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45. 訪れたチャンス


 大歓声が起きた。

 琉生は、その人と肩を組んで、2人の歩調を合わせる。こんなに近くでお互いの体が触れあったことは初めてかもしれない。かすかにいい香りがする。ドクドクと全身の血が体中を駆け巡る。

 嬉しすぎる胸の高鳴りを必死で抑え、琉生はゴールを目指す。




 今日は、琉生たちの学校のスポーツフェスティバルの日だ。

『体育大会』でも『運動会』でもなく、『フェスティバル』だ。祭りだ。

 もちろん、種目の中には、チーム対抗リレーや100メートル走のような本気の種目もあるが、基本は、みんなでのんびり和気あいあいと、スポーツを楽しもう、そういうイベントなのだ。

“スポーツが苦手な人も得意な人も、みんなが楽しめる一日を”というコンセプトのもと、実行委員会のメンバーが中心になって企画運営している。種目は、広く全校生徒からアンケートを募って、その中で実現可能、盛り上がりそうなものを選んで、プログラムが組まれている。

 なので、高校生だけど、『玉入れ』のような可愛い種目もあるし、『アメ食い競争』や、『パン食い競争』、借り物競走、クラブ対抗リレーなどもある。


 中でもクラブ対抗リレーは、人気種目の一つで、運動部文化部の部員たちが、それぞれの部活にゆかりのモノを持ったり、仮装して走る。

 例えば、柔道部は柔道着姿で畳を背負って走り、剣道部は面や銅をつけ、竹刀を持って走る。ブラスバンド部は、以前は自分の担当楽器を持って走っていたらしいが、うっかり落とすと大変という理由で、今は指揮者のような燕尾服姿で楽譜を持って走る。文芸部は、代々自分たちの部で発行した作品集を紐で結わえたモノを背負って走り、料理部はエプロン姿で、どこで手に入れたのかナゾだが、めちゃくちゃ大きいしゃもじをかついで走る。

 どんなアイテムを持って、どんな服装で走るのかも、みんなが楽しみにしているところなのだ。シンプルに走るだけなら、まちがいなく、陸上部やサッカー部辺りが優勝するかもしれないけれど、どれだけみんなを楽しませて会場を沸かせるか。そこがポイントの種目なので、フェスティバル前は、どの部もミーティングを何度も開いて、熱心に準備に取り組むのだという。



「織田さんとこは、クラブ対抗リレー、どうするの?」

「うちの部は、過去の作品集を背負って走るねん」

 文芸部に入部した織田 空はそう話していた。

 図書館へ行く途中の廊下でばったり出会ったとき、彼女は琉生の質問にそう答えた。

「でもね、それだけとちゃうねん。みんな、それぞれに有名な作家に扮して走るから」

「へえ。面白そう。織田さんも出るの?」

「うん。ほんとは、走るの苦手やけど。先輩がね、速く走らなくていい、観客を楽しませるのが一番って。ついでに、作品集の宣伝もできたら上出来って言われて。がんばってみることにした」

「誰に扮するの?」

「あのね……」

 言いかけた空は、軽く首を振ると、

「ふふ。ないしょ~」

 そう言って、にっこり笑った。

「わあ~。気になる」

 琉生は軽く笑って言ったけど、でも本当はすごく気になった。

「当日、仕事が入らないことを必死で願っとくよ」

「うん。私も願っとくね。高校での初めての全校イベントやもんね」



 そして、フェスティバル当日、琉生は、無事に、参加することができたのだ。

 前日までの撮影スケジュールが、驚くほどスムーズに進んで、今日一日オフになった。

 想太も同じで、

「必死で、NGださへんようにがんばった甲斐あったわ」と嬉しそうだ。


 琉生も想太も、スケジュールが直前まではっきりしなかったので、融通の利く種目に出ることになっていた。

 借り物競走だ。走って80メートル先の地点まで行き、そこで拾った紙に書いてあるモノを持っている人と一緒に20メートルを二人三脚、またはおんぶで進み、ゴールするというルールだ。

 生徒席からも観客席からも、引っ張って行かれてレースに参加する人がたくさんいる。だから、会場はずっと盛り上がりっぱなしだ。

  

 想太は、琉生の3人前のレースに出走し、本部席の中にいたPTA会長のおじさんをおんぶして、ゴールしていた。想太の拾った紙には、『お茶のペットボトルを手にしている人』と書いてあったらしい。ちょうど、ペットボトルのキャップを開けて、お茶を飲もうとしているところで、突然目が合った想太にさらわれた会長は、目を白黒させながらも、想太におんぶされて嬉しそうだった。

 客席では、女子たちが、羨ましそうに「え~っ」「きゃあ~」「いいなあ~」と悲鳴を上げている。


 観客はみんな、もしかしたら自分にも何かしらチャンスが来るのではと、ソワソワしながらレースを見守り、帽子やタオルなど、手に小物を持って、いつ指名されてもOKとばかりにスタンバイしている。


 いよいよ、琉生の番が来た。

 観客席に、熱い期待が漂う。どうかどうか、自分の持っているものを借りてほしい、そして、一緒に走りたい、観客がそう願って見つめる中、借り物競走、最終レースがスタートした。


 80メートルを走るのはあっという間だ。琉生はもともと足は速い。事務所の運動会イベントでも、けっこう上位に入る。

 拾った白い紙を広げる。

『サングラスをかけて、白っぽいシャツを着ている男性』

 サングラス。

 白っぽいシャツ。

 白っぽいシャツの人はいるけど、客席の前の方にいるのは、圧倒的に女性が多い。

 サングラスの、男性。


 そのとき、すっと、その人の姿が目に飛び込んできた。

 口元に柔らかな、滲むようなほほ笑みを浮かべて、軽く琉生に手を振っている。

「すみません!」

 琉生は、観客席のテントから少し離れたところにいる、その人に向かってダッシュする。客席の前のロープを軽やかに跳び越える。歓声が上がる。


 琉生は、たどり着いた先の、その人の手を引いて言った。

「お願いします!」

 頷いたその人とトラック内に戻る。


「なんて書いてあったの?」

 彼は言った。琉生は、大急ぎでしゃがみ、彼と自分の足をハチマキで結びながら、

「『サングラスをかけて、白っぽいシャツ着てる男性』です」

「あら。まるで俺がいるの知ってたみたいなミッションだね」

「すみません! 圭さん。お願いします!」

「いいよ~。琉生くんのお役に立てるなら。俺、あまり速くないけど」

 圭がにっこりほほ笑む。


 2人が二人三脚で走り出すと、再び大歓声が起きた。どうやら、客席から連れ出されたその人が、妹尾 圭だと気づいた観客も大勢いるみたいだ。

 

 琉生は、その人と肩を組んで、2人の歩調を合わせる。こんなに近くでお互いの体が触れあったことは初めてかもしれない。かすかにいい香りがする。ドクドクと全身の血が体中を駆け巡る。

 嬉しすぎる胸の高鳴りを必死で抑え、琉生はゴールを目指す。


 2人で小走りに行きながら、圭が息を弾ませつつ言う、

「今日は、たまたまオフでね。想ちゃんから、楽しいイベントがあるよって、教えてもらって」

「そうだったんですね。僕らも、ギリギリまで、参加出来るかわからなかったんで、今日、まさか、圭さんとこうして走れるなんて。夢みたいです」

 

 ひたすら嬉しい。とにかく嬉しい。

 琉生たちが、同じ事務所の先輩・妹尾 圭のグループ、HSTのバックにつくことはめったにない。だから、琉生にとって、憧れの圭とこんなふうに肩を組んで走るなんて、奇跡にも近い。きっと想太がうらやましがるだろう。想太は、自分の父、妹尾 圭が大好きなのだ。

 

 退場したあと、琉生は圭に頭を下げた。

「ありがとうございました! すみません。ひっぱりだしちゃって」

「大丈夫。俺ね、想ちゃんが小さいときから、学校の行事は、できる限り参加してるんだ。保護者競技にも出場したし、こういう飛び入り参加も大歓迎。久しぶりに楽しかったよ。ありがとね」


 手を振って人混みに紛れていく圭に声をかけようとする人たちもいる。けれど、にこやかに手を振ってその場を離れる圭をあまり深追いする様子はなかったので、琉生は少しホッとする。

 ひとりの保護者としてここに来ている彼の気持ちを尊重しようとする人が多いのかもしれない。

 

 生徒席に戻ると、

「琉生、おまえ、いいなあ~。父ちゃんと肩くんで走ってさ」

 想太が羨ましそうに、背中をつついてきた。想太は、圭のことを父ちゃん、と呼んでいる。

「ふふ。ええやろ~? ってか、おまえはいつでも、家で一緒におれるやろ?」

 琉生は関西弁で返す。

「うん。まあな。でも、運動会で一緒に走ったん、保育園と小学校の時だけやったもん。最近はないで。羨ましいわ」

「めちゃくちゃ幸せな20メートルでした~」

 琉生は、最高の笑顔を浮かべてみせる。

「まあ、琉生がそんなに幸せならよかったわ」

 琉生がどれほど強く圭に憧れているかを知っている想太は、そう言って笑った。


 2人がペットボトルの水を飲んで、ひと息つくと、アナウンスが聞こえた。

「ただいまから、午前の部の最終種目、クラブ対抗リレーを行います。出場選手の皆さんが入場します。拍手でお迎えください」


「あ。クラブ対抗や。これ、めっちゃ楽しいねんて」

 想太が言う。

「らしいね」

「うちのクラスからも何人か出るって」

「うん」

 想太の声に相づちをうちながら、琉生の目は、ある人の姿をさがしていた。


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