表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/52

25. 笑ってくれるといいな


 最初に目に入ったのは、無機質な感じの白い天井だった。

(どこだ? ここ……)

 そう思ってから、(ああ、そうか)と琉生は思い出した。

 ゆっくり瞬きをして、首を少し動かして、右を見る。琉生の右手側の丸椅子には誰もいない。

 左を見る。ベッドのすぐ横に、組んだ両手を額に押し当てるようにして、うつむいている姿がある。

 想太だ。


 琉生は、そっと声を出す。

「そう、た」

 ハッとしたように想太が顔を上げた。

「琉生!」

 叫ぶように言って、想太が目を見開く。すると、その薄茶色の瞳に大きく光が揺らめき、みるみる膨れ上がった涙が、頬を転がり落ちる。次の瞬間、彼はあわてて後ろを向き、手の甲でそれを拭って、どうにか止める。

「……めっちゃ。めっちゃ、心配してんぞ……」

 絞り出すように想太が言う。


「……ごめん。心配かけて。……でも、大丈夫、」

 言いかけて、頭に手をやった琉生は、思わず声が出た。

「あ、イテっ」

「そこ、でかいコブできてる。しかも、でっかい擦り傷も」

 想太が心配そうに言う。

「そっか……。道理で」

 

 琉生は、想太の手を借りながら、ゆっくりとベッドの上で体を起こして座る。

 あらためて、想太の顔を見ると、なんだかほっとして琉生は、ふふと笑ってしまう。


 それは、涼しげなのに、心に染みるように穏やかで、優しい笑顔。

 想太が待っていた、琉生の笑顔だった。

 彼が目を覚ますまでの間、ずっとずっと祈るように待っていた、笑顔。


(よかった……)

 ほっとするのと同時に、想太の目からは、再び涙があふれ出す。今度はもう止められなくて、次の瞬間、想太は大きな声を上げて泣き出していた。

 琉生のそばで、腕を目に当てて泣いている想太は、心細そうな小さな子どもみたいで、思わず、琉生は想太の肩に手を伸ばした。

「だいじょうぶだって、だいじょうぶ、だいじょうぶ……」

 おまじないのように繰り返して、琉生は、想太の肩を抱え、そっとトントンたたく。


「……めっちゃ、めっちゃこわかった……。琉生になんかあったらどうしようって……。早く、目ぇ覚ましてくれって、必死で祈って、祈って……」

 こんなふうに想太が泣くのを、琉生は初めて見た。こんなに動揺している姿も。

 いつも飄々として、たいがいのことを笑って楽しそうに乗り越える、想太。


「想太……。ごめん。心配かけて」

「琉生が謝ることちゃう、……でも、ただ、オレ、すごく、すごく心配やってん……」

「うん……うん……」

 琉生は、うなずく。


 うなずきながら、思い出す。

 想太は、幼い頃に、自分を産んでくれた母親を事故で亡くしている。今、想太がかあちゃんと呼んでいる人は、想太の実母の妹だ。

 前に、琉生に話してくれたことがある。


「そんときのこと、オレ、赤ちゃんすぎて、まったく覚えてへんねんけどな。事故で亡くなったっていうのは、だいぶ後になって知ってん。でも、何も訳わからんけどさ、赤ちゃんなりに、疑問に思ってたんかもしれへん。いつも、毎日、そばにおった人がずっと帰ってこーへん、いっぱい泣いて呼んでも、なんでかもう顔を見せてくれへん。……なんでやろ? って思ってたような気がする」

 想太は、静かにほほ笑みながらそう話した。

「そうか……」 琉生はそう言うのがやっとだった。

「でもさ、オレを引き取って育ててくれた、ばあちゃんやかあちゃん、それに父ちゃんが、めっちゃオレのこと可愛がって大好きやって、いつも最大級の愛情注ぎまくってくれてるし。生んでくれた母さんも、きっと安心してると思うわ」

 想太は、薄茶の瞳をキラキラさせて、そう続けていたが。

 

 きっと、想太は、母の事故のことを、思い出したのだ。

 だから、怖くてたまらなくなったのだろう。

 そう思うと、琉生は、なんとかして、想太を安心させたくなった。

「大丈夫。僕は、ちょっとやそっとのことは平気だから。悪運だけは、昔から強い方なんだ」

 確かに、たまにケガをすることはあっても、いつも大事故にならずにすんできた琉生なのだ。

「だから、大丈夫」

「うん」

 想太が、小さくうなずく。

 

 そのとき、病室の扉がいきなり開いた。年配の女性の看護師さんだった。

「あら。目が覚めたのね? よかったわ」

 そう言って、笑顔になった。

「今しがた、この部屋の前通った人がね、『中から泣き声が聞こえる、何かあったんじゃないか』って心配して、ナースステーションに教えにきてくれてね。それで慌てて様子を見にきたのよ」


 想太が照れくさそうに、涙を拭って、頬を赤くしながら言った。

「ほっとして……。嬉しくて、思わず……」

「そう。昨夜からずっと心配してついてたものね。よかったわね。目が覚めて……ほんとに、いいお友達ね」

 終わりの方の言葉は、琉生の顔を見ながら、彼女は言った。

 琉生は、にっこり笑ってうなずく。


 そこへ、見舞客を見送りに行っていた、琉生の母も戻ってきた。

 琉生が起きている姿に驚いて、彼女も半分泣きそうな顔でそばに行くと、琉生をそっと抱きしめた。

 そこで、琉生は、もうひと息がんばって、言ってみることにした。

 2人が笑ってくれるといいな、そう思いながら。


「あのさ。めっちゃお腹空いてるんだけど。考えたら、昨日、夕飯食い損ねたし」

 琉生の母と想太が、顔を見合わせて吹きだした。

「確かに」

「検査終わったら、なんでも好きなもの買ってきてあげるからね」

「やった~。なあ、想太は、何がいい?」

「えっとなぁ。何がいいかな……えっと、ハンバーガーかな」

「僕もそれ!」

 琉生が少し食い気味に言うと、白い病室の中に、穏やかな笑い声があがった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ