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43. なんとかしよう


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

 大きな声で、現場のスタッフさんたちに、声をかけて回る。

「おはようございます!」という返事が、撮影現場のあちこちから返ってくる。

 

 

 琉生はできるだけ、一人一人の顔を見ながら笑顔で挨拶をする。

 自分が俳優として、この場に立たせてもらえることを、常に感謝する自分でありたいと思う。自分より遥かに年上の大人たちに囲まれながら、自分が仕事をさせてもらっている。それは決して当たり前のことではないと思っている。


 役を演じるのは役者だけれど、現場で、演じることを可能にしているのは、画面にはその姿が映らない、すべてのスタッフたちだ。

 映画もドラマもバラエティも、琉生たちの仕事はチームで取り組む仕事だ。全員がそれぞれの場所で、自分の仕事を精一杯こなすことで、作品や番組は成立する。


 琉生は、いつも映画やドラマのエンドロールを見るとき、必ず、作品に関わった人たちの名前を丁寧に見るようにしている。すると、自分がかつて、別の作品でお世話になった方の名前を発見することがよくある。

 それを覚えておいて、次に会ったときに話題にしたり、連絡先を知っているときは、メッセージを送ったりする。


 今回の現場では、あまりこれまで一緒に仕事をしたことのない人の顔も多いので、名前と顔を覚えるのに、少し苦労している。

 なので、まずは挨拶をしっかり丁寧にしよう。そうやって、少しずつ親しくなっていこう、そう思っている。

 一方、想太は、人の名前と顔を覚えるのが得意で、たとえ知らない人にでも、ニコニコ近づいていき、人懐っこく話しかけていくので、すぐに相手との距離をつめられる。

 琉生も精一杯、想太の真似をして、人懐っこい少年を演じているつもりだが、なかなか難しい。

 本気で親しくなりたいと思ったら、少しずつ、なんてのんきなことを言ってる場合ではないのかもしれない。

 


 そう言えば、と琉生は思う。

 小中学生の頃、4月の始業式から数日もしないうちに、先生たちにタメ口で話しかける子たちがいた。

「これこれ、先生は、お友達ではありませんよ」と注意されながらも、それをものともせず、笑顔で人懐っこく振る舞う彼らはクラスでいつも中心にいて、そんな彼らと話すとき、先生もなんだか楽しそうにも嬉しそうにも見えた。

 琉生の辞書には、『年上の大人にタメ口をきく』なんて文字は載っていなかった

 だから、いつも普通に敬語で話して、馴れ馴れしく振る舞うとか、甘えるとか、そんなことはしたことがなかった。礼儀正しく振る舞う琉生に、先生たちは、控えめな態度で丁寧に接してくれたけど、親しみを込めて話してくれるというのとは、少し違う気がした。

 タメ口で話す子たちを、ちょっぴり羨みながら、でも、これが自分なのだから、と琉生はそう思ってきた。

 

 

 一方、想太は、タメ口ではなく、ちゃんと敬語を使っていても、人懐っこく相手の心にするりと飛び込んでいける。そんな想太を、琉生はずっと敬意を込めて観察している。

 自分が、こうありたいという姿を、目の前で見せてくれるのが、想太なのだ。

 いつか2人で、デビューしたときに、想太の足を引っ張らない自分でいたい。

 想太の出来ることは、自分も出来るようにしたい。そう思う。


 

 映画『挑戦者たち』の企画を、琉生と想太がマネージャーから聞かされたのは、まだ中3のときだ。

 それから、準備期間を経て、高校生になった2人は、やっと本格的に撮影に参加するようになった。

 とはいえ、撮影に入る前から、琉生と想太には、ある指令が下っていた。

 撮影に入るまでに、ネイティブ並みの英語力を身につけること、というのがそれだ。かなり無茶な指令だ。

 だから、2人は、受験勉強の傍ら、本当に必死で英語を勉強していたのだ。

 そのおかげで、入試の際には、英語だけは2人ともバッチリだった。もしかしたら、英語の出来がよかったので、合格したのかも、と2人で話していた。

 

 映画『挑戦者たち』は、三上柊の原作小説によるもので、上下巻のかなりボリュームのある本だったが、発売当初も、そして、映画化が発表された今も、非常に人気が高い。


 大まかなあらすじとしては、日本で生まれた双子の兄弟が、生まれ落ちてすぐ巻き込まれた事件のために、それぞれに数奇な運命をたどり、1人はアメリカで育ち、1人は日本で成長した後にアメリカに渡る。思いがけない出会いから、2人の運命は大きく動き出し、お互いを兄弟とは知らぬまま、友情と信頼を深め合っていく。そんな2人は、やがてあることに挑戦しようと考え始める。

 


 今は、まだ日本国内での撮影が中心だ。もっと撮影が進んだら、日本とアメリカを行き来しての撮影になる。しかし、できるだけ、何度も往復しなくてすむように、日本で撮れるものは先に撮ってしまおう、ということらしい。出演者のスケジュールを押さえやすくするためもある。

 主人公の幼少期は一足先に撮影が進んでいて、つい最近やっと、琉生と想太の出番になった。

 そして、出番を迎える前に、琉生も想太も、英語力のチェックを受けた。

 語学指導担当の先生は、琉生と想太の努力を大いに評価してくれた。


「短期間でよくここまでがんばりましたね。素晴らしいです」

「ありがとうございます!」「ありがとうございます!」

 琉生と想太はとりあえずホッとする。

 が、次の瞬間、先生はにっこり笑って、

「第一段階は合格ですね」

「え?」「第一段階……?」

 思わず、2人とも声が出た。

「はい。当然です。2人とも、発音や間の取り方など、とてもいいのですが、この先、撮影が進んだら、ビジネスシーンでの英語も必要になります。そういうときの話し方や語彙も身につけないと。セリフがあるから覚えてそれらしく言えばいいと思われるかもしれませんが、それだと本当に会話をしている空気感はだせません。ほんとうに、お互いの言葉を理解して、キャッチボール出来るようにする必要があります。それと、琉生くん、君は、アメリカ育ち、ですからね」

 そう言って、先生は、2人のもとを離れ、監督の方へ歩いて行った。

 2人の英語力について、報告をするのだろうか。


 その後ろ姿を見送りながら、琉生も想太も、小さくため息をついた。

 まだまだ道のりは遠い。

 わかってはいたけれど。

 ちょっぴり胃が痛い。琉生は、そっと胸に手を当てる。


 その仕草に、想太が少し心配そうに琉生の顔をのぞきこんでくる。

「大丈夫か?」

「あ。うん」

「オレはともかく、琉生は、アメリカ育ちって設定やし、よけいに大変やな」

「まあ、なんとか、なる。っていうか、なんとかするさ」

 琉生は、少し笑ってみせる。

 

『なんとかする』

 そう言い切ってしまえば、気合いが入って、たいていのことは、乗り越えられそうな気がする。

 ただ、その言葉は、口にした瞬間、自分をひとりぼっちにもする。と琉生は思う。

 

「そっか。そやな。オレら一緒に、“なんとかしようや”」

 想太がにっこり笑って言った。


 想太の“なんとかしようや”という言葉が、琉生の胸に温かい空気を送り込んでくれる。

 一緒にがんばろう。お互い励まし合いながら。

 きっと、自分たちなら、なんとか出来る。

 そんな想太の気持ちが伝わってくる。


「おう。“なんとかしよう”」

 そう言って、琉生もほほ笑み返す。


 そして、あらためて思う。

 いつも何度も思っていることだけれど。

『たったひとり、心から会えて良かったと思う人』に、自分は、もう出会ったのかもしれない。

 僕は、絶対に、想太と一緒に、この道を進んでいく。

 夢も目標も、一緒に分け合えるのは――――想太だ。

 

 監督が手を挙げて、2人を呼んでいる。

 琉生と想太は、目と目を見合わせてうなずき、監督のもとに走って行く。





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