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52. ガキと大人


 夏休みは、アメリカに渡っての撮影の予定がびっしり入っている。その前に、連続ドラマの撮影も少し前からスタートしている。琉生の毎日は怒濤の日々だ。

「仕事ってね、重なるときは重なるんだよね。もっといい具合にバランスよく分散してくれればいいんだけど、そうはいかないんだよね」

 これは前に、圭さんが話していたことだ。


 琉生は、映画の撮影と、連続ドラマの撮影が、毎日のように入っている。セリフを覚えるのも必死だ。

 とはいえ、ドラマの方は主役ではなく、その弟役で、出番はそれほど多くはない。

 主演は、同じ事務所の先輩、浅香公平だ。想太と同じ関西出身で、事務所の先輩たちの中でも、想太や琉生が入所したばかりの頃から、兄のように、2人を可愛がってくれている人だ。だから、琉生はかなり心強い。

 そのドラマの話を聞いて、想太が、

「いいなあ。公平さんとドラマか。いいなあ。オレも呼んでほしかった」 と羨ましがったくらいだ。

 

 琉生の役どころは主役の弟で、見た目は完璧イケメン、でも性格はおっとりしていて、ちょっとポンコツという役柄だ。案外、自分とすごく共通点がある気がする。

 制作発表のインタビューでそう言うと、みんな一様に驚いて、「え? 意外です」と言われたが。

 みんな琉生の見た目のせいで、大人っぽいとか、冷静とか、聡明とか、そんなイメージを持ってしまうのだ。


「そうだね。確かに、琉生は、知的で聡明でクール、ちょっと近寄りがたい、って思われがちだよね。特に初めて会う人にはね」

 若手マネージャーの三田が言う。

「想太が、天真爛漫のびのびお茶目な好青年、ってイメージがあるから、よけいに、みんな対比させて考えちゃうんだろうね」

 三田は、琉生のおっとりしたところも、ヘタレなところも、ポンコツなところも、けっこうわかってくれている。

「だからさ、今度のドラマで、琉生の新しい一面を見せられたらいいね」

 三田の言葉に琉生もうなずく。

 自分の引き出しを増やすこと、それは、アイドルを目指したときからずっと、琉生が考えてきたことだ。


 今度の作品は、コメディ要素の多い謎解きドラマだ。

 兄はいつも鮮やかに事件の謎を解く天才大学生探偵。高校生の弟(琉生だ)は、ついつい巻き込まれて、兄の助手をするハメになる。とびきりイケメンだが、おっとりポンコツな弟は、いろいろ失敗をやらかして、しょっちゅう兄を窮地に陥らせる。

 だが、一方で、兄が推理に行き詰まったとき、そんなポンコツ弟がひょっこり口にするひと言や、やらかす失敗が、思いがけず事件解決のカギになったりするのだ。(とはいえ、ほとんどの場合、ただの大ボケなだけのことも多い)

 これは、琉生にとって嬉しいコメディだ。


 年末に放送されたドラマがあまりに切ないストーリーだったので、事務所に送られてきたファンレターの多くは、めちゃくちゃ泣きました、とか、翌日目が腫れて大変だった、なんてことが書いてあった。感動しました、という言葉はもちろん嬉しかったけれど。

 でも、切なすぎて、薄幸すぎて辛かった、と言われると、それはそれで、なんだか申し訳ないような気持ちになってしまう。


 だから、琉生は、今度は、みんなが気楽に笑ってくれるような作品に出られたらいいな、と思っていた。もちろん、そんな都合よくは行かないものだが、幸い今回は、いっぱい笑ってもらえそうな役だ。

 主演の浅香公平と2人で、ばっちり息の合った兄弟役ができている自信もある。

 放映はまだ少し先だけれど、自分でも今から、みんなの反応が楽しみなのだ。


 想太は、夏休み中の映画の撮影が終わってから、連続ドラマの撮影に入る予定だ。お正月に放映されたスペシャルドラマが好評で、連続ドラマ化されることになったらしい。

 まだ、この話は、情報解禁前だから、ファンは誰も知らない。


 琉生たちの仕事は、実はかげでめちゃくちゃ忙しい思いをしてがんばっていても、情報解禁前で公には伝えられないことも多い。そんなこととは知らない人に、仕事がないと思われて暇なのだと勘違いされることもある。『人気がなくなってきて仕事がないようだ』とか、勝手なことをネットで書かれたりもする。もどかしくても、何も言えず、スルーするしかない。

 新しい仕事のために、1年以上も前から秘かに特訓を始めていたりすることもある。でも、そんな努力も作品が世に出るまで、誰にも知られないままだ。


 そして、琉生は、可能な限りいろんなことをあらかじめ勉強しておきたいと思っている。

 役が来てから、あわてて特訓を始めるのではなく、できるだけ、いろんなことを幅広くやれるようになっておきたい。想太も同じ考えだ。

 今、2人で話しているのは、映画の撮影が山場を越えたら、乗馬のトレーニングに行く、ということだ。2人とも小中学生の頃に、ある程度やってはいる。けれど、片手で手綱、もう一方の手で弓を持って早駆けするとか、それで、時には両手を手綱から放してを弓を射るとか、時代物で戦国武将役の人がやるような、鮮やかな乗馬姿にはほど遠い。

 実は、今、2人で目指しているのは、時代劇に出ることなのだ。だから、琉生たちは耳にピアスをあけたりもしない。髪もできるだけ染めたくはない。

 まだ、時代劇のオファーがあるわけではない。でも、自分から、役を取りに行けるような自分でいたい。そう思う。


 担任の倉内先生が、家や学校や事務所との間を取り持って、琉生や想太の話や希望もしっかり聞きながら、仕事との両立をうまくできるように、さまざまな配慮や調整をしてくれている。

 実は、先生と話していてわかったのは、倉内先生自身がかつて、琉生や想太の事務所に所属していたことがあった、ということだ。

 琉生たちは、それを聞いてもあまり驚かなかった。なんとなく、事務所の先輩たちと同じ空気感を、倉内先生に感じていたからだ。


「僕はね、挫折したんです。先への不安が大きくなりすぎて。自分の未来に自信が持てなくなって。だから、事務所を辞めたんです。でも今、辞めて正解だったと思っています。そして、一時期でも事務所に所属していたことも正解だったと思っています。こうして、君たち2人の力になれることがきっとあると思うから。君たちが、学校も仕事も続けていけるように。その才能を伸ばせるように」

 先生はそう言って、琉生たちが、仕事で出席できない分の授業について、どんな対応ができるか、様々なことを検討してくれた。

 

「オレ、倉内先生、めっちゃ好き」

 想太は、前以上に、倉内先生のことを全面的に大好きになっている。もちろん、琉生も同感だ。

 先生は頼もしくて、優しい。今は退所したとはいえ、自分たちの大先輩でもあり、大人としても信頼できる気がする人だ。

 担任している1年7組の生徒からはもちろん、それ以外のクラスの生徒からも、人気がある。

 そして、国語の教師だけあって、その読書量もすごいらしい。

 

 あれこれ、到底かなわないな、と思う人が、また1人増えてしまった。

 佐藤にも同じように思うこともあるが、彼は同級生な分だけ、まだなんとか勝負できそうに思える。

 でも。

 倉内は大人すぎて、自分には、到底太刀打ちはできなさそうな気がするのだ。


 少し前、何の話題がきっかけだったかはっきり覚えていないが、想太が、倉内先生のことを『かなり好き』とか話していたときに、すぐ近くにいた織田 空が、その言葉に同意するように無意識に? うなずいていた。

 それを見たとき、実は、琉生はけっこうショックを受けた。

 すぐに動揺しがちなガキな自分に比べて、頼もしくて親切で優しい大人である倉内のことを、空も好もしく思っているのだと知ったからだ。おまけに、倉内は、元事務所の先輩だけあって、ルックスもかなりいい。すべてにおいて、アドバンテージを握っている。


 そうだよな。

 そりゃ、先生のような大人の男性、好感度高いよな。

 実は、倉内といると、ちょっとだけ(いや、かなり)、自信をなくしてしまいそうになる。

 いじけそうになる自分を感じてしまう。

 想太のように、手放しで、『倉内先生、大好き!』と言えたら、どんなにいいだろう。

 素直に、そうできない自分の微妙な心理状態がもどかしい。


 だから、思い切り振り切って、ヘタレでポンコツな高校生の役をやるのが、いっそ楽しい琉生だった。


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