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27. 「あのね」


「あのね」

 放課後の図書館のカウンターに座っているとき、織田 空が琉生に差し出したのは、1冊の本だった。

  

 来週からは、冬休みに入るから、図書委員の当番は、今日が最終になる。

 毎週1、2回の図書当番の時間は、琉生にとって、貴重な癒やしの時間だ。カウンターに座って、仕事の合間に、本の情報を交換し合ったり、自分が今ハマっていることや勉強していることを、軽く報告し合ったりしている。ときには、こうして、おすすめ本を貸し合うこともある。


「この本ね、昨日読み終わったばかりなんやけど」

本の表紙には、『ヤングタイマーズお悩み相談室』石川宏千花(くもん出版)と書かれている。

「ラジオ番組に寄せられた中学生の悩みに対して、パーソナリティーの二人が真摯に言葉を紡いでこたえていく、っていう設定のお話でね」

「うんうん」

「すっごくよかったよ。6つのお話で構成されていて、登場する中学生それぞれ悩んでる内容はみんな違うけど、どれもなんか、わかるわかる……って思えて。でね、その悩みを二人のパーソナリティーの語りが、柔らかく解きほぐしてくれる感じやねん。泣きながら読んだところもあるよ。すごくよかった……」

「読みたい」

 琉生は即座に言った。織田が薦める本にハズレはない。

 これまでも。……たぶんこの先もきっと。

 琉生はそう思っている。


「じゃあ、どうぞ。これ、私の本やから、ゆっくり読んで。冬休みの間ずっと持ってていいよ」

 彼女は嬉しそうだ。

「織田さんのおすすめにハズレはないもんな」

 受け取った本の装丁をじっくり眺めながら、琉生も笑顔になる。面白そうだ。


 琉生たちは、いつもお互いから借りた本を読みながら、相手はどこが気に入ったのか、どこが響いたのかなど、色々予想しながら読む。そして、あとでそれを当てっこするのを楽しみにしている。

 今回の本では、彼女は、どこで笑い、どこで泣いたのか?

 新学期に会ったとき、そのクイズの答えあわせをするのも楽しみだ。


 誰かの心に触れた本を紹介してもらうことは、その人の心のなかのリビングに招いてもらったような、ワクワク感がある。読みながら、普段着のその人の心にほんの少し触れられるような気がする。あくまでほんの少しだけど。

 なぜなら、人の心を、完全に把握することも、それを理解することも、不可能なことだと、琉生は思うから。


 だから――――そんな琉生だから。

 何が好き? 

 何を素敵だと思う? 

 何に怒り、何に悲しむ? 

 何に笑い、何に涙するの? 

 誰かに対して、そんなふうに関心を抱くことは、そう多くはない。


 自分からわざわざ距離をとったりはしないけれど、強いて距離をつめようとも思わない。

 穏やかに笑いながら、琉生は、むしろ、せっせと自分の周りに壁を作っていたような気もする。


 琉生が壁作りの手を止めたきっかけは、想太のとうちゃん、妹尾 圭だ。

 彼に憧れて、今の道を目指すことで、琉生は壁を作らない努力を始めた。


 そして、作りかけた壁の内側から踏み出すきっかけになったのは、想太だ。きっかけだけじゃない。琉生が自分からどんどん距離をつめた相手は、想太が初めてだったかもしれない。


 いや、想太の場合、あっさり、琉生の作りかけの壁を軽く飛びこえてきたようにも思う。

 それに想太自身の心の扉は、いつでも気持ちよく開いている。彼をよく思わない人にだって、彼はその扉を閉ざすことはしない。


 そんな想太の笑顔を思い浮かべるたび、琉生は自分も笑顔になっていることに、最近気づいた。

 妹尾想太――――彼の大切な『相棒』。

 友達、という言葉より、遥かに強い結びつきや信頼感のある言葉だと琉生には思える。


「お互い、ええ相棒やね。ふたり、めっちゃええコンビやわ」

 いつだったか、想太のかあちゃん、佳也子さんにそう言われたとき、琉生はすごく嬉しかったのだ。嬉しかったのは、琉生だけじゃなくて、想太もそうだったみたいで、

「せっかく、ええコンビなんやから、ついでになんか漫才でもする?」と笑っていた。

「そやな」

 琉生も関西弁で返したけど。


 あれから、想太は、ちょっと本気で漫才のネタを考えているらしく、時々嬉しそうにネタ帳にメモをしている姿を見かける。表紙には、黒のサインペンで『ネタ帳!』と書いてあるので、それを見たテレビやライブの共演者やスタッフに、「それ何?」と聞かれて、「そのうち、琉生とやるんで。それまで内緒~」とか笑って応えている。

 いつか、ほんとにステージで、二人で漫才をする日が来るのだろうか。

 まさか、『アイドルやめて、漫才師目指すで』……なんてこと言わないよな? 

 ちょっと不安になりつつも、

(関西弁練習しとかなあかんかな? )

 思わず、そう心でつぶやいて、笑ってしまう琉生なのだ。

 

 そして、自分でも知らない間に琉生を笑顔にさせるようになった人は、いつの間にかもう一人増えていた。

 織田 空。

 彼女と並んでカウンターに座っているとき、琉生は、いつも自然に穏やかな笑顔になっているのだ。


「あのね」

 そう言って、ほほ笑んで話し出す彼女の声は、琉生の心の中の、作りかけの壁から、丁寧に、少しずつ石を取りのけていく。

「ん?」となにげなさそうに応えながら、実はいつも、琉生はワクワクしているのだ。

(今日は、どんな話が飛び出すのかな?)



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