46. クラブ対抗リレー
いた。
その姿は、入場する選手たちの列の中程にあった。
「あ。ふぁいと~!」
「お。ふぁいと~!」
「お~。ふぁいと~!」
列の中に、見知った顔を見つけては、想太が声をかけながら手を振る。琉生も一緒に手を振る。列の中に、十二単姿を見つけて、想太が声を上げる。
「お。すごい。十二単? 誰かな」
「1人は織田さんだな。文芸部は、作家の仮装をして走るって言ってたから」琉生が応える。
少し緊張した面持ちで、平安貴族のような長い髪のカツラをつけている。とはいえ、走らないといけないので、着物と同じくらいの長さの髪だ。十二単も、襟元だけ幾重にも衣を重ねたような彩りがあるが、丈は足首が見えるくらい短い。見た目は重厚感漂う衣装だけど、案外、動きやすく作ってあるのかもしれない。
「演劇部が『あさきゆめみし』やったときに作った衣装、借りたらしいね。演劇部の子が話してた」
後ろから会話する女子の声が聞こえる。
「足首見えてるけど、座ったらきっと、けっこう平安時代のお姫様っぽく見えるよね。いいね」
「襟元だけ十二単っぽくして、衣自体はけっこう軽いって。うちのお姉ちゃんが演劇部だったから。アレ作るの大変だったけど、らしく見せるためにいっぱい工夫して、それも楽しかったって」
「そうなんだ~。私も着てみたいな~」
「着てるの、織田さんと、もう1人は2年生の人かな?」
山吹色と藤色の十二単姿の2人がいる。
「そうだね。清少納言と紫式部ってところかな? あの、笠と蓑と杖持ってるのは誰? 一茶か芭蕉かな? 隣のクラスの男子だよね」
「あ、松尾くんだよ。だからもしかして、彼、芭蕉かな?」
他にも、着物姿やスーツ姿の男子もいる。みんなハチマキに名前が書いてあるので、誰の仮装かわかるようになっている。
「あ。みて。剣道部の1年生、去年全国大会で優勝したって子が、沖田総司のハチマキつけてる」
「おお。似合ってるね」
「ねえねえ。あの、太宰治の人、国語便覧の太宰の写真にそっくり。特に髪型」
「うわあ。ほんと、みんなクオリティ高っ」
女子たちが楽しそうな笑い声を上げる。
放送部の出場選手紹介より詳しいかもしれない、同級生たちのおしゃべりをききながら、琉生の目は、じっと山吹色の明るい色の着物を身につけた空に注がれる。
さっきまで少し緊張の見えた顔が、今は笑顔に変わっている。本部席の方で手を振る誰かに、手を振り返している。見ると、そこに同じクラスの佐藤がいた。彼は、学級委員でもあり、体育大会実行委員会のメンバーの1人でもある。ほんとに、彼はどんな行事でも中心にいる気がする。そして、またそれを見事に企画運営する力がある。そのうえ、成績もいつもトップクラスだ。
琉生は、心の中でそっとため息をつく。彼は、琉生が、かなわないな、と思う1人でもある。
選手たちが入場し、それぞれの位置につく。
レースは、1人50メートルで、トラック1周を8人で走る。第一走者のスタートは本部前、ゴールも本部前だ。放送部のアナウンスによると、人数の少ない部は、2回までなら同じ人が走ってもいいことになっているらしい。
空は、第一走者で、本部前のスタート地点に立っている。文芸部の部誌を数冊ヒモで束ねたモノを肩にかけている。額に巻いたハチマキに、清少納言と筆字で書かれた文字が見える。
一走目の選手は、琉生たちのクラスの前で次の走者にバトンタッチすることになる。
「ただ今、各地点に選手が揃いました」
放送部が各部の出場選手の名前をコールし、呼ばれた部員は、手を挙げて大きくアピールする。
仮装しているチームは、その人物の名で呼ばれるようだ。
「第一コース、柔道部。最近の畳は、ずいぶん軽量化が進んだとはいえ、畳です。これを背負って走るとは、さすが体力自慢の柔道部! 続いて、野球部。 持ち運べるホームベースを抱えています。最後、ゴールの時には、このベースが活躍するそうなので、みなさんそちらも注目です。続いて、剣道部。今年は、新選組の隊士に扮して、竹刀を持って走ります。額のハチマキの文字によると、第一走者は沖田総司。浅葱色の羽織が映えます。そのお隣、文芸部。いろんな時代の作家に扮して走ります。十二単姿で、ハチマキには清少納言の文字。ちなみに、衣装は演劇部の提供だそうです。そのお隣、料理部は、大きなしゃもじを担いで走ります。このしゃもじは、料理部創部メンバーによる手作りで、代々引き継がれてきた伝統のしゃもじです」
誇らしげに、料理部の第一走者が、1メートル以上ありそうな、しゃもじを高く掲げ、大きな拍手が起きる。負けじと各部の第一走者がアピールする。
空も扇を開いて、斜め下から斜め上へゆったりと動かしてみせたあと、顔の前に扇を掲げる。少ししゃがむと足首がかくれ、いっそう十二単らしく見える。衣装にボリュームがあるので、顔や手が小さく見えて愛らしい。
明るい山吹の着物も、幾重にも重なった襟元も、空の笑顔によく似合う。
琉生がぼうっと見とれているうちに、第一走者がスタートした。
清少納言は、勢いよく走ってきて、3番手で次の走者・太宰治にバトン代わりの部誌の束を渡した。柔道部は畳にちょっと苦戦し、料理部の大しゃもじもけっこう重そうだ。
現在、野球部が首位独走中だ。持ち運べるホームベースは案外軽いのかもしれない。
清少納言は、そのまま走り終えたランナーたちとしゃがんで談笑していたが、彼女の元へ駆けつけた実行委員会スタッフからの伝言を聞くと立ち上がり、最終走者の立つ場所へ走り出した。
(どうしたどうした?)
会場がざわつく。
ちょこんとグラウンドに座っていた清少納言が急に立ち上がりダッシュしたからだ。
放送部のアナウンスが入る。
「緊急ニュースです。2走とアンカーの両方を走るはずだった太宰治が、2走を走ったときに足をくじいてしまったようです。よって、文芸部のアンカーには、清少納言が再び登場するもようです」
会場がどよめく。
柔道部が盛り返して首位の野球部を追撃中で、その横を新選組の土方が並走している。剣道部は、周りに他のランナーがいないときは竹刀を振って鮮やかな剣捌き?を披露しながら走るので、どうしても遅れがちだ。だが、その立ち回りの格好良さに歓声が上がる。そして、少し離れて、文芸部の紫式部が、しゃもじを担いだ料理部と競っている。
見ているうちに、空が最終走者の集まる場所にスタンバイする。もう少ししたら、7走目の夏目漱石がぬいぐるみの猫を抱いてやってくる。
「ファイト~!」
琉生も思わず声が出る。チーム学年クラス関係なく、みんなが走者たちに声援を送る。
盛り上がる空気の中、どのチームもアンカーにバトンタッチだ。
清少納言が懸命に走っている。琉生のいる場所からは少し遠いけど、一生懸命走る空の顔が見える。
首位の野球部は、ゴールのギリギリ手前の地面にホームベースを置くと、少し離れたところまで駆け戻って、競っていた柔道部や剣道部の走者と並んで走り、最後にホームへの鮮やかな滑り込みを見せて、大歓声を浴びた。
その後にほぼ同着でゴールした料理部の大しゃもじの隣で、清少納言が扇を広げてゆるやかに舞い、会場は、拍手と笑いで大盛り上がりになった。
「1戦目に出場した各部の皆さん、素晴らしいパフォーマンスをありがとうございました! さて、クラブ対抗リレー2戦目は……」
放送部が2戦目の紹介を始める。
クラブ対抗リレーは、パフォーマンス部門で2レース、走力勝負部門が1レースある。走力勝負部門は、事前に参加する全クラブで予選を行い、本番当日の今日は、決勝レースとなる。
陸上部、バスケ部、サッカー部、バレー部、野球部、水泳部が、決勝に残っているらしい。
しばらくすると、十二単から体操服姿に戻った織田 空が、クラスの応援席に戻ってきた。
「おつかれ~」
応援席にいたみんなの声が飛ぶ。琉生もその中の1人だ。
さらに、女子たちが口々に声をかける。
「十二単、似合ってたよ」
「2回も走って、大変だったね」
次々にかけられる声に、空が「ありがとう」と笑顔で返す。
レース前に、詳しい情報をおしゃべりしていた女子たちが言う。
「それにしても、太宰治の人、すっごい似てたよね」
「でしょう? 3年の部長さん。国語便覧とか、いろんな資料見て研究して、あの髪型にするために髪も伸ばして。セットするのにけっこう時間かかったって」
空が笑いながら応える。
「そんなに気合い入ってたのに、足くじいた太宰さん残念だったね。でも、その分、清少納言、出番が増えて」
「めっちゃ可愛くて、似合ってたよ」
女子たちに、口々に可愛い、似合ってた、と言われて、空は照れくさそうだ。
心の中で、琉生も秘かに同意する。
確かに可愛かった。最後にゴールで、彼女が扇を広げて舞ったとき、ちょっと胸がドキンとしたほどだ。
みんなで、ワイワイ盛り上がっていると、途中で、どこかに行っていた想太が戻ってきて、空に声をかけた。
「あ。織田さん。おつかれ~。清少納言、めっちゃ良かったで~。十二単似合ってたし」
「ほんま? ありがとう」
空が関西弁のアクセントで応える。
「あの十二単、うまくできてるね~。座ったら、ほんまに平安時代のお姫様みたいやん」
「でしょう? 演劇部から先輩が借りてくれはってん。手作りなんやって」
「へえ。めっちゃすごいね。手作りなんや」
想太がニコニコして話している。同じことを琉生も心の中で思っているのに、ついつい聞き役に回ってしまう。
「あれね、卒業生の、うちのお姉ちゃんが演劇部のときに作った衣装なんだよ」
そばから1人の女子が言う。
「わ、ほんま? お姉さん、すごいね」想太が言う。
「わたし、お姉さんにめっちゃ感謝やわ。いっぱい工夫されてて、見た目より軽いし動きやすいしね。何より襟の重なった色がほんとに綺麗で素敵で。着られてすごく嬉しかったよ」
空の目が輝いている。
「そんなふうに言ってもらえると、お姉ちゃんもきっと喜ぶよ。襟は、すごくこだわったって言ってたから」
空や女子たちの弾む会話の横で、想太は、ニコニコしている。琉生もほほ笑みを浮かべながら、その場にいるけれど、特に言葉をはさむことはしなかった。
午前の部が終了して、実行委員以外は全員、一旦応援席に戻るよう、アナウンスが入る。
琉生がふと斜め横を見ると、空と目が合った。
琉生の目が思わず和む。くちびるの両端をほんの少し上げて、琉生はほほ笑む。
くちびるの動きで、「オツカレ」そう伝える。
空が嬉しそうに笑って、うなずく。
ほんとは、想太のように、さらりと声をかければ良かった。
似合ってたよ。
ちゃんと声で、そう伝えたかった。
一生懸命走る姿も、ゆるやかに扇を持って舞う姿も、可愛かったよ。
そう言ったら、彼女は、どんな顔をしただろう。
結局、何も言えなかった自分は、なんて自意識過剰で不器用なんだと、琉生はため息をつく。
『可愛かったよ』なんて、到底口にできそうにない。
ドラマのセリフなら、普通に言えるのに。
なんなら、めっちゃ甘々に言えるのに。
琉生は、ふがいない自分の頭を拳で軽く小突いた。




