26. 最高
「それでは、本日のコンクールのラストを飾る、3年1組による合唱です。課題曲は、『いのちのうた』、オリジナル曲は、『明日へ』です。1組の皆さん、お願いします」
司会の実行委員長が言った。
紹介を受けて、体育館のステージ上にクラスの全員が並ぶ。琉生は、後列の端の方、人目につきにくいところに立つ。
課題曲のピアノ伴奏者と指揮者は、音楽部と吹奏楽部の子たちが引き受けてくれた。自由曲は、予定通り、アカペラでいくことになっている。
11月初めの土曜日。観客に招くのは保護者だけの、校内合唱コンクールが開催された。
毎年、けっこう素晴らしい演奏が披露されるので、保護者からの評判もよく、校内だけでおさめるのはもったいない、という声もある。ただ、そう広くはない体育館で収容人数には限りがあることや、コンクールの様子をネット上にあげることにも様々な問題やリスクが予想されるので、結局いつも校内だけの取り組みになっている。
だから、ある意味、地味? なイベントなのだが、校内的には大きな取り組みであることに違いはない。
1年、2年と続いて、いよいよ、琉生たち3年の出番が来た。
同じ学年の中での出演順番は、くじ引きで決めることになっていて、琉生たち1組は、5クラス中のラストになった。
どの学年・クラスも、課題曲の出来で大きく差がつくことは、ほとんどない。課題曲を歌うのは、自由曲を歌う前の声出しも兼ねているのだ。
ただ、自由(2・3年はオリジナル)曲は、どの曲も個性的で魅力があって、これ自分も歌いたいな、そう思えるものが多い。
もちろん、たまにずっこけそうな、トンチキな歌詞のものもあったりする。が、それはそれで、歌声の迫力と演出とノリのよさで入賞することもあって、油断は出来ない。
そう。琉生たちは、本気で、優勝を目指している。
『絶対、優勝する!』
自信を持って、そう言えるくらい、練習はやってきた。
みんないい声が出ているし、何より、みんながこの歌を気に入っているらしいのが歌声から伝わってくる。
だから、今日のこの瞬間を、琉生はすごく楽しみにしていた。
歌い始める前に、周りの人と目を見交わす。ドキドキが静まってくる。指揮者が、静かにほほ笑んで伴奏者とアイコンタクトをとる。
いつものライブのときとは少し違う、緊張感。フルパワーでテンションを上げまくって、スタートダッシュをかけるのとは違う、不思議に、どこか穏やかな気持ちだ。
課題曲は、素晴らしい出来だった。自分たちで歌いながら、そのハーモニーの美しさが心地いい。
続くオリジナル曲『明日へ』は、ピアノ伴奏者も、列の中に入る。拍手をするのは、2曲終わったところで、と決められているので、拍手はない。その代わりに、ほぅっとため息のような気配が客席に広がる。
指揮者が合図を出し、ボイスパーカッションが入って、ピアノではなくハミングによる前奏が始まる。
歌い終わって、全員で礼をした3年1組が浴びた拍手は、その日一番の大きさだったかもしれない。
舞台から下りて、笑い合いながら、自分たちの席に戻る。
「最高!」「めっちゃ気持ちいい」「すっごく声出た」「きれいにハモれたよね」「めっちゃよかった」
自画自賛だと言われるだろうけど、最高の手応えだったのは確かだ。
「優勝したいけど、こんなに最高な気分になれたから、もうどっちでもいいかも」
「いや、だからこそ、優勝したい」「そりゃそうだ」
みんな口々に言いながら、興奮が収まらない。
先生たちと各クラスからの代表の審査員が体育館後ろの控え室で審査をしている間、舞台では音楽部による、オペレッタ『こうもり』が上演される。劇中歌の全てはやらないが、有名な曲をいくつか選び、簡単なストーリーと解説を加えて、コミカルに演じ、歌う。
今日は音楽三昧だ。……最高。
琉生は嬉しくて、思わず笑顔になる。
そっと横目で見ると、目に入る顔は、みんなほっとした表情で、舞台を見て、拍手したり笑ったりしている。
ふと、実行委員長の佐藤と目が合った。
(おつかれ~)
(おつかれ~)
口の動きで伝え合う。
(さいこう~)
(ほんと、サイコー)
ふふっと2人で笑顔を交わす。
このイベントが終わったら、3年は、あとはひたすら受験に向かうだけの日々だ。誰もが痛いほどそれを感じている。逃げたいわけじゃないけど、忘れたいような気持ちもある。だから、今日まで一生懸命このコンクールのためにがんばってきた。
実行委員長と審査委員長が、舞台に上がった。
結果は1年から順に発表され、各クラスの代表に表彰状が手渡される。
いよいよ、3年の番だ。
「3年の優勝クラスは――――」
審査委員長が、審査結果のカードを開いて、発表した。
「3年1組!」
壇上で、表彰状を受け取った、委員長の佐藤が、それを頭の上に掲げる。
「やった~!!!」「やったやったやった!」「やったね~!」
客席から飛び上がって、みんな大きな声で、飛び跳ねながら叫ぶ。
笑い合い、ハイタッチし合う。
校長先生からの講評があって、最後は、1年から3年まで全員で、課題曲の『いのちのうた』、そして校歌を歌う。
全校生徒の歌声が、体育館中に溢れる。空気の振動を感じる。声の迫力に鳥肌が立つ。
喉に熱いかたまりのようなものがこみ上げ、知らない間に、涙が頬を伝う。
熱い空気に圧倒されて、琉生は一瞬、軽いめまいを感じた。




