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18. 今は


 想太の家には、誰もいなかった。

「2人とも、まだ仕事みたいやな」

「そっか」

 琉生は、少し残念に思う。家でゆっくり過ごす圭さんに会えたらとか、お母さんと本の話ができたら、とか、ちょっと期待してしまっていた。

 でも、気を取り直して、提案する。

「あとでさ、プラネタリウムも行かない?」

「ん。行こ行こ。でも、その前に、とりあえず、服、着替えよう。オレの貸すわ」

「お。サンキュ」

「なんなら、ついでにシャワー浴びる?」

「いや、そこまでは」

「じゃ、オレ、浴びてきていい?」

「どうぞどうぞ」


 想太は、タオルと着替えを琉生に用意してくれた後、ごめんやで、と言いながら、シャワーを浴びに部屋を出て行った。

 

 渡されたタオルは、ふかふかで、心地いい。顔をうずめると、『なんだかお陽さまの匂いがする』なんてCMみたいなフレーズが、ふと浮かんでくる。

 ふふっと笑いながら、手早く着替える。想太は、新しい下着まで出してくれていたけど、幸い、そこまでぬれてはいなかった。 琉生たちは、ライブでは秒単位で早変わりもしないといけないから、とにかく着替えは早い。

 想太のシャツもデニムも、琉生とサイズは同じだ。一時期、琉生の方が3センチほど背が高い時期もあったけど、いつの間にか、想太が追いついてきて、今、2人はほぼ同じ身長だ。2人とも、今はほんの少し、それぞれの父親の身長を超えた。176.5cm。2人で、もう少しだけ伸びたいな、と話している。


 着替え終えて、リビングのソファに座っていると、想太が戻ってきた。

「お待たせ。ジュースかなんか飲む?」

「ん~。お茶か水がいい」

「りょーかい」

 想太が、キッチンに入っていく。その後ろ姿を見送って、ふとリビングの大きなテーブルの端に、青い表紙の本が置いてあるのに気づいた。


『玻璃~挑戦者たち~(上)』 三上 柊 作 と書かれている。ソフトカバーの単行本だ。

 透き通る水に、鮮やかな青い絵の具を落としたみたいな、そんな透明感のある青い表紙だ。その青の中に、二筋の白い線が、細いけれど、くっきりと描かれている。青空を横切る飛行機雲のようにも見える。飛行機雲と違うのは、その2本の線の間は、表紙の左端では大きく離れているのに、反対側の端に近づくにつれて、徐々に平行に並んでいく。この線が、この先どうなるのか。ちょっと気になる。


 琉生がその本に見とれていると、

「それ。その本。なんか、目を引くよな」

 2つのグラスを持って戻ってきた想太が、1つを琉生に差し出しながら言った。

「うん。……読んだの?」

「いや、まだ。でも、気になってる。(下)の方はさ、真っ赤な表紙で、それも不思議に透明感があって、それやのに、深い赤で底の方から炎が立ち上ってくるみたいな、そんな色やった」

「線は? 線はどうなってる?」

「線? あ、この2本の線な。まだ、よう見てへんかった。かあちゃんは、カバー掛けて読んでるから。でも、ここにあるところ見ると、(上)読み終わって、(下)を持って出たみたいやな。……線、どうやったやろ。ごめん。覚えてへん」

 青い本を手にしながら、想太が残念そうに言う。

「なんやったら、かあちゃんに聞いとくで?」

「ん。いや、いいよ。自分で買うか、図書館で借りて見てみる」

「……あ、そういや、琉生、図書委員会入ったんやったな」

「そうそう。……なんか新鮮。今まで、あんまり委員会とかやったことなかったから」

「そっか。たまにはいいよな。ちゃんと学生って気がするもんな」

 そういう想太は、小学生の時から、放送委員で、

「ランチタイムの放送するのが楽しいねん。好きな曲流せるし」

「HSTの曲、流しまくり?」

「あたり。流れてる曲聞いたら、当番が誰かわかるって言われる」

 想太がニカッと笑う。


 HSTの曲は、メジャーなヒット曲も多いが、CDにも入っていなくてライブでしか演奏されない曲や、めちゃくちゃ名曲なのに、初回限定盤のCDにだけ収録されていて、ファン以外は全く知らない、という曲もある。すごくもったいない。だから、想太は、そういう曲にもっと光が当たればいいな、と思う。

 ヒット曲は、確かに曲調や歌詞も印象的で繰り返し聞きたくなる魅力がある。でも、知られていない曲の中に、実は、ものすごく自分の気持ちと重なって泣けそうなぐらい心をかき立てられるものもある。

 想太は、そんな曲も大切にしたいと思う。


「うん。そうだな」

 一生懸命語る想太に、琉生もうなずく。

「そんな曲を作りたいね。自分たちの手で」

「うん。作曲も作詞も、やりたいな。いっぱい勉強せんとな」

「でも、今はまず、受験勉強」

「……やな」

 想太と琉生は顔を見合わせて、苦く笑った。


『受験』

 何をしていてもどこにいても、頭の中にこびりついて離れない、その2文字は、どうしてもすぐに2人の意識に浮かんできては、思考の大半を占めてしまう。

「勉強自体は、いやとちゃうねんけど……」

 想太がため息をつく。

「自分がそのときその瞬間一番やりたい、と思うこととは、やっぱりちょっとずれるんだよな」

 琉生も、ため息をつく。

「ちょっとどころとちゃうで……」

 のんきで、たいがいのことを笑顔で乗り越えてしまう想太も、けっこう参っているみたいだ。


「だからさ、録音とかして、ちょっと楽しみながらでないとやってられへんねん」

 想太の音声教材は、その後も更新され続けていて、社会科や理科のデータはさらに増えた。

「これさ、すごい効果大きいよ。移動の時でも、本を開く時間がないようなちょっとしたすき間時間でも、聞けるしね。……テストの時にも、想太の声で答えが浮かんできたりして」

 琉生が笑いながら、言う。

「オレもや」

 想太が言って、2人は思わず吹き出した。


「せっかくやから、勉強、やっとく?」

「そうだな。プラネタリウムは最終の回で行こうか」


 2人は、数学の問題集を開いて解き始める。好きな教科から取りかかるとテンションが上がって、はずみがつくし、集中できる。

 リビングには、2人の鉛筆が紙の上を滑る音だけが響いている。



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