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28. 空


 カウンターに本を借りに来た生徒が、テーブルに戻っていくのを見届けた後、

「そうだ。忘れないうちに……」

 琉生は、カバンの中に手を入れて、小さな袋を取り出す。そして、カウンターの下で、そっと、織田に手渡す。

「はい。これ。いつも、面白い本、教えてもらってるお礼」


 織田が袋の中を覗く。

 ブックカバーだ。そっと取り出して、開いてみる。


 きれいな空色の布地で、広げるとカバー全体がきれいな青空みたいに見える。その空の上の方に、ふわりとした小さな白い雲が浮かんでいる。右下には、小さな黒猫がいて、まん丸な目で、その雲を見上げている。まるで、これからあの雲に乗って、冒険の旅に出るぞ、とでも考えているみたいな表情だ。可愛くて、賢くて、ちょっとイタズラで皮肉やなところもあるちび猫。そんなイメージが湧いてくる。


「冒険、ねこ?」

 思わず、織田が口にした言葉に、琉生の方が驚いた。

「え? 知ってるの? そのキャラクタ-」

「え? ううん。……ほんとにそんな名前なん?」

 織田が首を振り、訊ね返す。

「うん。 主に布製の雑貨を中心にデザインしてる作家さんが作ったやつ。この間、取材で町巡りしたときに見かけてさ。その横に『冒険ねこ』って書いたPOPがあった」

「そうなんやぁ。知らんかったけど、このコ見てたら、なんかそんな言葉が浮かんできて……すごく可愛いね」

「うん。いろんなバージョンがあってね。気球に乗ってるやつとか、虹によじ登ってるやつとか、砂漠をラクダと並んで歩いてるのとか、浮き輪をして海に浮かんでるのとか、いろいろ……」

「すごい……。ほんとに冒険してるコなんやね」

 織田の目がキラキラする。彼女の頭の中では、冒険ねこがいろんな場所を走り回っている姿が浮かんでいるのかもしれない。


「お土産にいくつか買ったから、そのうちの一つ。おすそわけ」

 できるだけ軽く言う。

「わぁ、すっごく嬉しい。いいのかな。こんないいもの……」

「いつも面白い本貸してもらってるお礼、だから」

「ありがとう」

 館内にいる女生徒たちの目を引きつけないように、織田は控えめな笑顔と声でお礼を言うと、カバンから文庫本を取り出した。そして、書店名の入った紙カバーをはずして、冒険ねこのブックカバーに付け替えた。


「……やったぁ」

 織田がため息のようにつぶやく。

「ブックカバー好きなんやけど、カバーにお金かけてしまうと、本を買うお金が減ってしまうやん? せやから、本屋さんの紙カバーですませてて……こんな素敵なの、すっごいすっごい嬉しい」

 彼女が心から喜んでくれているのが伝わってきて、琉生もほっと温かい気持ちになる。


(よかった……気に入ってくれて)

 琉生が、色々ある絵柄の中から、これを選んだのは、広げるときれいな青空みたいだったからだ。どのデザインも、きれいな青を基調にしているが、一番『空』をイメージさせたのが、これだった。

 このカバーを見た瞬間に、琉生の頭の中に、『空』という彼女の名前が浮かんだのだ。


 一緒にいた想太が、

「オレ、かあちゃんととうちゃんに、お土産に買って帰る」

 そう言ったので、

「じゃあ、僕も」と思わず、琉生は言った。

「そっか。レイさんに?」

 想太に笑顔で訊かれて初めて、レイの顔を思い出した。

「あ、うん。それと、お母さんたちにも」

 思わず、そう答えたけれど。


 レイは琉生の姉で、たぶん、彼女もこのデザインはとても好きそうだ。でも、琉生の頭の中に真っ先に浮かんだのは、なぜか、織田 空だった。

(“空”みたいな絵柄だし、織田さんの名前が『空』だから。……それでだな、きっと)

 そう思って、そのとき、琉生はなんとなく、自分で納得した気持ちになった。

 

 でも、今日、嬉しそうにカバーを見つめる彼女の顔を見たとき、琉生は感じた。

 自分は、ただ単純に、“空”から『空』を連想しただけではなかったかもしれない、と。


(じゃあ、何だ?)

 自分に問いかけてみたけれど、その答えは、はっきりとわからない。

 ただ、彼女の笑顔が嬉しくて、喜んでくれてほっとしたことは、確かなのだが。





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