25. 笑ってくれるといいな
最初に目に入ったのは、無機質な感じの白い天井だった。
(どこだ? ここ……)
そう思ってから、(ああ、そうか)と琉生は思い出した。
ゆっくり瞬きをして、首を少し動かして、右を見る。琉生の右手側の丸椅子には誰もいない。
左を見る。ベッドのすぐ横に、組んだ両手を額に押し当てるようにして、うつむいている姿がある。
想太だ。
琉生は、そっと声を出す。
「そう、た」
ハッとしたように想太が顔を上げた。
「琉生!」
叫ぶように言って、想太が目を見開く。すると、その薄茶色の瞳に大きく光が揺らめき、みるみる膨れ上がった涙が、頬を転がり落ちる。次の瞬間、彼はあわてて後ろを向き、手の甲でそれを拭って、どうにか止める。
「……めっちゃ。めっちゃ、心配してんぞ……」
絞り出すように想太が言う。
「……ごめん。心配かけて。……でも、大丈夫、」
言いかけて、頭に手をやった琉生は、思わず声が出た。
「あ、イテっ」
「そこ、でかいコブできてる。しかも、でっかい擦り傷も」
想太が心配そうに言う。
「そっか……。道理で」
琉生は、想太の手を借りながら、ゆっくりとベッドの上で体を起こして座る。
あらためて、想太の顔を見ると、なんだかほっとして琉生は、ふふと笑ってしまう。
それは、涼しげなのに、心に染みるように穏やかで、優しい笑顔。
想太が待っていた、琉生の笑顔だった。
彼が目を覚ますまでの間、ずっとずっと祈るように待っていた、笑顔。
(よかった……)
ほっとするのと同時に、想太の目からは、再び涙があふれ出す。今度はもう止められなくて、次の瞬間、想太は大きな声を上げて泣き出していた。
琉生のそばで、腕を目に当てて泣いている想太は、心細そうな小さな子どもみたいで、思わず、琉生は想太の肩に手を伸ばした。
「だいじょうぶだって、だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
おまじないのように繰り返して、琉生は、想太の肩を抱え、そっとトントンたたく。
「……めっちゃ、めっちゃこわかった……。琉生になんかあったらどうしようって……。早く、目ぇ覚ましてくれって、必死で祈って、祈って……」
こんなふうに想太が泣くのを、琉生は初めて見た。こんなに動揺している姿も。
いつも飄々として、たいがいのことを笑って楽しそうに乗り越える、想太。
「想太……。ごめん。心配かけて」
「琉生が謝ることちゃう、……でも、ただ、オレ、すごく、すごく心配やってん……」
「うん……うん……」
琉生は、うなずく。
うなずきながら、思い出す。
想太は、幼い頃に、自分を産んでくれた母親を事故で亡くしている。今、想太がかあちゃんと呼んでいる人は、想太の実母の妹だ。
前に、琉生に話してくれたことがある。
「そんときのこと、オレ、赤ちゃんすぎて、まったく覚えてへんねんけどな。事故で亡くなったっていうのは、だいぶ後になって知ってん。でも、何も訳わからんけどさ、赤ちゃんなりに、疑問に思ってたんかもしれへん。いつも、毎日、そばにおった人がずっと帰ってこーへん、いっぱい泣いて呼んでも、なんでかもう顔を見せてくれへん。……なんでやろ? って思ってたような気がする」
想太は、静かにほほ笑みながらそう話した。
「そうか……」 琉生はそう言うのがやっとだった。
「でもさ、オレを引き取って育ててくれた、ばあちゃんやかあちゃん、それに父ちゃんが、めっちゃオレのこと可愛がって大好きやって、いつも最大級の愛情注ぎまくってくれてるし。生んでくれた母さんも、きっと安心してると思うわ」
想太は、薄茶の瞳をキラキラさせて、そう続けていたが。
きっと、想太は、母の事故のことを、思い出したのだ。
だから、怖くてたまらなくなったのだろう。
そう思うと、琉生は、なんとかして、想太を安心させたくなった。
「大丈夫。僕は、ちょっとやそっとのことは平気だから。悪運だけは、昔から強い方なんだ」
確かに、たまにケガをすることはあっても、いつも大事故にならずにすんできた琉生なのだ。
「だから、大丈夫」
「うん」
想太が、小さくうなずく。
そのとき、病室の扉がいきなり開いた。年配の女性の看護師さんだった。
「あら。目が覚めたのね? よかったわ」
そう言って、笑顔になった。
「今しがた、この部屋の前通った人がね、『中から泣き声が聞こえる、何かあったんじゃないか』って心配して、ナースステーションに教えにきてくれてね。それで慌てて様子を見にきたのよ」
想太が照れくさそうに、涙を拭って、頬を赤くしながら言った。
「ほっとして……。嬉しくて、思わず……」
「そう。昨夜からずっと心配してついてたものね。よかったわね。目が覚めて……ほんとに、いいお友達ね」
終わりの方の言葉は、琉生の顔を見ながら、彼女は言った。
琉生は、にっこり笑ってうなずく。
そこへ、見舞客を見送りに行っていた、琉生の母も戻ってきた。
琉生が起きている姿に驚いて、彼女も半分泣きそうな顔でそばに行くと、琉生をそっと抱きしめた。
そこで、琉生は、もうひと息がんばって、言ってみることにした。
2人が笑ってくれるといいな、そう思いながら。
「あのさ。めっちゃお腹空いてるんだけど。考えたら、昨日、夕飯食い損ねたし」
琉生の母と想太が、顔を見合わせて吹きだした。
「確かに」
「検査終わったら、なんでも好きなもの買ってきてあげるからね」
「やった~。なあ、想太は、何がいい?」
「えっとなぁ。何がいいかな……えっと、ハンバーガーかな」
「僕もそれ!」
琉生が少し食い気味に言うと、白い病室の中に、穏やかな笑い声があがった。




