か他にないだろうか。
一生懸命考えていると、ふと思い出したことがあった。
以前、中学の図書館のカウンターで、空と話していたときのことだ。
何の話がきっかけだったかは忘れたが、空が言ったのだ。
「あのね。何か頭の中がごちゃごちゃで、なんだか今いる場所がしんどくなって逃げ出したいような気持ちになるときって、ない?」
「ある」
琉生は短く応えた。すごく身に覚えがある。
「そんなときね、私、駅へ行くねん。っていうても、近所の駅じゃなくて、できるだけ大きな駅へね」
「うん」
「そこでね、できたらホーム全体を見渡せるような場所から線路や列車を眺めるの。そしたら、次々列車が入ってきて、また次々に出発していく。何度も何度も繰り返し列車が行ったり来たりする。その列車から降りてくる人たちも、それに乗っていく人たちも、いっぱい自分の前を通り過ぎていく」
琉生は黙ってうなずきながら聞く。空が続ける。
「はじめのうちはね、そうやって乗り降りする人をちょっと観察してみたりするねん。この人はどんな人で、どこからどこへ何をしに行く人なんかな? いろいろ想像しながら。でも、そのうちに列車の行き先表示が気になってくる。そのときホームにいる列車の中で、一番遠くへ行きそうな列車の近くまで行って、じっとベンチに座って、今からこれに乗るんだって想像する」
「うん」
「できるだけリアルに想像するの。列車の中に足を踏み出す自分とか、通路を歩いて空いているシートに座るところとか。あ、喉が渇いたから、大急ぎで向こうの売店でお茶買ってこよう。発車まであまり時間ないから、走らないと。そして、お茶を買って再び、列車に乗り込む。やがて発車のベルが鳴る。扉が閉まって、ゆっくりと列車が走り出す。そしたら、立ち上がって、列車の中の自分に向かって心の中で手を振る。……いってらっしゃいって。少しの間、その列車を見送って、それで、なんかちょっとすっきりして家に帰るねん」
「なるほど……それ、いいね」
ごちゃごちゃ悩んでいる自分を、遠くへ行く列車に乗せて送り出す。
「まあ、私が鉄道好きやから、単純に列車見てるの楽しい、っていうのもあるけどね」
空はそう言って笑ったが。
琉生は、そのときのことを思い出した。
そうだ。
列車もいいけど。飛行機はどうだろう?
調べてみると、羽田空港は、飛行機に乗らなくてもいろいろ楽しめる、と書いてあるネットの記事がたくさん出てきた。
「羽田へ、飛行機見に行けへん?」
関西弁で言ってみた。自分で言いながら、『行かない?』ではなく、『行けへん?』という柔らかい響きが、心地いいなと琉生は思った。
「飛行機! いいな。行きたい。行こ行こ」
想太も元気に応えてくれた。




