勝利の確信
決闘の前日。
先輩は昼からSランク冒険者としての仕事があるらしく、久しぶりに家には俺とセレーネが残っていた。
ゴリゴリゴリ。
俺は竜の角を小さく切ったものを、すり鉢で粉状に粒していた。
粉末の状態になったところで、水を入れているグラスのコップに粉をすべて移す。
水の中に竜の角の粉末を入れたものを、俺は一気に飲み干した。
「……」
ステータスの称号の欄を見る。
【竜の因子】。
タップしてみる。
『竜の因子:停止中』
やはり竜の因子は起動できていない。
「はぁ……マジでどうやって起動するんだよこれ……」
俺は何をしても起動できない竜の因子に頭を抱えた。
凛華との戦闘の時、竜の因子を起動できたと思ったら、次の日に見てみると停止中と表示されていた。
どうやら、竜の因子の起動には制限時間があるらしい。
「やっと起動できたと思ったのに……」
正直、めちゃくちゃ萎えた。
なんで一度起動できたものがまた停止中になるんだよ……。
しかも凛華との戦闘以降、ずっと竜の因子の起動条件を探っているのに、未だに分かっていない。
凛華との戦闘中にしていたことはほとんど試している。
試していないのはあと一つだけだ。
「もしかして、死にかけるの起動条件だったりするのか……? それだったら検証なんて無理だぞ……」
流石にもう一度死にかけるのは無理だ。
反魂の秘薬もないし、死にかけたらまた治るのに時間もかかる。
俺は諦めてセレーネに聞くことにした。
「セレーネ、竜の因子の起動条件って分かるか? 俺は死にかけるのが起動条件だと考えてるんだけど……」
「仕方がないですね……」
近くで椅子に座って本を読んでいたセレーネが本を閉じる。
セレーネは大抵のことは知っている。
俺は普段、どうしても煮詰まった時以外はセレーネに質問しないことにしている。
なんでも質問してしまうと、俺の成長が止まってしまうからだ。
「竜の因子の起動条件ですが、恐らくあなたの予想通り、命の危険がある状態に陥っていること。それか古竜の素材を体内に取り込むことでしょう」
「古竜の素材……?」
「もしくは、その二つが必要か、ですね。あなたが古竜の素材を取り込んでなかったら確定だったのですが」
「ちょっと待ってくれ。俺は古竜の血なんて取り込んでないぞ」
「反魂の秘薬を使ったでしょう。あれの中には古竜の血が入っているんです。もともと古竜の血は霊薬の素材として有名でしたから」
そう言えば、凛華との戦闘中に反魂の秘薬を使っていた。
「普通の竜の角を取り入れても因子が起動しないということは、より強力な竜、つまりは古竜のものを取り入れないといけないということでしょう」「なるほど……じゃあ、もう一つ反魂の秘薬をくれないか?」
「もうありません。あれは一つしか持ってなかったので」
「え、そうなのか?」
「もともと私の母の形見として譲り受けたものですから。ああ、作るのは期待しないでください。母も作るのに半世紀ほどかかったそうですから」
「は、半世紀……」
人間の俺からしたら途方も無いような時間だ。
いや、それよりも母親の形見なんて大切なものを俺にくれたのか。
「セレーネ、ごめ……」
「私が欲しいのは謝罪じゃありませんよ」
言葉を途中で遮られ、俺はあらためてお礼を言った。
「ありがとう、セレーネ」
「いえ、私のあなたに生きて欲しかったので」
少し頬を赤く染めたセレーネが顔をそらした。
「となると、今度は古竜の素材を集めないとな……セレーネ。どうやって集めるか知ってる?」
「森林ダンジョンの下層に行ってください。ヒントはこれだけしか出せません」
あっさりとセレーネはそう教えてくれた。
どうやって古竜を倒すのか、そして古竜の素材を採集したりするかは俺に任せるということだろう。
「いや、十分すぎるくらいだよ。ありがとう」
場所さえ分かればあとはこっちのものだ。
「ただ……明日には間に合わなそうだな」
というわけで、今回の模擬戦には竜人化のスキルは使えないという事がわかった。
「しょうがない。あれを使うか……」
奥の手が使えなくなった代わりの作戦を、模擬戦に向けて俺は考えるのだった。
***
「はじめ!」
開始の合図が告げられた瞬間、俺は魔力を圧縮し、瓜生へと接近しようとする。
しかしその前に瓜生が魔法を発動した。
瓜生の周囲に生まれた三つの電撃が、俺へと向かって飛来してくる。
「っ!?」
瓜生が放ったのは、魔法初心者でも使える初級の魔法。
小威力の電撃を放つ魔法で、低ランクかつ小型の魔物を少しの時間感電させる程度の威力しか無い。
しかし低威力で初心者でも使えるからと言って、弱いわけではない。
魔法抵抗力が低い人間が当たれば魔物と同じように感電し、筋肉が麻痺してしまう。
そうでなかったとしても発動が格段に早く、また着実にダメージが与えられるため、こと対人戦闘においてはよく使われている魔法だ。
そして俺は魔法に対する抵抗力は、普通の冒険者よりも低い。
当たれば一瞬筋肉が麻痺するのは避けられないだろう。
俺は魔法の軌道上から身体を外して魔法を避けた。
「無詠唱で魔法を……」
「はは、驚いたかな?」
俺の驚いた顔に瓜生はニヤリと笑う。
魔法というのは、基本呪文の詠唱を必要とする。
慣れてくれば詠唱を省略したり、まるごと省くことも出来るのだが、それも何年も練習してないとできないことだ。
「スキルか?」
俺の問に瓜生は頷いた。
「ご明答。教えたところで君にはもう何もできないだろうから教えてあげよう。僕は『無詠唱』のスキルを持ってるんだ」
スキル『無詠唱』はユニークスキルではなく、一般スキルだ。
しかし汎用性が高い割りには魔法職の中でもこのスキルの保有者は少なく、持ってるだけで魔法職の才能があると言われるレベルのスキルだった。
「それだけじゃない!」
瓜生は高笑いを上げる。
「僕は『魔力効率』のスキルも持ってる。これがどういう意味か分かるか!? 僕は魔法の発動に対して常人の半分の魔力しか必要としない! 僕は魔法職の中でもトップレベルの才能を持ってるんだ!」
『無詠唱』のスキルと同じく、『魔力効率』のスキルも、世の魔法職が喉から手が出るほど欲しいスキルだ。
なにせ魔力が半分でいいとなると、魔力が二倍になるのと同義だ。
瓜生はさっきの魔法を何百回だって撃てるだろう。
「対して君はどうだ? 魔力圧縮だって、十回程度が関の山だろ?」
「……」
瓜生の言う通りだ。
今回、アイテムが使えない以上、俺は魔力を補給できない。
当然、魔力圧縮の発動回数も限られてくる。
限界まで魔力圧縮の効率をあげても、補給無しでできる魔力圧縮の回数は十回程度が限界だった。
そして、魔力圧縮は何も攻撃だけに使うわけじゃない。
魔法を避ける時も、魔法を正面から受ける時だって魔力を使う。
この模擬戦の中で、俺はこの少ない回数でやりくりしなければならないのだ。
「さて、僕は今から君を圧倒的な数の魔法で押しつぶす。君が使える魔力圧縮は十回程度だ。絶対に君は僕の魔法を避けきれなくなる。つまり──僕の勝ちだ」
瓜生は俺へと木剣の先を改めて突きつけ、勝利を確信した笑みを浮かべる。
さっきの瓜生の言葉の意味を理解した。
スキルを教えた所で、俺にはもう状況を避けようがない、という意味だったのだ。
「君はどこまで耐えられるのかな?」
その笑みは、これから訪れる一方的なワンサイドゲームを思い浮かべ、悦に浸っている笑みだった。
「ふーっ……」
絶体絶命のように聞こえる状況。
しかし俺は息を整えて──剣を構え、腰を落とした。
弾けるような音と共に。
身体が帯電する。




