29. わかってる。
「なんで? なんで、彼女が……」
絞り出すように掠れた声でつぶやいた彼は、そのまま力尽きたように、降りしきる雨の中、アスファルトに膝をついた。雨は止むことなく、その勢いを増す。
彼の頬を伝うのは、激しく降る雨の滴か、それとも、涙か。少し明るめの色の髪が、額にはりついている。
青白く冷えた彼の頬。長い睫毛が、瞳の上で、震える。
彼の切なくゆがむ表情が、画面いっぱいのアップで映る。美しい。なんだか、凄まじい、と思えるような美しさ。
見ているこちらの胸が締め付けられるような表情。
こんな切ない表情は、オレにはできへんな……想太は思う。
『大胆かつ繊細なその演技が、大絶賛!』
そんな宣伝文句は、決して大げさじゃなかった。
CMに切り替わり、テレビの前で、想太は思わず深く息を吐いた。
ハラハラする展開とストーリーの面白さに、想太は息を詰めるようにして、画面を見つめていたのだ。
年末に放映された、2時間スペシャルドラマに、琉生が出演していた。
想太も年明けに放映される、別のチャンネルの2時間ドラマに出演している。
珍しく、2人一緒の現場ではなかったので、お互い、ドラマに出ていることを知っていたけれど、詳細は知らなかったのだ。
「かなり評判よかったみたいよ」
事務所のスタッフからは、そんな話を耳にしていた。
(そらそうやろ。琉生が本気出したら、ハンパないもん……)
そう心で呟きながら、想太は、その現場にいられなかったことが残念で仕方なかったのだ。
想太にとって、今まで出会った誰よりも(もちろん、とうちゃんの圭は除いて)、頼もしくて、カッコよくて、すげえヤツ、それが、琉生なのだ。だから、すぐ近くで、その演技を全部見てみたかった。
「へ~。オレは? オレもがんばってんで~」
笑いながら想太が言うと、そのスタッフも笑いながら、
「まあ。自分で言うてる。想太くんも、もちろん、評判よかったみたいよ。可愛くて明るくて、現場に花が咲いたみたいになるって」
「可愛くて明るくて……か。オレ、なかなか『可愛い』脱出できへんなあ」
「……ムリに脱出しなくていいんじゃないの? どんな自分を見せたいか、というのは、もちろん、大事だと思うけど、へんに背伸びしたって、カッコよくないから。持ち味っていうのもあるし。存在感やオーラや輝きって、見た目だけじゃないからね」
「う~ん。どっちにしても……オレは、まだまだ修行が足りません、ってことかな?」
想太がしょんぼりしてみせると、
「そうそう。まあ、伸びしろたっぷり、ってこと。もちろん、琉生くんもね」
CMが終わり、ドラマは、さらに進んでいく。
思いがけず、初恋の彼女と自分が、ある事件の加害者と被害者の関係であったことを知った彼。恋心と、復讐心の狭間で揺れ動く彼は、次第に追い詰められていく。
そんな彼を、終始近くで見守る、先輩青年。実は、この青年こそが、物語のすべてのカギを握っているのだが、それがわかるのはドラマがクライマックスを迎えてからだ。
ドラマ中の、彼と先輩のやりとりは、本当の兄弟のような温かい空気感と、ほっとするような笑えるシーンも多い。それが、ドラマの終盤に向けて、次第に変化していき、熱さと切なさ、激しい感情のぶつかり合いが二人の間に起きたりもする。緩急みごとな展開で、最後まで、目を離せないドラマだった。
いっぱい泣いたけれど、人の温かさも存分に味わえるドラマで。
想太は、リビングのソファで、かあちゃんと並んで、テレビの画面に釘付けだった。とうちゃんは、年末のドームライブのために留守なので、録画を後で見るよと言ってでかけている。彼も、想太の親友であり、自分のファンだと公言している琉生を可愛がっている。
「琉生くん、……すごいね。すごくいいドラマやったね」
かあちゃんが、ため息をつきながら言う。
「うん。めっちゃよかったな。この、先輩の役。オレ、やりたかったな……」
実は、ドラマの間中、想太は、その先輩役の俳優と自分を、ついつい置き換えて見ていたのだ。
「そうやねえ。あと5年くらいしたら、想太にも合う役かもしれへんね」
「オレには、むりって? ……可愛いだけのガキやから? 頼もしくないから?」
一瞬、想太はムキになってしまう。可愛い、という言葉に少しだけコンプレックスを感じる自分がいる。
「どうしたん? 可愛いだけとか、頼もしくないって、誰かに言われたん?」
かあちゃんが、目を丸くして言う。
「ちゃう、けど」
想太は、少し後悔する。いつも機嫌よく、がモットーの彼だ。つい、勢いで言ってしまった自分が情けない。
そんな彼にかあちゃんが、ゆっくりほほ笑む。
「想太。どんな役も、その人に一番合う、タイミングっていうのがあると思うよ。想太にはムリとかどうとかじゃなくて、タイミングとちゃう、ってだけのことやで」
想太はうなずく。
わかってる。
わかってるのに、少し、焦ってしまった。
「なんかさ、琉生の演技がすごくて、ちょっと、焦ってしもた……気がする」
かあちゃんが、うなずく。
「うん。たしかにすごかったよね」
「うん」
うつむく想太に、かあちゃんがささやく。
「あのね~。内緒で、教えてあげる」
「何?」
かあちゃんが、満面の笑みで言う。
「どんなに、琉生くんがすごくても関係ない。私らには、世界中でいっちばん、うちの想太が、すごいんねんで!……あ。琉生くんには内緒ね」
ふふ。思わず、想太は吹きだしてしまう。
「親ばか……」
「ええのええの。親ばかバンザイや、て」
そう言って、かあちゃんが、そっと、ソファの隣から腕を伸ばして想太を抱きしめてくれた。
なんだか、小さい頃に戻ったような気持ちになって、想太は頬を緩ませる。
「想太は、想太やで。この世でたった一人の、うちの大事な大事な、可愛い可愛い想太やで」
「ぎゅうう」
力を込めて抱きしめながら、かあちゃんが言う。
「これ、とうちゃんの分」
ぎゅうう。
いつも、抱きしめてくれる、圭の、その腕の温もりを、あらためて思い出す。
幼い頃に初めて会ったときから、ずっと自分を心から深く愛してくれる人たちの温もりに、想太は、ちょっと泣いてしまいそうになって、慌てて立ち上がる。
「オレ、琉生にメッセージ送るわ。めっちゃよかったでって」
「うん。私からも、めっちゃよかったで、って伝えて」
「OK」
部屋に戻ると、想太はスマホを手に取った。
簡単に書くつもりだったのに、書き始めたら止まらなくて、感動したシーンを片っ端から、書かずにはいられない。だから、めちゃくちゃ長いメッセージになってしまった。
でも、最後に一番伝えたいひと言は、やはり、
『おれもがんばる。だから、絶対一緒にデビューしような』
いつのまにか、彼ひとりの夢ではなくなっていた、その言葉を、想太は何度も噛みしめる。




