39. 最初のホームルーム
新しい学年の一番最初に、ホームルームで行われることは何か。
それは、ほぼ100%間違いなく、自己紹介だ。
案の定、教卓の前に立った担任教師は、
「今日から一年間、このクラスの担任をすることになりました、倉内 基です。よろしくお願いします」
彼は、黒板に縦に整った字で、名前を漢字で書き、その横に、ふりがなをふって続けた。
「くらうち はじめ と読みます。僕が担任として皆さんに伝えたいことは、いろいろあります。が、まずは、みんな初めての顔合わせをしたところで、全員軽く自己紹介、いっときましょうか」
教室全体を見回すと、にっこり笑って、そう言った。
そこまではたいてい想定内なので、みんなの顔に、部活や無難な特技とか趣味をさらっと言っとけばいいかという空気が流れた。
ところが、次の瞬間、
「ええとね。名前と、ひと言……。そうだね、これまで読んだ本の中で、自分が誰かにおすすめしたい本の題名。それと、そのおすすめポイント。簡単に、でいいよ。もちろんたくさん話してくれてもかまわないけど」
担任がそう言ったので、クラス中に、「ええ~!!」という、ややブーイングめいた声が上がった。
実は、琉生も、一瞬、え~っと言ってしまった。けっしてブーイングのつもりではない。ただ、驚いただけだ。
図書委員をしていた間に、いろんな本との出会いがあったから、おすすめ本を言えと言われれば、むしろ、候補がたくさんありすぎるくらいだ。
それでも、いざ、どれか1冊と言われると、案外すぐには浮かばない。
戸惑い顔の生徒たちに、倉内が付け足す。
「あ。小説に限らなくていいです。ノンフィクションでも、実用書でも、マンガでも雑誌でもなんでもOK。ただし、公序良俗に反しないもの。だから……そうだね、エロ雑誌なんかはNG」
クスクス、と忍び笑いが起きる。
「個人の趣味や嗜好を否定するわけではないけど、それをことさらに取り上げることで、誰かを傷つけたり不快な思いをさせたりする可能性があるものは避けてほしい。それって、周りの人に対する、必要で大切な気遣いだとわかるよね?」
みんながうなずいた。
倉内が続ける。
「それと、お願いなんだけど。これは、新しく図書館に入れる本のアンケートも兼ねてるので、みんなの紹介してくれた本のタイトル、メモをとらせてもらってもいいかな?」
なんでもOKと言いながらもしっかりと必要なブレーキをかけ、倉内は手に持ったメモ用紙とペンを掲げて見せた。
みんなが、再びうなずく。
進学校らしく優等生たちの集まりでもあり、基本的に無軌道な行動や発言をしようとするものはいない。倉内の言葉にみんな素直に反応している。
でも、それだけではないようだ。彼の穏やかで柔らかな声、ふと口元に浮かべる優しげなほほ笑み、知的なムード、そういったものに、クラスみんなが自然に引込まれているような感じだ。
彼には、どこか不思議な雰囲気がある。つい目で追ってしまいそうになる、何か独特のものが。
思わず、琉生は、じっと倉内の方を観察する。横目で見ると、同じように想太も、興味津々の顔つきで担任を見ている。
年齢は、30代半ばくらいか。顔立ちは端正だ。少しクセのある前髪がゆるやかにウェーブを描いて、額からサイドに流れている。黒縁の眼鏡をかけているが、その下の目は切れ長の二重で、瞳が大きい。身長は、琉生や想太たちと同じくらいか、それより少し高い。細身で、足が長く、立ち姿がきれいだ。
この雰囲気は、なんだかウチの事務所の先輩にいそうな……と、琉生は一瞬思う。そして、右に視線をやると、同じことを思ったのか、想太が琉生を見ながら、うんうんとうなずいている。




