51. 幸せは
「今日、ダンスのレッスン、行く時間あるかな?」
想太が言った。
「どうかな? ちょっと今日はムリかもな……」
「そやなぁ」
今日の撮影のスケジュールは、けっこう押している。
最近、琉生も想太もすごく忙しい。
映画そのものの撮影だけでなく、クランクイン時から並行して、プロモーション用動画もいろいろ撮っている。どこまで使われるのかはわからないけど、作品の公開前にネットや朝の情報番組で、作品の紹介とともに使われたりする動画だ。
それを見て、ぜひ観にいこう!と思ってもらえるように、あれこれ様々なシーンを動画に撮る。だから、ちょっとしたすき間時間も、何かしら撮影していて、ぼ~っとしている時間は少ない。
でも、今日は、もうすでに2本ほど短い動画も撮影して、今はつかの間の休憩時間だ。
今日は、屋外での撮影で、琉生と想太の出番までは、もう少し時間がかかりそうだ。
「残念やなぁ……。久しぶりに、思いっきり踊ってスッキリしたかってんけどなぁ」
想太が残念そうにつぶやく。想太は体を動かすのが大好きだ。
琉生もうなずく。
「まあ、でも、今度の東京と横浜のNIGHT&DAYのライブのバックにはつかせてもらえるから。そのためのレッスン時間は、確保してもらえるって」
「そやな。そんときに、思いっきり踊ろう。でも、自主練しとかんとやばいな。オレ、ちょっとフリが自信ないヤツある」
「僕も。今、ちょっと確認してみる?」
「うん。やるやる」
2人は、小さな声で、歌を口ずさみながら、踊る。踊り始めると、意外と自分がちゃんと覚えていることがわかる。小学生の頃から踊っていて、体にしみ込んでいるのだ。
小さくフリの確認だけのつもりで踊り始めたのに、ついつい2人で力一杯踊ってしまう。楽しい。
やっぱりダンス、好きだな。琉生はあらためて思う。
「オレ、やっぱ、ダンスめっちゃ好きやわ。あ~ライブ楽しみ」
想太も同じことを思っていたようだ。
軽く汗をかいてしまって、2人はちょっと焦る。
「あ。しまった。メイク……」
「あ。ほんまや! やば」
メイク担当の吉沢がこちらに向かってくる姿が見える。
「怒られる……」
想太が、イタズラを見つかった子どものように、肩をすくめる。
近づいてきた吉沢が、め! と2人を目で叱って、
「何してるんですか。2人とも。もう少しで出番なのに、汗かいてる場合じゃないですよ」
と言った。
「ごめんなさい!」「ごめんなさい!」
2人がほぼ同時に言うと、
「もう、しょうがないわねえ。でも、プロモーション用の動画がまた一つ撮れたって、向こうで田島さん、喜んでたから」
彼女が指さす方を見ると、いつも動画を撮ってくれるカメラマンの田島が、ニコニコ、手を振っている。
手早く2人のメイクを直しながら、笑顔で吉沢が言う。
「2人のダンスが、すごくそろってて、カッコいいって。みんなさすがだな~って言いながら見てたわよ。それにしても、息ぴったりね。『ごめんなさい』まで、声揃ってて、おもしろいったら」
テレくさくなって、琉生と想太は顔を見合わせる。
でも、なんだか嬉しい。
何気なくやったことでも、2人同時になるときがよくある。
こんなふうに気の合う相手と出会えるなんて、小5で想太に出会うまで、琉生は思いもしなかった。
隣で、神妙な顔で髪も直してもらっている想太を横目で見ながら、琉生の頬には、自然に笑みが浮かぶ。
(この先も、こうして想太とずっと一緒に仕事をしていたいな)
素直にそう思う。
どんなにハードでも、そばでこの笑顔を見ていたら、自分はいくらでもがんばれる、そんな気がする。
1人が心細いとか、一緒じゃないと何もできない、とかいうわけではないけど。
この人がいれば、安心してがんばれる。琉生にとって、想太はそんな存在だ。
琉生と想太の出番が終わったあとも、撮影はまだ続いている。明日学校もあるので、2人は、「お先に失礼します」と挨拶をして、マネージャーの運転する車に乗り込んだ。
「……くたびれた」
「うん。くたびれた」
「……腹減った」
「めっちゃ腹減った」
2人の言葉に、マネージャーの三田が、おつかれさま、と言いながら、
「おにぎり、あるけど?」と言って、助手席に置いていた袋を手渡してくれた。
「わお! おにぎり!」
「やったあ~」
袋の中を覗くと、最近2人がハマっている、おにぎり専門店のおにぎりが4つと、水のペットボトルが2本入っている。ちょっと大きめで、具がたっぷりの、琉生も想太も大好きなおにぎりだ。
「これ食べたら、やっぱレッスン、行く?」
想太が、牛肉のしぐれ煮入りのおにぎりを頬張りながら言う。
「いいね。時間、ギリ間に合いそうだしね」
琉生は、挽肉そぼろと炒り卵のおにぎりをかじりながら応える。
「きっと、2人ともそういうと思って。おにぎり買っといてよかった」
三田は言う。彼は、いつも、琉生たちのことをこまやかに気にかけてくれる人だ。
2人の、食べ物の好みもすぐに覚えてくれて、さりげなく準備してくれていたりする。2人にとって、彼はマネージャーであると同時に、大切な信頼できる兄貴分のような人でもある。
「ありがとうございます!!」「ありがとうございます!!」
琉生と想太の声が再び揃う。
お互いが大切なのはもちろんだけど、自分たち2人を支えてくれる心強い存在を、琉生も想太も、心からありがたいと、いつも思う。
(幸せだな)
琉生は心の中でつぶやく。
普通に学校に行けて、仕事もやれて、好きなことをして。日々温かくて優しい人たちに囲まれて。
そうやって、当たり前の日常を過ごせることは、なんと贅沢で、ありがたいことだろう。
1個目を食べ終えた想太が、袋から取り出したおにぎりを2個手にして、琉生に訊いてくる。湖の女神が、金の斧か銀の斧か、と訊いてくるみたいに。
「あなたの食べたいのは、タラコですか? それとも明太子ですか?」
「う~ん。今日は、明太子な気分」琉生が応える。
「ん。じゃあ、今日は、オレ、タラコにしよう」
琉生は手渡された明太子おにぎりのラップを半分はずして、2つに割る。そして、ラップに包まれた方の半分を、想太に差し出す。
「ほら、半分こ。おまえも、明太子が食べたかったんじゃないの?」
「え? 何でわかったん? すげ~琉生。オレの心読めるんや~」
じゃあ、こっちも半分こな、そう言って、想太も、タラコおにぎりを半分、琉生に手渡してくれる。
「おう。ありがと」
「なんか……熱々のカップルみたいだな」
そんな2人をバックミラー越しに見ながら、マネージャーの三田が笑う。
「君ら見てると、なんかこっちまで幸せな気分になるよ」
そう言われた琉生と想太の嬉しそうな笑顔が、ミラーの中に並ぶ。
“幸せは、特別な時間や場所にあるんじゃなくて、こんな、ごく普通の一瞬一瞬の中にあるんだ”
琉生は、ちょっと名言めいた言葉を思い浮かべながら、おにぎりを頬張る。




