竜と狐の決闘
心臓を手刀によって貫かれ、蘇生した凛華は仙術で自分の身体を風に乗せ、俺から距離を取った。
逃げられたが、丁度いい。俺も排熱を行わなければならない。
暴風が吹き荒れるが、俺は特に微動だにせず、背部装甲から排熱を行う。
今まで浮かべていた余裕の笑みから一転し、額に汗を浮かべて息を切らしている凛華が、俺をキッと睨みつける。
「どこにこんな力を隠していたの……!」
『力で上回られるのは初めてだったか?』
「減らず口を……っ!?」
目の前に、回し蹴りを放とうとしている俺がいた。
凛華はすんでの所で身体をのけぞらせ、回避する。
「狐炎玉っ!!」
凛華が逃げながら仙術を発動する。
直径二メートルほどの、炎球が出現した。
『吐息』
俺は右掌を凛華へと向ける。
装甲が割れ、手のひらから砲塔が現れたかと思うと、熱線が発射された。
熱線は炎球を飲み込み、その背後の凛華を焼いた。
「なっ──」
熱線が収まった頃には、また一本尻尾が減った凛華が立っていた。
ブレスを放ったことでこもった熱を排出する。
『二本目』
「こんなのありえない……!」
凛華がまるで悪夢だとでも言うように叫ぶ。
「すごい……」
清華がポツリと呟く声が聞こえた。
どうやら竜の因子が起動したことで五感が強化されているらしい。
『残り九分』
カウントダウンが残り時間を告げてくる。
残り時間はあと九分。十分間に合う。
「ふふ……」
取り乱していたはずの凛華が、笑みを浮かべた。
「その鎧……たしかに強いわ。私の世界で禁止できないということは、アイテムではなくスキルなんでしょう。でもそんな強さのスキル、デメリットがないわけがない」
『……』
「大方、発動条件と使用時間に制限がある。そうでしょう?」
見破られた。
さすがはSランク。落ち着きを取り戻すのも、相手の弱点を推測するのも早い。
俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、凛華は笑う。
「さっきみたいに動くのもいちいちクールタイムがあるようだし、それだけ気をつければ問題はない。その鎧さえなくなればあとは大怪我を負ったあなただけしか残らない……つまり、制限時間まで逃げ切れば私の勝ちね」
『過熱機構』
俺はその瞬間、スキル『竜人化』の最後の能力を使用した。
鎧の隙間から炎が漏れ出ていく。
排熱を止め、熱で自壊することを覚悟した姿だ。
自滅と引き換えに手に入れた力は……無制限での能力の使用。
凛華の残りの命は後七つ。
残り時間約五十秒。
それまでに削り切る。
『飛行』
一瞬で凛華に肉薄し、
『竜撃』
迫る致死の一撃を、凛華はなんとか躱して避けた。
『吐息』
「なん……っ!?」
クールタイム無しで再使用したことに凛華が驚愕する。
熱線が凛華を焼いた。
『あと六本』
凛華の尻尾《命》が一本減り、あと六本となった。
『あと四十秒』
カウントが残り時間を告げる。
背部から炎を噴射し加速する『飛行』と、絶大な破壊力を誇る『竜撃』、そして『吐息』を使い、凛華の尻尾を削っていく。
『あと五本』
掌底で骨ごと内臓と心臓を破裂させ、
『あと四本』
幻術で透明になろうとしたところを『吐息』によって広範囲を薙ぎ払うことで焼き、
『あと三本』
手刀によって首と胴体を分かち、
『あと二本』
『竜撃』で殴って絶命させる。
残るは、あと一本。
『あと一本ッ!!!』
「ふざけるなふざけるなふざけるなァッ!!!!!!」
凛華が怒号を上げ、ひたすらに逃げ続ける。
『あと十秒』
カウントダウンが迫る。
あと十秒。ここで残機を削りきり、戦闘不能になるまで持ち込む……ッ!!
「氷縛陣!!!」
俺を取り囲むように氷が包み、檻を形成する。
だが、そんなもの効きはしない。
俺の心臓に宿るこの熱で、どんな氷だって溶かしてみせる。
氷の檻にそのまま体当たりして氷を溶かしながら破壊し、凛華に迫る。
あと一歩。
振り上げられた拳を見て、凛華が瞠目した。
『──ぁ』
その瞬間──ガクン。
膝から力が抜け、俺は水面に膝をつく。
『カウントダウン終了。竜人化を解きます』
炎が身体を包み、鎧を脱いだ状態の俺が現れる。
「はぁっ……はぁっ……」
肩で息をしながら、俺はなぜこうなったのかを理解した。
恐らく、血を流しすぎたんだ。
鎧の下ではずっと血が流れ続けていた。
竜人になっても傷が塞がるわけじゃない。あれだけ派手に動けば傷口から血が流れ……やがて俺の身体は動かなくなる。
忘れていた。今の俺は重傷を負っているということを。
いや、忘れていたんじゃない。
竜の因子が起動してから、思考も感情もやけに好戦的になっていた。
これは恐らく、竜の因子の影響だ。
初めて使うから分からなかった。
「がは……っ!」
俺は水面に手をつきながら血を吐く。
「あ、あはは……あははははははははははははははッ!!!!!」
凛華は狂ったように笑う。
「私の勝ちね!! やっぱり最後に勝つのは私なのよ!」
「……くそっ」
あと一息。
あと一息だけ、吸う時間が欲しい。
一回だけ空気を吸えば、俺はまだ立ち上がれる。
「あなたの努力に免じて、これでトドメを刺してあげる」
凛華の背後でゆらりと動くものがあった。
それは、最後残った尻尾。
槍のように尖ったその先端を、凛華は俺へと向けていた。
「死になさい」
尻尾が俺へ向けて迫り──
ガキン! と音がした。
顔を上げるとそこにいたのは。
「清華……?」
妖刀『廻灼』で凛華の尻尾を弾いた清華だった。
***
私は、そもそも勘違いをしていた。
私が求めていた本当の強さは、尊さんのような強さじゃない。
自分のために、あそこまで折れず、強大な敵に立ち向かえるのは憧れるけど、でもそれは私の強さじゃない。
本当の強さは、もう私が持っていた。
ずっと、私の中にあった強さ。
どれだけ才能を否定されても、努力が無駄だって言われても、前を向いて歩き出せる強さ。
お姉様を超えたいという、この気持ちの強さこそが私の強さだ。
努力を否定されるのは怖い。
負けるのが怖い。
でも、それでも私は諦めない。
必ず、お姉様を超えて見せる。
「尊さんは……殺させない!」
その時、初めて私は震えることなく、姉に立ち向かった。
「参りますっ!!」
刀を構え、姉に向かって踏み込む。
今なら分かる。白鷺さんの言葉が。
私のユニークスキル『魔眼:万華鏡』。
これの能力は、ずっと鏡張りの世界を作るものだと思っていた。
でも違う。
これは、あなたに使う力だ。
閉じた自分の世界ではなく、外に目を向けて使う能力なんだ。
魔眼が、万華鏡が回る。
「万華鏡……っ!!」
周囲の空間が割れ、万華鏡の世界が現れる。
「またその世界を作るつもり!? そんなもの効かないと何回も……」
私はその世界を自ら……割った。
万華鏡がただの鏡の欠片となり、世界が崩れ落ちていく。
しかしその鏡となった断片は、空中に留まっていた。
「私の魔眼は……分岐する未来を映し出す!!」
魔眼の本当の能力は世界を作ることじゃない。
相手を見て、その未来を映し出すことこそが本当の能力。
空中に浮かぶ数百の鏡の欠片に、それぞれ未来が映し出される。
強い能力のように見えるが、デメリットはある。
取れる選択肢が多いということは、どっちつかずの選択肢を取ってしまう可能性がある。
だけど、選択肢を選び取る訓練は積んできた!
幾百もの鏡の欠片に映る未来の中から、最適な未来を選び取っていく。
仙術による攻撃を寸前で躱し、空間を埋め尽くす千本の矢も隙間を入り込んで回避し、水面や空中に仕掛けられた罠もタイミングをずらすことで引っかからずに駆け抜け、姉の目論見を全て見切って近づいていく。
「く……っ!」
お姉様が仙術の密度を上げた。
鏡に映る未来が九割ほど大怪我を負う未来に変わる。
私では避けきれないということだ。
それなら……
「なにを……!」
攻撃を受けながら突っ込んできた私に、お姉様が焦ったような声を上げる。
様々な仙術に身を焼かれながら、斬られながら、凍らされながら、貫かれながら、それでも致命傷だけは避けて進んでいく。
そしてついにたどり着いた。
お姉様に肉薄する。
「私は、魔力が自由に扱えなくたって、強くなれる!!」
右下からの切り上げが、お姉様の身体を捉えた。
***
「よくやったと、褒めてあげる」
私の目の前には尻尾が全て消えた、言葉と裏腹に不機嫌そうな表情のお姉様と、
「はぁ……っ! はぁ……っ!」
全身傷だらけになり、地面に刺した刀を杖にして崩れ落ちるのを必死に堪えている私がいた。
「この状態の私の命を、一つ削りきったこと。称賛に値するわ」
私では、命を一つ削るのが精一杯だった。
尻尾を全て削っても、姉には自分の命が残っている。
終わりを告げるように姉は扇子を閉じ、私へと近寄ってくる。
「でも、やはり私には──」
その時、視界を遮る影があった。
「よくやった。後は任せろ」
顔を上げるとそこには。
私より重傷で、今にも出血で死にそうなのに。
全く諦めた様子がない表情で姉の前に立つ彼がいた。




