47.何かあった?
「何かあった?」
琉生が言った。少し心配そうに眉を曇らせている。
「いや、別に何もないで」
想太は笑って軽く首を振った。
「……そうか」
琉生はそう言って、それ以上は何も訊いてはこなかったけど。
想太と琉生は、今バラエティー番組の撮影現場にいる。
映画の撮影は、国内で撮れる分はある程度進んでいるが、まだまだアメリカで撮らないといけない分がある。というか、実際、そちらの方でのシーンが多いのだ。費用的にも、スケジュール的にも、出演者の都合をつけやすいように、できるだけ国内で撮れるものをまとめて撮り、夏休みになったらアメリカでの撮影を集中的に行う予定だと聞いている。特に、想太や琉生にとっては、アメリカと日本を行き来しての撮影となると、学校に通うことも大変になるので、夏休みがほぼなくなるけれど、ありがたいスケジュールではある。
想太たちの出番は、アメリカでのシーンが中心になるので、まだ今は、少し時間に余裕がある。
とはいえ、琉生は2番手で出演している連ドラの撮影もあるし、想太自身は、秋には、連ドラの撮影に入ることになっている。このドラマは、前に出演したお正月のスペシャルドラマが大好評だったため、あらためて、連続ドラマ化されることになったものだ。
あのときの出演者の人たちとは今も仲が良くて、時々食事に連れて行ってもらったり、メンバーの舞台を一緒に観に行ったりしている。
だから、この話が決まったとき、想太はとにかく嬉しかったのだ。
学校も楽しい。同じクラスには琉生がいるし、新しく友達になった佐藤もすごくいい奴だ。クラスの子たちも、気のいい連中で、想太は結構ゴキゲンな日々を過ごしていた。
そう。
『いた』なのだ。
理由は自分でわかっている。
めちゃくちゃはっきりわかっている。
想太は、基本、機嫌よく生きる、をモットーにしている。
だから、いつだって笑顔だし、誰のことも本気で嫌いになったことがない。
自分のことをあからさまに嫌ってくる人にだって、想太は心の扉を閉ざしたことはない。こっちから好きになっていけば、相手もきっと変わる。そう思うからだ。
そして、実際そうなってきた。
例えば、今の事務所に入りたての頃、練習生の段階を飛ばして、いきなり研修生としてステージに立たせてもらえたり、琉生と2人でテレビやドラマなど、いろいろ出させてもらうことも多かった。
だから、それを面白く思わない先輩たちも当然いたのだ。
琉生の父親は事務所はちがうが有名な俳優で、想太の父親は同じ事務所の先輩グループのHSTのメンバー妹尾 圭だ。なので、表立って露骨に彼らに嫌がらせをしてくる者はいなかった。
けれど、遠回しに少しずつ気持ちを削ぐような嫌がらせや陰口は結構あったのだ。
父親の圭が想太とは血がつながっていないので、『実の親子でもないのに、七光りかよ』などと、聞こえよがしに先輩たちがささやき合う声を聞いて、さすがにへこみそうになったこともあった。
それでも、想太はその先輩たちにもずっと笑顔で声をかけ続けていた。
彼らが冷たいのは、まだ自分のことをよく知らないからだ、嫌うんならちゃんと自分のことを知ってから嫌ってくれたらいい。そう思って、ひるまず彼らに近づいていった。
結局、先輩たちも、可愛い子犬のように笑顔でなついてくる後輩にいつまでも冷たくあたることもできず、「おまえには負けた」と想太の頭をクシャクシャと撫でて、そこからは、ずっと想太と琉生のことを可愛がってくれるようになったのだ。実際、彼ら2人の才能が抜きん出ていて、文句のつけようがないせいもあったが。
少々能天気なところもある想太は、だから、人間関係で、それほど気を遣って疲れたり、しんどいと思うことは、それほどなかった気がしている。
相棒の琉生は、結構あれこれ考えすぎて人疲れしがちなところがあるので、想太が気にかけて声をかけることもある。クールで大人びた外見とはちがい、琉生は意外に繊細で気にしぃなのだ。
いつもなら、「何かあった?」と声をかけるのは、想太の方だ。
でも、今日は、琉生がそう言った。
何もないで、そう言った直後に、想太は、自分では気づかずに、深いため息を一つついていた。
琉生が、そんな想太をそっと横目で見ていることに、想太は気づいていなかった。
今日は、スポーツ系のバラエティー番組だったので、跳んだりはねたり、想太は大はしゃぎして駆け回った。だから、たいていの人は、相変わらずだなと思ったようで、司会のタレントも
「想太くん、ほんとに元気だね~。いつ見てもパワフル」と感心したように言い、
他の出演者たちも、
「ほんとに、元気あり余ってる感じ? 何食べたらそんなに元気になれんの?」
などと笑いながら聞いてくる。
「そりゃあ、もちろん、肉っすよ。肉。とにかく肉!」と想太は腕の筋肉を強調するように、ガッツポーズをして見せる。
みんなが笑って、
「じゃあ、相棒の琉生くんもやっぱ、肉なの?」と琉生に司会者が訊ね、
「いや、僕は野菜です」と、すまし顔で応える琉生に、またみんなが笑った。
いろんな番組に呼ばれることも多い2人だが、まだデビューはしていないし、正式に2人組を結成しているわけでもない。それでも入所当時からずっと、2人組のように扱われることが多い。
2人でデビューすることを目指している想太と琉生にとっては、こうやって周りから2人組として認知されることは、望むところだ。
撮影は、にぎやかに和やかに終わった。
もう今日は2人ともこの後に仕事はない。
2人一緒に、ボイストレーニングに行く予定があるだけだ。想太の住むマンションから近いので、予定が合えば、想太の部屋でおしゃべりして過ごした後に、一緒にレッスンに行くことも多い。
「今日、レッスン行くまでの時間、そっちに寄っていい?」
琉生は訊いた。
「うん。もちろん。ちょうど聞いてほしい曲もあるねん。できたてほやほや」
「お。すごいな。楽しみ」
嬉しそうに、できたてほやほやの曲の話をする想太は、いつも通りの想太だ。
マネージャーの運転する車の後部座席で、琉生は、そっと想太の横顔を見つめた。




