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49. ブレーキレバー


 抱えた膝に顔をうずめるようにして俯く想太の肩に、琉生は腕を回す。

 かすかに震えるように上下する想太の肩をしっかり力を込めて抱え込む。


(僕がいる)

 腕に込めた力で、その言葉を伝える。その想いを伝える。

(僕がいるから。これまでも、この先も、ずっと。一緒にいるから)

 琉生に抱きかかえられたまま、想太が琉生にもたれかかり、その体重を預けてくる。その温かな重みを受け止めながら、琉生は、この先の長い人生の中で、状況や理由はそれぞれちがっても、きっと、自分たちは何度もこんな場面を繰り返していくのかもしれない。そう思った。

 それでも、きっと何度でも、何度だって、自分たちは、一緒に乗り越えていくんだろうと思った。

 そうして、琉生は、想太の静かな嗚咽を胸の中でじっと受け止めていた。



 しばらくして、ゆっくり体を起こした想太が膝から顔を上げた。

「琉生。……ありがと」

 ぽそっとつぶやくように言った瞳には、まだ潤んだ光があったが、頬にはゆっくりと笑顔が浮かんだ。

「うん」

 うなずく琉生に、想太が少しイタズラっぽい笑顔で、

「なあ、今日、レッスン、サボったらあかんかな?」

「たまにはいいんちゃう。今日は自主練ってことで」

 琉生は関西弁で応じる。

「うん。そやな、自主練や」

「じゃあ、行きますか?」

 いつものように琉生が言う。

「OK」

 想太も、どこへ? とは訊かない。

 自主練といえば、カラオケだ。想太のマンションのすぐ近くに、カラオケ店が入っている建物がある。2人は、 ボイトレの先生に欠席の連絡を入れると立ち上がって、部屋を出る。

 

 カラオケ店は今日はかなり空いていた。

 顔なじみの店長さんがいて、2人に「自主練?」と笑いかける。

「じゃ、ちょっと広めの部屋がいいね?」

 

 部屋に入ると、さっそく、

「お~し。オレ、これ歌う!」

 想太が同じ事務所の先輩たちの、ノリのいい曲を次々に入れ、2人で、振りをつけて踊りながら歌う。

 踊るためには、小さい部屋だとスペースが足りないので、少し大きめの部屋にして正解だった。

 歌って踊って、少しずつ落ち着いてきたところで、今度は、他の事務所のミュージシャンの歌も次々に入れる。

「あ~。なんか少し力湧いてきた~」

 想太が、マイクを握りしめたまま、反対の手でジンジャーエールをぐいっと飲み干し、勢いよく氷をかみ砕いて言った。


 2人のグラスは、空になっている。

「飲み物取ってくるよ。何がいい?」

 琉生が立ち上がって訊く。

 ソフトドリンクは飲み放題なので、ドリンクコーナーに行けば、いろいろある。

「じゃあ、え~とね。今度は、温かいのがいい。紅茶がいいな♡」

 想太がちょっと可愛い甘えるような声で言う。

「かしこまりました、姫。他に何か必要なものはございませんか」

 だから、琉生も胸に手を当て、執事かナイトになったつもりで応じる。

「う~ん。他には何も要らない。でも、……早く帰ってきて」

 想太がさらに調子に乗って、甘えてくるので、琉生は、ナイトモードを選択する。

 少し低めの声で、肩の辺りに拳を当てて、軽く頭を下げて言う。

「姫。長くお一人にはいたしません。すぐに戻ってまいります。しばしのお待ちを」

「わかった。どうか無事で早く戻って」

「御意」


 琉生は、部屋を出ると、ドリンクコーナーに向かう。けれど、ドリンクコーナーの方から、若い女性たちの笑い声や話し声がしたので、少しの間、お手洗いに入って、やり過ごす。

 琉生も想太も、常時気にして生活しているわけではないけれど、やはり、時々人を避けて動くこともある。とくに、プライベートで行動しているときはそうだ。

 もし、このカラオケ店が2人の行きつけであると知られて、ファンの人たちがたくさん来るようになってしまったら、肝心の自分たちの居場所がなくなってしまう。それだけでなく、お店にも迷惑をかけることが出てくるかもしれない。CDデビュー前であっても、その心配が杞憂ではないくらい、今の2人の知名度と人気は高い。

 2人にとっては、小中学生の頃から通っている場所だ。店長さんは幼いころから2人をよく知ってくれていて、ここはとても居心地のいい場所なのだ。

 

 ドリンクコーナーの人の気配が消えたので、琉生は、お手洗いを出て、ドリンクコーナーに行き、手早く紅茶を入れる。自分には、冷たいウーロン茶だ。

 部屋に戻ると、想太がソファに座ってしんみりマイクを握って歌い始めるところだった。

「♪いつも一緒にいたかった」

 そして、琉生を見上げ、丸く大きな薄茶の瞳をウルウルさせて歌う。

 プリンセスプリンセスの『M』だ。


 さっきまで、パワフルでノリノリのライブ会場は、琉生が飲み物を取りに行っている間に、一転してしっとりバラードの空気に切り替わっている。ペンライトがあったら、ゆるく左右に振りながら聴くところだ。

 想太が目で誘ってくるので、琉生もマイクを取る。

 2人でしっとり歌っていると、想太でなくても泣いてしまいそうだった。当然、想太はボロボロ涙をこぼしている。誰よりも陽気で明るい想太だが、結構涙もろいのだ。


「次は、奥華子の『初恋』いれよう。あれめっちゃ好き」

 想太が選択ボタンを押す。

「え? さすがにそれは声が出るかな」

「キー下げれば」

 なんとか歌えたけど、奥華子さんのあの透明感のある、可愛くてきれいな声のイメージで聞くのとはずいぶん違う。まるで別の歌みたいで、「なんか変」と2人で顔を見合わせて笑った。

 次から次へと、失恋ソング特集を2人で歌いまくる。


 琉生も想太と一緒に歌いながら、さんざん泣きまくったので、なんだか自分が失恋したような気分になってしまう。

 琉生は、ふと空の顔を思い浮かべる。

 でもゆるく頭を振って、その面影を払おうと試みるけど、うまくいかない。


 恋なのかどうか。

 よくわからない。

 ただ、いいな、と思う。確かに、好き、ではある。

 彼女が誰か他の男と話しているのを見かけるだけで、胸が少し痛むこともある。そして、ちょっとそこに割り込んでいって、邪魔したいような気持ちになる。(実際中学の時、そうしたこともあった)

 そして、何より彼女と2人で話すのが楽しくて、嬉しい。

 それが友情なのかどうか。

 よくわからない。



 ――やっぱり、この気持ちは深追いしたらダメだ。

 自分に言い聞かせる。

 琉生は、自分がそんなに器用な方ではないと思う。

 想太と一緒に失恋気分を味わいながら、琉生は心の中で、一生懸命ブレーキレバーをさがしていた。




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