凛華の過去
両親が、死んだ。
家の事業でダンジョンに視察へ行き、イレギュラーに遭遇したとのことだった。
現実感がないまま、葬式を終えた。
今は皆、私達から離れた所で話し合っている。
誰が引き取るか、ということらしい。
離れていても「財産が」とか「相続が」とか聞こえてくる。
妹の清華は、お葬式の会場で二人の棺桶に寄り添って寝ていた。
目が赤く腫れている。泣きつかれて寝たんだろう。
対照的に、私はまだ泣けてなかった。
現実感がなかった。
父は厳しくて、母は優しい人だった。
つい数日前までは、私と清華も含めて四人で、普通に暮らしていた。
あの二人がもういないなんて、信じられなかった。
いや、違う。
父と母が死んでしまったことを受け入れると、その喪失感と悲しみで心が潰れてしまいそうな気がして、必死に父と母が死んだことを認めないようにしているのだ。
「橘家の、娘だな」
低い、男の声。
横を見上げると、そこには黒い喪服に身を包んだ、二十代ほどの男が立っていた。
背中の中ぐらいまである髪はボサボサで、黒い髪の隙間から覗く瞳は暗く淀んでいる。
手には鞘に収めていない錆びた剣を、刃の部分を掴むようにして持っていた。
私はこの男を知っていた。
「あなたは冒険者の……」
確か、Sランク冒険者だったはずだ。
占いかなにかが得意で、私が小さい頃に顔を出していた気がする。
「俺はただの知り合いだ。昔、お前の両親と縁があってな」
その男は手近なパイプ椅子に座ると、煙草を取り出して火をつけた。
私を見つめたまま、何も言わずに煙を吸って吐き出すその姿はますます不気味さを際立てた。
「これも何かの縁だ。一つ、忠告しておいてやろう」
「忠告?」
「そこの娘に、死相が出ている」
その男は、棺桶に寄り添っている清華を指さした。
シソウ。
死相。
その言葉を理解するのに、すこし時間がかかった。
「………………え?」
そして理解すると同時に、声が漏れでた。
「その娘はお前をはるかに凌ぐ才能を持っている。だが、それが仇となり命を狙われることになる。あと二十年……いや、十年後。そいつは俺ですら太刀打ちできないような敵に襲われて、死ぬ」
男はもう一度煙草を吸って、煙を吐いた。
やけにゆっくりと、煙がゆらゆらと立ち上っていく。
「う、嘘だ……」
「残念ながら、真実だ」
男が残酷に、淡々とそう告げる。
「お前は姉だな。なら、妹であるあいつを見張っていろ。それがお前の役目だ」
そう言うと、男はパイプ椅子から立ち上がった。
「俺の忠告はそれだけだ」
男が去っていく。
清華が、死ぬ?
私を襲ったのは……恐怖だった。
この胸が張り裂けそうになる痛みが、哀しみが、もう一度やってくる?
「はぁっ……はぁっ……」
私は頭を両手で掴む。
呼吸が浅くなって、目の前が暗くなっていく。
胃の中がひっくり返ったみたいになって、吐きそうになった。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死んでほしくない。
私を一人にしないで。
混乱と恐怖でぐちゃぐちゃになった頭で、私は必死に考えた。
清華を守るためにはどうしたらいい?
どうすれば、Sランク冒険者ですら勝てないような敵から清華を守れる?
私は顔を上げる。
そうだ。
あの男は、清華の才能が危険だと言っていた。
それから私は、完璧になった。
適当な親族の弱みを握って、『お願い』し、干渉してこない保護者を手に入れた後、私は晴れて橘家の当主になった。
私が立てた作戦は、「清華の才能を折り、私が身代わりになる」こと。
清華を守るためには、これしかなかった。
あの男はなんの才能か言い残さなかった。
だから私は清華が挑戦する全てで上回った。
勉強、運動、芸術。
清華の才能の芽が芽吹かないように、全て潰して回った。
血の滲むような努力が必要だったけど、清華が死ぬかもしれない恐怖に駆られて、狂ったように努力を重ねた。
清華が目立つ功績を残せば、私はそれよりも目立つ功績を残していった。
これなら、もし狙われるとしても私の方だ。
でも、清華の笑顔を一つ潰すために、汚泥を飲み込むような気持ちになった。
それでも、清華を止めることは出来なかった。
あの男が言っていた通り、あの子は私とは比べ物にならないような原石だった。
どれだけ心を折ろうとも、押さえつけようと、羽ばたこうと立ち上がる。
あの子が死ぬかも知れない恐怖から縛り付けている卑しい私とは全く違った。
冒険者になったと言われた時は、肝が冷えるかと思った。
それどころか、私に内緒ですでに冒険者を始めていたそうで、冒険者になって半年ほど経過していたらしい。
十五歳から保護者の同意なしで冒険者になれることを失念していた。
冒険者を始めたばかりとは思えないようなスピードでランクが上がっている、と誇らしげに語る清華を見て、また恐怖に駆られて私はすぐに冒険者になった。
荒事は苦手だけど、橘家の娘として薙刀と護身術は心得ていた。
清華が学校に行っている間に、私はありとあらゆる手段でレベルを上げ、橘家の財力に物を言わせ強力なアイテムを手に入れた。
冒険者としても、すぐに私は清華を追い越した。
でも、私には清華のような強いスキルは備わってなかった。
清華が学校に行っている間にレベルを上げたとしても、実力は清華の少し上程度までにしか持っていけない。
このままでは清華に追いつかれてしまう。
恐怖に駆られた私は、とある噂を聞いてSランクダンジョンにやって来た。
ダンジョンの主である玉藻の前にお願いすると、それに応じた強力なアイテムをもらえるという噂だ。
ギルドからは止められたが、橘家の力を使って無理やりダンジョンに入った。
そしてSランクダンジョンで玉藻の前と対面し、世界の事実を知り、私は自分のしてきたことが間違ってなかったことを知った。
『さて、この話を聞いてこれからどうする? 人間の娘』
『なに? やることは変わらない? このまま行けば確実に死ぬのに?』
『惨たらしく死ぬんだぞ? 最愛の妹にも恨まれたまま死ぬんだぞ?』
『それでも構わない?』
『ハハハ! これだから人間は面白い!』
『いいだろう! 才覚は全く足りておらんが、その見上げた覚悟に免じて九尾の権能をくれてやろう。せいぜい目立って、運命に反抗することだ』
私は九尾の権能を得て、Sランク冒険者となった。
許してもらえるとは思っていない。
すべて私のエゴでしかない。
もっといい方法があったのかも知れない。
でも、誰が敵で、清華を狙っているのか分からない。
私の手が届く範囲で清華を守るにはこの方法しかなかった。
清華の才能を潰し、私が標的となる。
あの子が死んでまたあんな悲しい思いをするくらいなら、私が死んだほうがいい。
もし私が死んだとしても、清華は私を恨んでいる。
私が死んでも問題はない。
だから、目の前のこの男には、負けるわけにはいかない。
私が負ければ、清華が羽ばたいてしまう。私の手の届かないところまで。
「私は……っ! 負けられない……ッ!!!」
薙刀と剣を打ち付け合い、至近距離でにらみ合っている男を、私は睨みつける。
ステータスは貧弱。
全ての指に指輪をはめ、悪趣味な耳飾りやネックレスをつけ、そのくせ鎧の類は一切つけていない、軽薄そうな見た目をしている男。
アイテムで底上げしないとスタートラインにすら立てない男。
しかし私は知っている。
どうやっても勝てるはずのなかったこの男が、今まさに運命を覆して私を追い詰めていることを。
装備やアイテムを封じて瀕死の状態に追い込んでも、これまでと同じく、いやそれ以上に苦戦を強いられていることを。
勝つ。勝たなければ清華が死ぬ。
恐怖に背中を押されて、私は戦う。




