35. 想いを込めて
袋をあけて、中を覗いた織田が、必死で声を抑えながら、
「え? これ? すごい!……ええ~」
ため息交じりに言って、目を瞠る。
「出してみて、いい?」
「うん」
手のひらに乗るほどの小さな箱には、『はてしない物語』というタイトルの文字。ミヒャエル・エンデの本だ。
「長い長いファンタジー書いてるって、言ってたでしょ。それが、無事完成するように、という願いも込めて」
紙箱は、厚めの画用紙で作り、その表面に、カラーで縮小コピーした箱の書影を貼り付けた。箱の中には、落ち着いた色味の赤い表紙の本が入っている。本物そっくりに見える、小さな、本のマスコット。
前に、想太といった手芸用品の店で見た、羊毛フェルトの作品が印象に残っていて、琉生は、自分なりにそれを再現してみたのだ。想太と一緒に、先輩たちに頼まれたいろんな動物のマスコットを作りまくったおかげで、思いがけない趣味ができてしまった。
店で見た、テーブルに載った羊毛フェルトでできた、本とコーヒーカップがすごく可愛くて、これを見たら、きっと織田が喜びそうだと、あのときからずっと思っていたのだ。
本を開いた状態にするのか、それとも閉じたまま? カップも一緒に作る?
いろいろ迷ったけど、箱もつけて、そこから本を出し入れできるようにすることに決めた。カップはなくていい。
『はてしない物語』の、あのグレー?銀色?の箱と赤い本の表紙、という装丁がカッコいいので、あれを再現したくて。
あの赤色を出すのがすごく難しかったけど、いろんな色との組み合わせで、少しは近い色を出せた気がする。
「これ、琉生くんが……?」
織田は、目を丸くしてカウンターの内側でしげしげと、本のマスコットを見つめる。箱を眺め、箱から本を取り出したり戻したり。半分だけ引き出した状態にしてみたり。
「すっごいリアル……ちょっと待ってて」
彼女はカウンターを出て、外国文学の棚から、『はてしない物語』の同じ装丁のものを持って戻ってきた。
そして、2つを並べて置く。
「うわあ……。すごい。すごく可愛い」
織田が目をキラキラさせて、ため息をつく。
「ほんとは、箱の絵も手描きでそっくりに仕上げたかったんだけど、いまいち、うまくいかなくて。で、コピーにした。その代わり、中の、表紙の赤色、がんばって再現率高めだと思う」
「うんうん」
館内の女子生徒たちの注目を引かないように、控えめな反応と声だけれど、それでも彼女がすごく感激しているのが伝わってくる。
「これ、本当に……いいの?」
「もちろん」
琉生はうなずいて、『はてしない物語』の大きい方を手に取る。
「これ、棚に戻してくるよ。ついでにブックトラックの本たちも」
女の子たちの視線が静かに琉生の姿を追う。
実は、琉生は、これ以外に、今度、想太と二人で出演することになった映画『挑戦者たち』の原作本のマスコットも作ったのだ。それは、想太と自分の2人用で、赤色の表紙のを想太に、青色のを自分にと思っているが、どちらがいいかは、想太に選んでもらってもいい。
来週、会う約束があるので、そのときに渡すつもりだ。
琉生は、受験勉強の合間の気分転換に、冬休み前から、少しずつ、織田の分と自分たちの分をつくる作業をしていたのだ。
想太のおかげで、思いがけずに出来てしまった趣味だ。はじめのうちこそ、なんてこった、と苦笑いしていた琉生だったが、今では、すっかり、ハマってしまっている。
最後の当番の仕事を終えて、校門の前で立ち止まる。
「今日は、本当にありがとう!」
周りに誰の姿もないのを見て、織田がはずむ声で言って、安心したような顔で笑った。
「こっちこそ、一緒に図書委員できて、すごく楽しかったから。ありがとう」
「うん。私も。すごく楽しかった! ありがとう」
「じゃあ。また」
「じゃあ。また」
クラスでは、まだまだ、卒業までは何度も顔を合わせるけれど、放課後一緒に図書館で過ごす、こんな時間は、おそらく、もう二度とない。そのことを琉生も織田もわかっている。
校門を出て、右と左に分かれて歩き出しながら、振り返らずにそのまま、琉生は前を向いて進む。
本当は、まだまだ、何か話したいことがあったような気もする。
でも、今、自分に言えることは何もないような気も、している。
彼女に渡した、小さな『はてしない物語』に、琉生は、今の自分に伝えられる想いを、精一杯込めたつもりだ。
それは、あたたかな感謝の気持ちで包まれた優しい想いなのだった。




