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48.大好き。


「さあ。話してもらおうか」

 想太の部屋のドアを閉めて、琉生は言った。

 仕事の後、そのまま琉生は想太の家に寄ることにしたのだ。

 想太の両親はまだ仕事で帰宅していないようだ。いつもなら、彼らに会えないと残念な気がするけど、今日は、不在なのがちょうどいい。



「う……」

 ウーロン茶と小さな焼き菓子の載ったお盆をローテーブルに置いて、想太は短く声を発した。

 琉生は、テーブルの前に腰を下ろした。テーブルに両肘をついて、細長い指を組み、それを顎にあてると、じっと想太を見つめている。

 

「何でもないわけじゃないってことくらい、僕にはわかる。想太が、なんか悩んでるってことは」

「うん……」



「あのさ。おまえがいつも言ってることじゃん。しんどいなと思ったらなんでも話してくれって。1人で抱え込むなって」

 琉生の言葉は少し荒っぽくなる。

「いつも、そうやって聞いてくれるおまえがいるから、僕はすっごく救われてる。やから、今日は、僕が話し聞く番や」 

 琉生の言葉に少し関西弁が混じる。

「聞いても何もできないかもしれんけど、それでも、相棒がなんか悩んでるのに、ほっとかれへんよ」


 しばらくたって、想太がぽつりと言った。

「やっぱ、琉生には内緒にできへんな」

 そうして、琉生の向かい側ではなく、隣りに座り込む。


「オレさ。めっちゃ情けないこと言うで……」

「うん」

「オレ、フラれた」

「え?」

 誰に?

「みなみ。幼なじみの」

 想太が5歳くらいの頃から保育園、小学校中学校とずっと一緒で、想太と同じマンションの同じ階に住むほぼお隣さんだ。

 彼が、まだ事務所に入るよりもずっと前から、当たり前のようにすぐそばにいて、一緒に育ってきた存在でもある。

 想太の話の中によく登場する幼なじみ、みなみと琉生が直接会ったことは数えるほどしかない。でも、想太が彼女のことをどれだけ大事に思っているのかは十分に知っているつもりだ。


「なんで、今?」

「なんで、今、っていうより、今だから、かもしれへん」


 想太は、琉生の隣で、膝を抱えて話し始めた。






 みなみは、外国語が大好きで、将来留学することを目標にしていた。だから、高校も、想太たちと同じところではなく、交換留学の制度がある別の高校に進学したのだ。

 想太としては、同じ学校にみなみがいることが当たり前で、彼女がいない学校生活が想像できなくて、実はすごく淋しかったのだ。でも、彼女の夢を応援したい気持ちもあるので、何も言わなかった。

 そして、希望通り、彼女はこの夏からアメリカに渡り現地の高校に通うことが決まったのだという。

 その街は、ちょうど想太たちの映画のロケ地として予定されている場所にもほど近く、嬉しくて、想太は思わず言ったのだ。

「じゃあ、撮影の合間に、向こうで会えたらええな。オレ、会いに行くよ」

 すると、彼女は一瞬黙って、じっと想太を見つめてから言った。

「来たら、だめ」

「え? なんで?」

「……想太ってば」

 みなみは、大きなため息をつくと、言ったのだ。

「想太。私たちは、もう5歳でもないし、小学生でも中学生でもないんだよ」

「うん。もちろん」

「今、私たちが2人で出歩いたら、どういうことになると思う?」

 一瞬かたまった想太に、みなみが続けて言う。

「まちがいなく、写真撮られまくるよね。“妹尾想太 熱愛!”とかなんとかでっかい見出しつけられて」

 

 言われてみればそうだった。

 今まで、このマンションに住んでいる間、2人が、エレベーターホールでいくら話し込んでいても何の問題もなかった。このフロアには、想太の一家とみなみの一家しか住んでいないし、エレベーターも住人か住人が招いた人しかそのフロアで降りられないようになっているのだ。2人で会うのに、困ることなどなかった。しかも家族ぐるみの付き合いで、お互いの部屋を行き来するのも当たり前だった。


 シュンとした想太に、みなみが言った。

「想太。私ね。嘘つくのはいやだから、ほんとのこと言うね」

 みなみの目が真っ直ぐに想太の瞳を捉える。

 何を言われるのか、想太は不安で胸がグラグラする。

「私ね、想太のこと、大好きだよ。初めて会った5歳の時から、ずっと。ずっと大好き。たぶん、この先もずっと」

 みなみの瞳の中に、揺らめく光が宿る。

「大好きだから。だから、一度、さよならを言うね」

「え。なんで。どうして」

 想太はうろたえる。

「私には、想太の夢もすごく大事。自分の夢と同じくらい。そして、もちろん、自分の夢も想太のことと同じくらい大事なの。私は2人分の夢をすごく大事にしたい。だから」

 いつものエレベーターホールの談話コーナーで、みなみが買ってきてくれた大好きなプリンを前に、想太は青ざめる。想太を励ますために、想太ががんばったときに、いつもみなみが買ってきてくれる、近所のパン屋さんの個数限定プリン。ご褒美プリンと彼が呼んでいるそのプリンは、まだ一口しか食べていない。


「みなみ。なんで。さよならとかせんでも。ここにいる間は、これからも、こうやって、ここで会えばいいし」

 みなみは、静かにほほ笑んだ。

「ドラマなんかだと、ここで、あんたなんか大きらいとか嘘をついて、むりやり別れようとするでしょう? 私、ずっと昔っから思ってたの。好きなのに、嫌いって嘘ついて、相手をめちゃくちゃ傷つけて、嫌われるように仕向けて別れるなんて、最悪って。だからね。私は、そんな嘘はつかないって心に決めてた」

「なんで」

 みなみは、自分のことを大好きだと言う。それなのに、さよならだと言う。

 想太には、なんで、という言葉しか出てこないのだ。

 もちろん、想太だってわかっている。アイドルを目指す以上、個人的に女の子と付き合ったりすることが、どんなスキャンダルになるのかということは、十分知っているつもりだ。

 わかっている。

 でもいざ、自分のことになると、気持ちが追いつかない。


(なんで。なんで……)

 うつむく想太に、みなみが言った。

「私たちの夢に重しをつけたくない。想太の夢も、私の夢も、自由にどんどん前に進んでいけばいい。どんどん高く上っていけばいい。お互いの存在にしばられないで、私たちは自由に成長していけばいい。それで、それでいつか……ううん。やっぱりこれは言わない」

 いつか、と言いかけて首を横に振ったみなみは、潔い眼差しで想太に言った。

「何回でも言うよ。っていうか、今しか言うチャンスがないから、いっぱい言わせて。想太、大好きだよ。ほんとにほんとに、大好きだよ」

「みなみ……」

 想太は、精一杯声を絞り出してその名を呼ぶ。

 自分だって、負けないくらい、何度でも叫びたいくらい、みなみが大好きなのに、言葉が喉に詰まって、出てこない。

(なんてヘタレなんだ、オレは)

「みなみ」

 みるみる涙が目の前に膨れ上がってくる。こんなとき、泣くなんて。ナサケナイ。

「想太。ほら。プリン。まだ一口しか食べてないよ。ちゃんと食べて。せっかく買ってきたんだから」

 みなみが笑う。

 無言で、プリンをかきこんだ想太が、そっと目を上げると、こちらを見つめるみなみと目が合った。

 みるみるうちに、その目に揺らめいていた光から、一筋の滴がこぼれ落ちるのを見て、想太はたまらなくなって立ち上がった。そして、椅子に座っているみなみの前にひざまずいてみなみを力一杯抱きしめた。

「大好きやで。みなみ。オレも、ずっとずっと大好きやで。で、これから先もずっと大好きや」

 きつく抱きしめた腕の中で、みなみがうなずくのがわかる。

「お互いの夢を応援し合おう。今は手を離すけど、お互い、元気でがんばろうな……みなみ」

 

 いつか。いつかきっと。

 でもお互いその先は口にしないことにした。

 お互いを縛る言葉は要らない。

 ただ、大好きだということ。それだけは、全力で伝えたかった。

 大好き。

 その言葉をお守りにして。

 それぞれの道を進もう。そう決めた。




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