40. ずきん。
「では、出席番号のはじめの人から? それとも、最後から? ジャンケンして勝った方からのスタートにしよう」
ジャンケンの結果、出席番号の1番からになった。
1番の男子生徒、相川は、え~っ、トップバッター~と言いながらも目をキラキラさせて、話し始める。
「相川です。おすすめ、というか、わりと最近読んだ本なんですが『勉強が面白くなる瞬間』という本を紹介します。著者はパク・ソンヒョクという韓国の人です。読み始めるとすぐに、めっちゃ勉強したくなります。勉強しようという意欲が、ものすごく湧いてきます」 (*『勉強が面白くなる瞬間』パク・ソンヒョク著、ダイヤモンド社)
相川が力説するので、おおお……!とクラスにどよめきが起きた。
「なるほど。相川さんは、この本を読んで受験勉強のモチベーションを上げたのかな?」
倉内が訊ねる。
「いえ。僕が読んだのは、受験終わってからで。受験すんだからって気を抜くなよって、大学生の姉がプレゼントしてくれたんです」
「そうか。じゃあ、今この本でとっても学習意欲が湧いてるところなんだね」
倉内がほほ笑んだ。
すると、相川は、えへへと笑って、顔の前で手を振ると、
「いえいえ。この本読んでる間は、確かにめっちゃ意欲湧くんです。がんばらなくちゃって気合いが入って。でも、本を閉じて少し経つと、シンデレラの魔法が解けたみたいに、すっかり元に戻ってしまいます。なので、この本の使用上の注意点は、読んだらすぐ、とにかく魔法が解けないうちに大急ぎで勉強を始めないといけない、ということです」
相川のとぼけた言葉に、クラスのみんなが、楽しそうに笑った。
「あ。読みたい人いたら、僕の貸します。いつでも言ってください」
そう付け加えると、相川はカバンから、机の中からその本を取り出して見せた。
「読みたい~」「貸して貸して~」などの声が飛ぶ。
相川のおかげで、緊張した空気が少し和らいで、どことなくほのぼのしたムードになっている。
続いて、2人目の男子生徒、植田が立ち上がり、
「植田です。僕は、自分の趣味に関係する本を紹介します」
生真面目な顔つきで、そう切り出した。
「僕は、めちゃくちゃポケモンが好きな小学生だったんです。本を読むにも、とにかくポケモンが出てくることが必須で。でもね、学校の図書館に唯一あったのが、『ポケモンことわざ辞典』で。しかたなく、しょっちゅう借りてそればっか読んでるうちに、気づいたら、いつのまにか、“ポケモンオタク”が“ことわざオタク”になってしまったというわけで。今では、ポケモンのってないけど、こんなのを読んでます」
彼が、机の中から出して見せたのは、『世界ことわざ比較辞典』(岩波書店)
「これは、日本のよく知られていることわざを300ほどピックアップして、それと似た意味を持つ、世界各地のことわざを載せて比較・解説をしてる辞典です。それぞれの国の文字での表記も載せていて、すごく興味深いです。この文字読めるようになりたい~って語学学習に対する意欲も湧いてきそうです」
へえ~、すご~い、という声と共に、ため息があちこちに広がる。ことわざ辞典を読むのが趣味、なんてやつはそういないだろう。
琉生も、それぞれの国の文字が載っている、というところが気になって、あとで見せてほしいな、と思ったが。
「植田さんは、そんな分厚い辞典をいつも持ち歩いているの?」
倉内が少し驚いたように訊ねた。
「はい。肌身離さず、ってほどじゃないですけど。ほぼ毎日通学電車の中でも読めるように持ってます。オタクなんで」
植田は、オタクという言葉を誇らしげに言って、笑顔になった。
「いいね。すごく楽しそう。そんなふうに自信を持ってオタクですって言えるくらい好きなものがあるのっていいよね。ところで、きっかけになったポケモンは、もう卒業したの?」
「いえ。ポケモンも変わらず好きですし、ゲーム全般好きです。受験の間はガマンしてましたけど」
教室のあちこちで、ゲーム、という言葉に反応している生徒たちがいる。きっと、あとで、なんのゲームをしてるのか、情報交換が始まりそうだ。
3人目は、出席番号3番の、織田 空だ。
彼女の読書量はかなりのものだ。琉生も、彼女に勧められて読んだ本がたくさんある。紹介したい本は山ほどあるだろう彼女にとって、1冊に絞るのは、逆に難しいかもしれない。
琉生が教室の右の方に目をやると、思案顔の彼女と一瞬、目が合った。
(困ったな~)
(がんばれ~)
琉生は空と、そっと目でやりとりをする。
励ましの気持ちを、目に込める。そして、心で声援を送る。
彼女は、本の話をし始めたら止まらないくらい話す一方で、こんな場面、大勢の前で話すときにはけっこう緊張しがちで、たまに言葉が出にくいことがある。それは、以前、関西弁で話して、転校先のクラスで冷たく笑われた経験があるせいだ。
「もともと話すのは、そんなにきらいじゃないねんけど。でも、あれ以来、時々、大勢の人の前で話すとき、急に怖くなることがあるねん」
前に彼女はそう話していた。
(もしかしたら、彼女は、今、話すことが怖くなっているのかもしれない)
琉生は心配になって、彼女の方に再び視線を送った。けれど、彼女の目は、それをキャッチせずに下を向いてしまっている。やはり、琉生の心配は当たっているようだ。
近くにいれば、緊張をほぐすように、大丈夫だよと声をかけることだってできるのに。
声をかけるには、席が遠すぎる。もどかしい。
せめて、一生懸命心の中で、彼女に励ましの声援を送る。
けれど、琉生の心の声は、彼女には届いてはいないようだ。下を向いた彼女の視線を、琉生は捉えることが出来ないままだ。
「じゃあ、3番の織田さん。どうぞ」
倉内が、のどかな調子で声をかけた。
「……はい」
少し困った顔で、織田が立ち上がった。でもすぐには、言葉が出てこない。少しだけ、教室がざわつく。
そのとき、織田の隣りから、明るくちょっとのんきな感じの声がした。
「織田さん、ファイト~。いっぱい候補がありすぎて、迷ってるんだよね。ひとまず一番最近読んだのとか、今朝電車の中で読んでた本、紹介してよ」
佐藤が、横から声をかける。
「織田さん、めちゃくちゃ本好きで、ウチのクラスの図書委員だったんだ。僕もいっぱい紹介してもらったけど、彼女のおすすめは、まずハズレなし! だからね」
佐藤はニコニコ笑いながらクラスを見回し、織田をのぞきこむようにして笑いかけている。
「……ちょ、ちょっと待って。あかんて。そんなにハードル上げんといてや~」
慌てたように、織田が声を発する。自然に関西弁が出た。
そこで、少し開き直れたのか、織田が話し始めた。
「織田です。織田信長と同じ苗字ですが、読み方は、おりた です……ええっと。ハズレなしかどうかはわかりませんけど、おすすめしたい本、好きな本は、いっぱいあります。その中の1つで、今朝読んでたのは……」
いったん話し始めると、なんとかペースに乗れたらしい。関西弁も普通に使いながら、織田は楽しく話を終えた。
そうしてホッとしたように席につくと、佐藤に何かをささやき、それに佐藤が笑い返したのが、琉生の席から見えた。
ずきん。
再び、琉生の胸の中で、心臓と胃が同時に存在を主張した。




