拒絶する凛華
「ここが、凛華のいる館……」
俺達は魔女に教えられた住所へとやって来た。
その洋館は、街の中にぽつんとあった。
魔女が呼称した洋館、というのがピッタリと合う建物だ。
レンガ造りの壁には植物のツタが這っており、全体的に暗く、住宅街の中でこの建物だけが異質だった。
小説によく出てくるような、まさしく吸血鬼が住んでいそうな見た目だった。
「ここにお姉様が……」
「なかなか雰囲気があるところだね」
今日のメンバーは清華と、朝陽先輩。
珍しいことに、先輩がなぜか付いてきていた。
理由を聞くと「嫌な予感がしたから」らしい。
先輩は珍しく、戦闘準備が万端だった。
動きやすい戦闘衣を纏い、腕には先輩が本気の戦闘やダンジョン攻略のときにしかつけてこない、金属の腕輪まで装着している。
この腕輪は携行型のアイテムボックスだ。
携行型アイテムボックスとは、魔法と科学の技術によって人為的に作られたアイテムボックスだ。
本来、アイテムボックスはその便利な性質に反して、ダンジョンからしか出ることはなく、とても貴重な品となっている。
それに対してアイテムボックスの性質を再現しようと作られたのが、この携行型アイテムボックスだ。
一般的にはモバイル・アイテムボックスの頭文字を取って、MIBと呼ばれている。
仕組みは聞いてもよく分からなかったが、どうやら次元の裏に隠しているとかなんとか言っていたような気がする。
一見万能の品であるように思われるが、実はそうではない。
試作段階であるが故に、そもそもアイテムを格納出来る数が非常に少なく、武器数本を格納するのが関の山な上、頻繁にメンテナンスや、魔力と電力の両方で動いているので、特殊な充電方法が必要となる。そして、その充電費用は莫大だ。
コストの面から見て、アイテムボックスを購入したほうが長期的に見れば安く、ほとんどの冒険者はアイテムボックスの方を購入している。
しかしなんと、Sランク冒険者はテスターの意味も込めて、日本から維持費無償でこのMIBが貸し出されている。
つまり、莫大な充電コストや、メンテナンス費用が必要なくなるのだ。
これもSランク冒険者の特権の一つと言えるだろう。
Sランク冒険者の中で自分のアイテムボックスを所有していない人間は、この携行型アイテムボックスを愛用していた。
そして先輩もその一人だ。
「もしかしたら荒事になるかもでしょ? 今日は『鳴神』と、『童子切』、『鬼丸』の二本も持ってきてるからね」
鳴神とは、これも携行型アイテムボックスと同じく先輩が本気を出したときにしか使わない、SSレアの武器たちだ。
そんなものを持ってくるくらいには、先輩は危険を感じているということだ。
改めて気を引き締めて、俺は門のところにあるインターホンを鳴らした。
しばらくして館の主が出てきた。
『あらあら、あなたは先日の。いったい何のご用?』
聞き覚えのある声。荊棘エリスの声だ。
一応、俺は丁寧に質問する。
「ここに、橘凛華さんはいますか」
『ええ、もちろん。入ってちょうだい』
その言葉と共に、門が開かれた。
俺達はその中へと入っていく。
玄関の扉を開けると、エントランスの真正面に階段があり、その踊り場には一人の女性が立っていた。
血の気が全くない真っ白な肌と、白髪。そして暗いマゼンタの瞳。
荊棘エリスだ。
照明はついておらず、ステンドグラスの光りを受けて微笑む彼女は、妖艶さを醸し出していた。
エリスは目を細めて笑う。
「ふふ、凛華さんだったわね。ついていらして」
俺達はエリスの後ろについて、館の廊下を歩く。
歩いていてきたついたが、この館は一つも明かりが付いていない。
一応カーテンは閉めていないので廊下の窓から光が差し込んでいるが、それでも暗くて
「ごめんなさいね、暗くて。あまり明るいのが好きではないの」
俺の思考を読み取ったかのようにエリスが謝ってくる。
「ここが凛華さんのいる部屋よ」
そうこうしているうちに、エリスが部屋の前で立ち止まった。
「凛華さん、入るわね」
エリスが扉を開けて中に入る。
部屋の中、ベッドの上に凜華が座っていた。
凜華は部屋に入った俺達を見て、驚愕していた。
「な、なんで……まさかッ!?」
凜華はエリスを見る。
しかしエリスは首を振った。
「彼らがあなたを見つけたのよ。私は何も言ってないわ」
「お姉様っ!」
清華が凜華へと駆け寄る。
そして清華は凜華へと抱きついた。
「どうして何も言わずにいなくなったんですか! 私、とても心配したんですよ……っ!!」
「清華……」
凜華は清華を抱きしめる。
「あぁ……」
隣から声がしてきた。
声の方向を向くと、エリスは頬に手を当て、一層艶めかしい表情を浮かべていた。
「やっぱり、家族愛は美しいわねぇ……」
エリスは恍惚とした笑みでその光景を見つめている。
「お姉様、どうしてなにも言わずにいなくなってしまったんですか。心配したんですよ」
「それは……あなたには関係ないでしょう……」
凛華は冷たい声で清華を突き放す。
しかし清華は諦めず、凛華の前に正座すると、手を握って説得する。
「お姉様、帰りましょう? 屋敷の皆も心配しています。私だって本当に心配だったんですよ……」
ちらりとエリスの方を見てみたが、なにも言わず、愉快そうに凛華と清華を見ているだけだった。
凛華は一瞬言葉をつまらせたが、すぐに冷たい表情を作った。
「清華……私のことは放っておいて」
「あらあら、強情ねぇ」
エリスはため息を付いて、凛華の隣に腰を下ろした。
「ねぇ、凛華さん。彼女たちもこう言っていることだし、お家に帰ってもいいんじゃないかしら」
「私は……」
凛華が口を開いた時。
エリスがなにかを凛華に対して耳打ちした。
「お姉様……」
「……帰って」
「え?」
「帰りなさい、清華!!」
声を荒げる凛華に、清華は目を見開いていた。
「あなた達も、もう来なくて結構。私は、もう……誰とも会いたくないの!」
「お姉様、一体どうし……」
「ごめんなさいね、凛華さんはどうやら心に深い傷を負ってしまったみたいだわ。──ねぇ、そうでしょう?」
エリスが凛華に尋ねる。
すると凛華はゆっくりと頷いた。
どういうことだ、これは。
明らかに凛華の様子がおかしい。
まるで凛華の今の姿が、凛華に支配されている時の清華と重なって見えた。
「どうやら、凛華さんの決意は固いみたい。申し訳ないけど、また今度来ていただけるかしら」
本人が帰りたがっていない以上、強制するわけにはいかない。
「お姉様……っ!」
「清華ちゃん、一旦帰ろう」
切り出したのは今まで黙っていた先輩だった。
「……はい」
清華は名残惜しそうにしつつも頷く。
そして凛華の様子に違和感を感じつつも、俺たちは館から出てきた。
帰り際、見送りに来たエリスが、
「また来ていただいても構わないわよ。あ、でもぉ……急がないと、ちょっと不味いかもしれないわね?」
最後にそんな言葉を残していったのだった。




