33. 何してる?
受験の日が近づいてきた。
想太も琉生も、塾や家庭教師がついているわけではない。だから、片っ端からいろんな問題集を解いたり、参考書を読んで覚え込んだり、自分一人でできる勉強を積み重ねる日々だ。
『なあ。何してる?』
ぴこん、と音がして、琉生のスマホに想太からのメッセージが届く。
『べんきょー』
琉生が返す。くたっと倒れ伏しているヒヨコのスタンプを添える。今の琉生の気持ちだ。
『何の教科?』
可愛く首を傾けたパンダのスタンプが琉生を見ている。
『理科』
琉生は、理科がちょっとだけ苦手だ。決して嫌いではないのだが。
想太が前に作ってくれた音声教材のおかげで、ずいぶん救われてきたけれど、どうしても時間不足で覚え切れていないところが結構あるのだ。社会も苦労はしたけれど、社会は覚えたい内容を頭の中でドラマ化し、セリフのように覚えると、不思議とすいすい入ってくる。歴史なんかはまさにドラマだ。
『そっか。……オレは、数学』
想太は、数学が好きで得意だ。だから、他の教科をやってくたびれると、『休憩』と称して、数学の問題を解いている。
『ってことは……休憩中?』
『そ』
次の瞬間、2人の言葉が揃った。
『遊ぼ?』
『遊ぼ?』
今日は、平日だ。本当なら学校に行ってるはずだが、想太の学校では、学校全体がインフルエンザで休校になり、その一日遅れで琉生の学校でもインフルエンザで3年生が学年閉鎖になった。
幸い、2人は元気で、朝から一日中、家で勉強している。そして、時々疲れてくるとお互いにメールを送りあっているのだ。
『ビデオ通話してええ?』
『いいよ』
スマホの着信音がなり、出るとすぐに、機嫌のいい、ちょっとのんきな顔の想太が画面の向こうに現れた。
『なあなあ、気分転換に、一緒に歌わへん?』
「いいね。何歌う?」
『……実はさ、オレな、昨日思いついて一気に作った曲あるねん。詞も出来てる』
「え? すごいな! 聴かせて」
『じゃあ、ひとまず、PCに歌詞と譜面、送るわな』
歌詞付の楽譜が、PCにメールで届く。それを開いてさっと目を通す。
なかなかいい。自然なリズムで歌いやすそうだ。印象的なフレーズもある。
『じゃあ、いくで』
想太が、ピアノを弾く。元気な、明るいイントロが流れる。
琉生は、ひとまず楽譜を見ながら、聴くことに集中する。
想太の声は、とても心地良い。甘く優しい低音部、そして、気持ちよく伸びる高音部。彼の声の音域は、前よりも広がっている気がする。
サビのフレーズもいい感じだ。気持ちがうまくのって、声が出しやすそうだ。
歌詞とメロディーもうまく合っている。耳になじみやすく、シンプルだけど胸に響く。
ごく普通に見える毎日がただ当たり前にそこにあるのではなく、支えてくれる人たちが近くにいて、今の自分があるのだと優しく想いださせてくれるような、温かい歌詞だ。卒業式とかで聴いたら、ホロリと泣いてしまうかもしれない。
(想太らしいな)
琉生は、そう思う。
いつも明るくて元気で、のんきな想太だが、そんな表側だけではない、彼の心の中の、繊細さや熱い想いも愛情深さも、伝わってくるようだ。
「……すごくいい! めっちゃいい! これ、一日で作ったの?」
『一日っていうか、2時間半くらい。歌詞に1時間半、曲に1時間、くらいかな』
「すごいよ。想太! すごくいい! 一緒に歌いたい」
『よかった~! 気に入ってくれて。これ、今度、事務所行ったときに、2人で歌って、水木さんに聴いてもらおうよ』
水木さんは、2人をメインで担当してくれているマネージャーだ。
「うん。いいね。……それにしても、なんか卒業ソングっぽいね。ちょっと泣きそうになるよ」
琉生が、笑いながら言うと、
『あ。やっぱり? そう思う? いや、なんかもうちょっとで卒業か~って思って、いろんなこと思い出して、思い出に浸ってたら浮かんだ曲やから。ちょっと、っていうか、かなり卒業気分な曲やな』
「アレンジのしかたではPOPな感じにもできるけど、卒業式で丁寧に心を込めて歌う雰囲気にするのもいいね。ちょっと両方試してみる?」
『いいね。じゃあ、まずは、卒業式で歌うっぽくいこか』
「OK」
電話越しで、一緒に歌ったり、アレンジを相談したりしながら、歌っているうちに、気づくと1時間近くが過ぎていた。
『あ! ごめん。えらい時間使ってしもた。今日の予定、狂わせたよな? ごめん』
想太が、時計と琉生の顔を見比べながら、申し訳なさそうな顔をしている。
「全然大丈夫。なんか、かえって元気でたから。この後、もっと効率よくやれると思う。たぶん」
『そっか。なら、ええねんけど。でも、オレも、めっちゃ元気出た。今度、電話じゃなしに、直接会って合わせよな。オレも、ピアノ練習しとくし、琉生は、ギター頼むな。というても、お互い、やれる範囲で』
「うん。了解。楽しみが出来たよ」
『うん。じゃ』
「じゃあ」
電話はあっさり切れた。
でも、切れた電話の向こうに、温かく頼もしい存在をはっきりと感じながら、琉生は思う。
(僕は、やっぱり出会ってるんだ。『たったひとり、心から会えて良かったと思う人』に)
琉生の頬に温かな笑みが浮かんだ。
パソコンを閉じて、琉生は、あらためて問題集に向き合う。
倒れ伏しているヒヨコのスタンプを選んだときの気分は、すっかりどこかへ消し飛んでいた。




