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53. 素敵なこと


「先生~! 早く! 早く来てください!!!」

 切羽詰まったような琉生の叫び声が、家庭科室に響いた。




 今日、5、6時間目は、調理実習だ。

 メニューは、プリンとクッキー。

 作りたいものをアンケート調査した結果、クラスに卵・牛乳のアレルギーの生徒がいなかったこともあって、この2つに決まった。

 グループ分けは、くじ引きで、偶然、琉生は想太や佐藤と同じ班になった。本当はもう1人、菱川という生徒もメンバーなのだが、たまたま、彼は家の用事で早退せねばならず、「あまりに無念!」とうめきつつ帰って行った。なので、「せめてクッキーはとっておくから」という約束で、琉生たちは、菱川の分もがんばろうと気合いが入っている。


 プリンの生地を型に流し入れ、蒸し上げる。粗熱をとり、冷蔵庫で冷やす。手際よく作業が進む。なかなか順調だ。型に入れる前に、卵液を漉し器で漉したので、きめ細やかな生地ができているはずだ。


「オレ、プリン、めっちゃ好き」

 できあがりを想像したのか、想太がうっとりとした顔で言う。

「オレも好き」佐藤も言う。

「きめ細やかなきれいなプリンになってると思う」

 卵液を混ぜるのと、漉し器で漉す担当だった琉生も、自信たっぷりに言った。


 クッキーは何度か作ったことがあるので、余裕だ。

 手早く、型を抜いて、☆形やら♡形やらを大量に作る。菱川のリクエストは、♡なので、♡を少し多めに作る。


 ☆や♡を天板に並べて、オーブンに入れ、調理台の上を片付ける。3人で洗い物も手早くすませる。

 周りは、まだ調理台の上がとっちらかったままの班もあるし、クッキー生地が柔らかくなりすぎて、型抜きできずに、悪戦苦闘している班もある。


 琉生たちの班は余裕で、佐藤が紅茶のカップやソーサーを用意し、想太がプリン用のお皿を用意する。プリンの飾りは、少量のホイップクリームと缶詰のサクランボだ。

 


「そろそろプリンを冷蔵庫から出して、型からお皿に移しましょう。見せる用意が出来た班から、私を呼んでください。採点しに行きます」

 家庭科の葉山先生がそう言った。


「ドキドキ」

 想太が嬉しそうな顔をする。

「じゃ、はずすで」

 そして、プリンを型からお皿に移す。

 ぷるんとした可愛らしい、てっぺんにカラメルソースののったプリンができた。

「すげぇ……」

 佐藤がため息をもらす。

「プリンって、自分で作れるんだ……」

「感動……」

 琉生もつぶやく。

 想太が、そっとぷるぷるのてっぺんに、ホイップを絞り出す。

 そして、そっとサクランボを載せようとしたそのとき。悲劇は起こった。

「あっ!」

 最初に気づいたのは琉生だ。プリンの裾野の真ん中当たりに亀裂が走り、さっきまで可愛くぷるぷるとしたフォルムを見せていたプリンが、真っ二つに裂け始めたのだ。

「あかん! 裂ける!」

 想太が悲痛な声を上げた。

 先生に採点してもらうには、完璧な姿を見せたい。当然だ。


「どうする……?」

 3人は顔を見合わせる。まだ他の班は、琉生たちの悲劇に気づいていない。

 どこも、自分たちのプリンに夢中で、よその班は目に入らないらしい。

「待て、このプリンは、一旦待避だ。先生にこれを見せるわけにはいかない。もう一つのプリンを型からだそう」

 佐藤が冷静に言った。想太が、裂けたプリンの皿を、すぐ横の炊飯器のかげにそっと置く。

「よし。これで、証拠は隠した」

「じゃあ、オレが型からプリンを取り出すから、オレが取り出し始めたら、琉生は先生を呼んで。大急ぎできてもらって裂ける前に採点してもらうんだ。想太は、ホイップとサクランボの準備をして。ホイップを絞るフリをする。あくまで、フリだ。ほんとに絞ったら、この子はホイップの重みに耐えられないからな」

 佐藤が、真剣な眼差しでプリンを見る。

「よっしゃ。わかった」

「じゃあ、琉生、頼んだぞ。用意はいいか?」

「OK」


 佐藤の合図で、琉生は先生を呼んだ。

「先生! 採点、来てください!」

「はあい。ちょっと待ってね~。この班の審査が終わったら行くからね~」

 先生の返事はのんびりしている。

 ふと見ると、第2弾のプリンも、裾野の真ん中当たりに静かに亀裂が入り始めている。やばい。もう時間がない!

 悲痛な顔で、佐藤と想太が琉生を見る。あああ。裂ける。


「先生~! 早く! 早く来てください!!!」

 切羽詰まったような琉生の叫び声が、家庭科室に響いた。

 みんながびっくりしたように、琉生たちの班の方を見る。

 先生が、ハイハイ、と言いながら、あわててやってきた。

「まあ、とってもきめ細やかに出来たわね~。はい。この班は10点中9点ね」

 そう言って、先生はメモボードにかきこむと、他の班に呼ばれて背を向けた。


 その次の瞬間、ギリギリ形を保っていたプリンはみごとに真っ二つに裂けてしまった。

「ああああ……」


 3個目も同じだった。裂けていくプリンを悲しそうに見守る3人を、周りの班の子たちが、クスクス笑いながら見ている。さっきの琉生の切羽詰まった叫び声のワケを知って、「琉生くんがあんなに必死なの初めてみた~」と笑っている。

 とはいえ、他の班も、蒸しすぎてスが立っていたり、型から出すときに崩れたりと散々な出来で、五十歩百歩だったのだが。

 唯一、10点満点をもらったのは、織田 空のいる班で、彼女たちは、ホイップクリームを形よく絞って、その上にサクランボを飾った完璧な姿のプリンを先生に見せていた。


「織田さんとこのプリン、めっちゃ可愛く出来てるやん。いいな~」

 想太が羨ましそうにつぶやく。

「でもさ、うちらのも、味は、まあまあいけるんじゃない?」と佐藤。

「うん。たしかに。口当たりもなめらかやしな」

 想太が、ひとくち食べて言う。

 だが、もしかしたら、そのなめらかさが敗因かも? と琉生は秘かに思う。

 あとで、何がダメだったのか、調べてみないと。


 それでも、ともかく、先生には、まだ形を保っているうちに見てもらえたのでよしとしよう。

 琉生が、くずれたプリンを前にうなずいていると、クッキーの焼き上がりを知らせるオーブンの音が鳴った。

「こっちは、バッチリやで!」

 想太が嬉しそうに、天板を取り出した。

「明日、菱川、めっちゃ喜んでくれそう。見て、この♡」

「うん。こんがり、いい感じに焼けたな」

 3人で天板を見下ろす。

 甘く香ばしい香りが広がる。上出来!

 何かを自分で作るって、気持ちいい。ことに、美味しいものを作れるって、すごく素敵なことだ。


 琉生がクッキーの香りにうっとりしていると、ふと視線を感じた。

 顔を上げると、少し離れたところにいる、空と目が合った。

 彼女が、自分たちのプリンを指さして、得意そうに笑顔を見せたので、琉生も、負けじと自分たちのクッキーを指さして、笑って見せる。

 空が、うんうんとうなずいて、笑い返してくれたので、なんだか琉生の胸は温かくなった。



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