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31. コンビで、デビュー?


「なあ。じいちゃん、困るわ~、そんなん、オレ全然聞いてへんで」

 困り顔で少年が、ボヤく。

 じいちゃんと呼ばれた男性は、ニカッと笑うと、

「そら聞いてへんやろ。ワシ、今初めて言うたもん」

「もう~何よそれ~」

「いいからいいから。なんとかなるって」

 男性は、にっこり笑ってうなずいたが、少年はカクッと肩を落として頭を抱えている。


 テレビの画面では、家族の朗らかな笑い声がはじけている。つられるように少年も笑い出す。

 年が明けてすぐに放映された2時間ものスペシャルドラマは、新春を飾るにふさわしい、笑いあり涙ありミステリーありの、見応え十分のホームドラマだ。


 想太の役どころは、3世代同居の大家族の長男。祖父母、父親、上から男女女男の4人兄妹弟の長男という役どころだ。(母親は、3年ほど前に亡くなっているらしい)

 お茶目で、ちょっとやんちゃで、それでいて憎めない、家族思いの、可愛げのある少年だ。祖父と一緒に、時々漫才のような会話を繰り広げ、家族や周りを笑わせている。


 少年、浩太(想太の役名だ)の家では、彼の祖父が昔お世話になった恩人の娘さんを預かることになったというところから物語は始まる。冒頭の会話は、突然、そんな話を聞かされ、戸惑う少年と祖父の会話だ。


 恩人の娘アンは、浩太より一つ年上の高校2年生。気立ての良さそうな、笑顔の可愛い子だ。明るくハキハキとして、感じもいい。

 ただ一つ、問題があるとすれば、彼女は、生粋のイギリス人で、日本語は簡単な挨拶しか知らない、ということ。そして、少年の家では、家族全員、英語は一切話せない。彼らの知っている単語はハローとサンキュー、イエスとノー。

 浩太も、英語は大の苦手だ。それなのに、現役高校生なんだから、家族の中では、一番英語に近いところにいるだろう、と無理やり、アンの通訳兼案内係を押しつけられることになってしまう。


 お互いの言葉や文化の違いからくる誤解や小さな事件が次々とおこり、波風が立ちまくる一家の毎日。

 だが、言葉がわからないながらも、お互いの気持ちを推し量ったり戸惑ったりを重ねながら、アンは次第に家族の中に溶け込んでいく。そして、初めはぶつかってばかりいた、アンと浩太の距離もいつしか近づいていき、お互いの間にほのかな想いが芽生え始める。

 アンが遠くイギリスを離れて日本に預けられるようになった経緯、莫大な遺産相続にまつわる謎の事件など、ミステリー要素も含んで、どきどきハラハラする展開もある一方で、ユーモアたっぷりの笑いもあり、温かさにほろりとくるシーンもある。

 浩太とアンの、ささやかだけど胸がキュンとなるようなやりとりも描かれ、もしかしてこれは……と思わせつつ、最後はちょっとしたどんでん返しもあり、2時間あまりがあっという間の、最高に楽しいドラマだった。


 この役のために髪を短くしたのをちょっと残念そうにしていた想太だが、役のイメージにはよく合っている。そして、剣道部の部員という設定も後々のシーンにうまく活かされ、少しやんちゃだけど、真っ直ぐで熱い男気のある少年役として、彼の魅力が最大限に活かされていた。

 ただ一つ、役柄が実際の想太と違うのは、英語が苦手、というところだ。

 想太本人は英語はかなり得意だ。小学生の頃から英会話教室に通っていたからというだけではない、彼自身が日々努力しているからでもある。


 前にバラエティー番組にでたとき、街頭で外国人にインタビューするというチャレンジがあり、彼がとても流暢に英語で会話していたので、みんなにびっくりされていた。インタビュー相手の英国人にも、そのnativeなみの見事な発音と的確な言葉遣いを褒められていたほどだ。

 

 それでも、英語が苦手な浩太役を演じているときの彼は、ほんとうに、意味のわからない言語を必死で聞き取ろう、理解しようとして、めちゃくちゃ苦戦している顔に見えた。

 ちゃんと言葉がわかるのに、わからないフリをするのは、結構やりにくい気がする。

 年末に会って、想太とお互いのドラマの話をしたときのことを、琉生は思い出す。


「わからないふりするの、やりにくかった?」 

 琉生が訊くと、

「そやな。初めはうっかり言葉そのものに反応してしまいそうなときもあった。でもな、言葉わからんでも、一生懸命気持ち込めて聞くことで、なんか伝わるもんがあるって表現したいなって。周りの役者さんの表情とか見てたらそう思って」

 想太がほほ笑む。そして続ける。

「じいちゃんが、」

 祖父役の役者さんを、役を離れても、じいちゃんと想太は呼んでいるらしい。

「じいちゃんが言うててん。役者は、聞くことが大事や。セリフ覚えて、それをとにかく、やみくもに言うたらええんとちゃう。目の前におる人とやりとりしながら、自然と自分の中からその言葉が出てくるようにするねん。耳だけで言葉聞くんとちゃうで。表情も仕草も全部含めてやでって」

 

『役者は聞くことが大事』

 そういえば、と琉生は思う。父親もそんなことをいっていた気がする。とはいえ、正直なところ、琉生自身は、まだそれほど実感したことはない。

 想太は、もともと人の話を聞くのが好きだ。そして、相手をよく観察している。モノマネも上手い。そんな彼が、今回の役を通して、さらに、一歩成長したのだということがわかる。

 

 さらに、想太は苦笑いしながらも興奮気味で話す。

「いや、でもな。聞いてや、琉生。じいちゃん、そんなこと言うた後で、オレに、いっぱいアドリブふっかけてきて、ほらちゃんと返してみ~って笑てるねん。ちゃんと話聞くんと、アドリブにうまく返すんは、また別モンやで~っ、かんにんしてや~って感じで。オレ、ぼ~っとしてられへんかって。はじめは、えらいこっちゃって焦ったけど、だんだん楽しなってきて。今度はこっちからいったろかって企んでてんけど。むりむり。何枚もうわて行ってはるから、かなわへん。でも……めっちゃ面白かった~」

「そういえば、番宣のインタビューで、2人で漫才コンビやったら、って言われてたね」




 番組の宣伝のために、出演者みんなでステージに上がったときも、『じいちゃん』と想太は隣り合わせに立って漫才みたいな会話を繰り広げ、話題になっていたのを、琉生もネットニュースの動画で見ていた。

 琉生はその動画を思い出す。

 

 その祖父役の俳優は、若い頃はコメディアンだったらしいが、琉生たちの世代にとっては、シブい役からコミカルな役まで見事に演じる、ベテラン俳優という認識だ。

 彼は、番組宣伝のためのステージで、想太の横で笑いながら、

「この子はね。人の話をよう聞いてるんですわ。やから、どんなアドリブ言うても、気持ちええくらい、ええ反応返してくれますねん。いやぁ、ワタシも楽しかったですわ」と嬉しそうに話していた。


 他の出演者たちも、

「現場でも、2人でしょっちゅう漫才みたいな会話してはって」

「コンビ組んで、M1出たらって言うてたんです」

 などのコメントも飛び出す。

「そや。M1。 ええなぁ。 どや? コンビ名どないする?」

 じいちゃんがそう言って、想太を見て笑い、想太も笑いながら、

「コンビ名っすか? う~ん。『じいとまご』とか?……オレ、ネタ考えましょか」

「おまえのいつも書いてるネタ帳になんかええのはないんか?」

 じいちゃんも他の出演者たちも、想太がネタ帳を書いているのも知っているようだ。みんな笑っている。

「いや、あれは、『じいとまご』用じゃなくて、『オレと琉生』用のやから」

 想太が笑って顔の前で手をふる。


 そこで、司会者が、琉生という言葉に反応して、

「え、ネタ帳、書いてるんですか? 琉生くんて、藤澤琉生くんですよね? 2人で漫才する用に?」

「え、あ。はい」 想太が照れくさそうに笑っている。

「あかんで。コンビでデビューするときは、『じいとまご』で出るねんで~」

 すかさず、じいちゃんがゴネるように言って、会場のみんなが笑い出す。

 他の出演者たちが、口々に、

「いやいや、想ちゃんは、アイドルでデビューするんやろ。芸人デビューが先になってしもたらえらいこっちゃ」

「いやいや二刀流でいったらどないです?」

「それええね~はやりの二刀流」

「ほんまやほんまや」

 関西弁が飛び交い、会場にも終始笑いが溢れている。


 そして、そんな笑いの中で、1人置き去りにならないように、想太は、自分の左隣に立っているアン役のイギリス人の俳優にも気を配っている。彼女のすぐ後ろに通訳の女性もついているのだが、彼もこまめに話しかけて彼女の緊張をほぐしているようだ。彼が話しかけるたびに、彼女がふわっと愛らしい笑顔になるのが印象に残った。


 関西出身の出演者も多く、想太は存分に大好きな関西弁の中にいられて、嬉しかったのだろう。いつも以上に自然な笑顔だ。そして、見ていて伝わってくるのは、出演者たちの雰囲気のよさだ。想太は主演ではないけれど、明らかに、チームになくてはならない存在なのがわかる。

 想太は、どこにいても、自然な笑顔で人の心をほぐす。ゆったり明るい気持ちにさせる。一緒にいると、それだけで幸せな気持ちになる――――そんな人は、なかなかいない。

 でも、想太は、そんな稀有な人の一人なのだと琉生は思う。


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