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30. 夢見てるだけ


 HSTのライブに、MCの時間はほとんどない。

 新曲やドラマ・CMとのタイアップの紹介をするとき以外は、2時間ほどのあいだ、ほぼずっと全力疾走とも言えるくらい休みなく歌い踊る。

 疲れた表情なんか見せない。むしろ、ライブが進めば進むほど、その迫力は増し、凄みさえ感じさせる。

 かと思うと、コミカルな歌やダンスで、観客を笑わせ、切ないバラードでは、一転して、しっとりと客席全体に美しいペンライトの光が揺れ、観客は溢れる涙をそのままにメンバーの歌声に魅せられる。 

 デビュー以来15年を越えるHSTのパワーは、他のどのグループと比べても破格だ。

 


「来てよかったな……」

 想太が呟くと、隣で、琉生が力強くうなずいた。

「うん」

「ほんまはさ、ちょっとしんどかってんけどな」

 想太が言う言葉に、つなげるように琉生も言う。

「僕も。来たい気持ちの方が勝った」



 HSTは、たいていいつも年末年始に、ドームライブを行う。今年も例外ではない。

 想太と琉生もバックステージ側の関係者席から、ステージに熱い視線を注いでいる。

 今日は、珍しく研修生や練習生たちの見学は少ない。マスコミ関係の取材のカメラが何台か入っている。さっき、ライブが始まる前に、朝の情報番組のスタッフに、想太と琉生もインタビューをされた。年末の年忘れライブのことも聞かれたりしたので、おそらく、その映像は明日か明後日にはテレビで流れるかもしれない。


 今日は元日で、昨日大晦日の午後にはEMエンタテインメントのデビュー組が中心になって出演する年忘れライブが同じドームで行われたばかりだ。年末年始HSTは、ドームでライブを行うが、大晦日だけは、事務所全体の、そのイベントで使うので、HSTのライブはない。それでも、もちろん、圭たちも、そのライブには出るので、休みになるわけではない。


 想太と琉生も、先輩グループのバックについて踊った。これまでにもやったことのある曲ばかりだったので、振りは覚えている。それでも会場によって違う、立ち位置や移動をあらためて頭に入れないといけないので、油断は出来なかった。

 9月以降、仕事を減らし加減にしてもらっていたから、久しぶりのライブで、正直、2人ともけっこう、気疲れもしていた。


「でもさ、HSTのライブで、今年1年のスタートを切れるなんて、こんな贅沢はないよね」

 琉生の目がキラキラしている。彼は、ドラマのために、少し伸ばした前髪を片手でそっとかき上げる。その仕草を見て、想太は、短めの自分の前髪に手をやって、つぶやく。

「……オレも、髪、伸ばしたいな。オレ、なんかしらんけど、髪の短い役に当たりがち」

「たしかにな。でも、僕、近々髪切るよ。長いの、ちょっとジャマだしね」

「あ。じゃあさ、オレとおそろいにしよう。どう?」

 短めの前髪で、額がすっかり見えている想太の顔をじっと見てから、琉生が言った。

「……考えとく」

 


 ステージ上では、妹尾 圭をはじめ、メンバーたちが、きらめくような笑顔を振りまき、華やかなダンスナンバーで観客を魅了している。

 ため息と歓声の渦の中、メンバーたちは会場を駆け巡り、途中、バックステージ側にいる、想太と琉生に気づいて、手を振ってくれた。圭はウィンクのおまけつきだ。ちょうど、その顔が、正面の大型モニターに映し出され、会場に大きな悲鳴のような歓声が上がる。


 ライブ後半に入って、圭がピアノ伴奏をして、メンバーが彼の周りで一緒に歌った。圭のピアノは、年を追うごとに、腕が上がっている。細いけれどしなやかな彼の指先から生み出される音は、一つ一つが、煌めくように響く。誰かが、テレビで、圭のピアノの音を、星が宙から降ってくるような、と言っていたのを、想太は思い出す。

 そんな圭の美しい音は、誰にも言わない秘かな練習の賜物なのだと、家族である想太は知っている。


「ほんとはね、上手にアピールもしていかないと、なんだけどね」

 そう言いながらも、陰の努力をほとんど人前で語りたがらない圭だ。

「想ちゃんは、努力と同時に、上手にアピールもしていくんだよ。俺はそれができなくて、けっこう悔しい思いもしたからなぁ」

 そんなふうに、想太には、正直な気持ちを話してくれる、とうちゃん、圭だ。

 

 想太は、ただカッコいいから憧れのアイドルだから、圭のことが好きなのではない。人に見せない努力や、積み重ねてきた様々な想いを優しい笑顔の中に深く包み込んで歩いてきた人だから。だから、大好きなのだ。

 そして、自分のことを無条件で愛してくれる人でもある。

 

 幼い頃は、ただひたすら、楽しくて優しくてかっこよくて、圭のことが大好きだった。

 同じ道を目指すようになって、さらに胸が苦しくなるくらいの、強い憧れと尊敬が加わった。

 自分には、何が出来るのか。自分は、どんなふうに、この先成長していけばいいのか。それを思うと、想太は、時々、すごく焦ってしまいそうになるのだ。


 隣りに目をやると、サラサラの長い前髪を、少し持て余すようにしながら、琉生が、ステージを熱心に見つめている。彼も、想太と同じくらい強い憧れを持って、圭のことを見つめているのを、想太は知っている。

 それでも、琉生は、そのことをあまり多くは語らない。想太と圭のあいだに、自分が割り込んではいけないと思っているのかもしれない。

 

 ステージは、いよいよクライマックスを迎える。挨拶をして一度舞台から姿を消したメンバーたちが、大きなアンコールの拍手と歓声の中、ステージに戻ってくる。

 アンコールは、最新アルバムの中の2曲と定番のヒット曲メドレーだ。気がつくと、想太の頬には涙が流れていた。熱気と迫力に圧倒され続けたステージを見つめながら、想太は思った。

 

(ただ、夢見るだけじゃ、だめなんや。

 夢みてるだけ、それじゃだめなんや。

 自分の進みたい方向へ、一歩でも踏み出さんと、あかんのや。

 夢だけ見て、その場所にとどまってたら、何もしてへんのと同じなんや)

 

 ステージ上で、圭たちメンバーが手を振っている。ひとりひとり、挨拶の言葉を残して、彼らはステージを去って行く。歓声と拍手が止まらない。想太も琉生も、夢中で拍手をする。

 背後では、取材スタッフたちが、機材を撤収しながら、帰り支度を始めている。見学に来ていた他の研修生たちも、荷物を持って席を離れようとしている。想太も琉生も、彼らと挨拶を交わす。


 誰もいないステージと、明るくなった会場全体を二人は並んで見ていた。

「これが、HSTなんだね」

 琉生が、目を瞠りながらつぶやくように言うと、

「そうやな」 

 想太が短く答えた。

「体力、集中力、ハンパないね」

「ほんま、ハンパ、ない」

 

 2人とも、お互いの頬に、涙の跡があるのに気づいたが、そのことは何も言わない。ただ、黙って、お互いの肩をそっとぶつけ合って笑った。


 声に出さず、想太が言った。

(いつか)

 声に出さず、琉生が応える。

(きっと)


 いつかきっと。







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