54. 新入部員
雨が降っている。
琉生は、ため息をついて空を見上げた。
今日は、想太は仕事で一足先に帰ってしまっていない。珍しく6時間目まで普通に授業を受けることができた琉生は、数学の先生のところに質問に行った。そして、無事、ここ数日頭を悩ませていた問題のヒントをもらった。
数学は想太が得意なので、彼に訊こうかとも思ったが、最近、琉生と想太は忙しくてすれ違いが続いている。なんとなくつまらない。
職員室を出たあと、図書館にも寄ってみた。全集の棚の本を軽く読んだりもした。でも、空の姿もなく、なんだかあまり長居する元気もなくて、琉生は、図書館をあとにした。
元気が出ない理由は、なんとなくわかっている。想太もだけど、織田 空と話すチャンスがないせいだ。
もし話をしたとしても、特別変わった話をするわけでもない。ただ、思いつくまま、好きな本の話をするだけだ。
それだけなのに、彼女と話したあとは、なぜか気持ちがホッとしたりスッキリしたり、している。琉生にとって、とても心地いい時間なのだ。このところ、忙しすぎて、そんな時間がないせいで、琉生は、なんとなく毎日元気が出ないでいる。
「もう、帰ろうか」
ひとり言のようにつぶやく。
でも、せっかく学校にいられるのに、早々に帰ってしまうのはもったいない気がして、足が止まる。
「もう、帰るんですか?」
声がした。顔を上げると、目の前にいたのは、担任だった。手に、傘と白いレジ袋を提げている。外に出かけていたらしい。
「倉内先生」
「今日は、珍しくお仕事がない日でしたね?」
「はい。せっかく、学校にいられるのに、放課後になったら、何もすることも行くところもなくて……」
「……学校、好きなんですね」
倉内がほほ笑む。
「はい。でも、放課後の学校には、僕の居場所はないみたいです」
ふうん、と頷いたあと、担任は、あっさり言った。
「じゃあ、居場所を作りましょう」
「え?」
「ついてきてください」
倉内の進む方向は、さっきまで琉生がいた、図書館の方だった。
「今日はね、文芸部は、みんなのんびりおしゃべりしてるので、僕はおやつ係をすることにしたんですよ」
そう言って、担任は、ニコニコしながらレジ袋を持ち上げてみせる。
「みたらし団子、君は食べられますか? きなこも、あんこもありますが。でも断然、みたらしがおススメです」
担任のほっこりした表情につられて、
「みたらし、大好きです。きなこもあんこも好きです」
琉生も笑顔で応える。
「よかった。じゃあ、一緒にお茶にしましょう」
「え。でも、それは、文芸部の人たちの分でしょう。僕は……部員じゃないので」
「あ。そうか。じゃあ、部員になればいいです」
またまたいともあっさりと、先生は言った。
「え。僕、部活は」
「大丈夫ですよ。うちは、かけ持ちも全然問題はありません。参加出来るときだけ参加する部員も、何人もいますしね。君が、都合のいいときに都合のいい形で参加すればいいんですよ」
「え……」
いいんですか、と聞こうとしたときには、2人は部室の前に立っていた。
「皆さん、新入部員、連れてきましたよ~」
倉内先生がドアを開けて、元気よく声を放つ。
「わあ~。誰ですか?」「やった~」「わあ、嬉しい!」
部員たちが口々に声を上げるのが聞こえる。
先生のあとから、恐る恐る、部室の中に入った琉生は、緊張しながら言った。
「あの。藤澤琉生です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。顔を上げると、そこにいた部員たちが、みんな拍手をして嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。
「ようこそ。文芸部へ。部長の大田です」
スポフェスのとき、太宰の扮装をしていた3年生が、にこやかに琉生に向かって、両腕を広げた。
それに続いて、3年生、2年生の先輩たち、同じく1年だという松尾が自己紹介する。
けれど、いるはずの人がいない。
空が、いない。
「うちの部は、いつも来ているメンバーは、主に7人。今日はまだ1人来てないけど。でも、部活かけ持ちしたりで普段来られなくても、読書会や部誌に寄稿したりで、参加する部員もいるからね。また、彼らのことは、そのときに紹介するね」
3年の副部長の城田先輩が言った。
「たまにしか来れなくても、みんな、気のいい人ばっかりだから、心配しなくていいよ」
2年の平澤、と名乗った先輩が言う。
琉生は、ふと気がついた。
普段来ていない部員のことを、誰も『幽霊部員』という言い方をしないことに。
その場にいない部員のことも、ちゃんと部員として彼らが認めているのが伝わってくる。
いいな、と思った。ここなら自分がいても大丈夫かもしれない。
「すみません。僕も、部活、参加出来ないことも多いと思うんですが、来られるときは、できるだけ、参加しますので」
琉生が言うと、
「無理せずにね。うちの部のモットーは、『のんびりまったり、みんなで楽しむ』だからね」
会計担当だという、三田先輩が穏やかに琉生に笑いかけてくれた。
そして、視線を入り口近くに座っていた倉内に向ける。
「で。先生、お団子は?」
「はいはい。バッチリ。きなこもあんこもありますよ」
「よくできました~。吉乃屋さんのみたらし団子は、ぼやぼやしてると、あっという間に売り切れてしまうから。あればあるだけ、買っておけ、と言われるくらいですからね。……何本買いました?」
「えっと。10本。それと、きなことあんこも5本ずつ」
「味噌だれは?」と三田先輩。
「ああ、残念ながら、味噌だれは、僕の前の女性が残っていた6本すべて買って行かれました」
倉内が報告する。
「……むむ。それは、残念」
先輩たちが唸る。よほど美味しいらしい。
吉乃屋は、学校の近く、徒歩5分ほどのところにある和菓子屋さんで、
「白味噌仕立てのタレが、こんがり焼いたお団子によく合うの。みたらしと同じくらい大人気でね。でも作る本数が少ないから、私たちにはほぼ幻の存在」
2年の満田先輩が言う。
「ともかく、美味しいお茶をいれて、さっそく、おやつにしましょうか」
部長をはじめ、3年の先輩たちが、いそいそとお茶の準備を始める。その間に、2年と1年で、テーブルの上を片付けて、紙皿を棚から出す。琉生も手伝って、1年の松尾と一緒に紙皿を並べる。
すると、ドアが開く音がして、
「すみません! 遅くなりました!」
織田 空が勢いよく飛び込んできた。
彼女は、琉生の姿を見つけて、入り口で、びっくりして立ち止まっている。
「え……?」
「新入部員だよ。1年の仲間が増えたよ」
松尾がニコニコしながら言う。
「え~、い、いつから?」
「ついさっき」
「え~……びっくりしたぁ」
目を大きく見開いて、本当に驚いた顔をしている空に、琉生は笑いかける。
「よろしく!」
「よ、よろしく」
みんなで、本の話をしながら、お団子を食べお茶を飲む。いくらでも話したいことが湧いてくる。居心地がいい。ついさっきまで、居場所がない寂しさを感じていたことが嘘のように、琉生は温かい気持ちになっていた。
話の合間に、ふと目を上げると、倉内と目が合った。
彼が目で語りかけてくる。
(居場所できたでしょう?)
(はい。ありがとうございます)
琉生は、今日、彼が自分をここに連れてきてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいになる。もし、さっき下足室で彼と出くわしていなかったら、元気の出ないまま、寂しい気持ちのまま帰宅していた。
帰り道は、部員のほとんどが同じ方向で、みんなで電車に乗った。制服姿で普通に話しながら電車に乗り込む高校生の群れの中に、琉生がいるとは誰も思わないのだろう。周りの視線を気にすることもなく、琉生は、自分の家の最寄り駅まで帰ることができた。
仕事場以外の、居場所が出来た。自分もやっと高校生になれた気がして、素直に嬉しい。
家に着くと、琉生は真っ先に想太にメッセージを送った。
『文芸部 入った』
思いがけず、すぐに返信が来た。
『え? いつ? 何で?』
『なりゆきで』
『もうちょいで、仕事終わるから。あとで、帰りにそっち行ってもいい?』
『もちろん。よかったら、うちで晩飯食べる? 誰もいないから、自分で作らなきゃだけど』
『ぜんぜんOK なんか要るもんある? 買っていこうか』
『材料は、いろいろあるから大丈夫。適当になんかつくっとくよ』
『やったあ~ じゃあさ、チャーハンがいい。今、めっちゃ、チャーハンの口やねん』
『了解』
『おわったら知らせる』
琉生は、OKという看板を持った小さな白いお団子のようなキャラクターのスタンプを返す。
琉生は、キッチンに行き、先輩グループNIGHT&DAYの歌を口ずさみながら、野菜を冷蔵庫から取り出す。
空の、びっくりした顔を思い出して、琉生の顔に、笑いが浮かぶ。
(すっごい驚いてたよな。でも……)
もしかしたら、一番驚いているのは、琉生自身かもしれない。朝、家を出るときは、思いもしていなかったことだから。
琉生は、ワクワクした気分で、野菜を軽やかに刻む。
想太は、なんて言うだろう?




