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夜の弱音

「それで、これは一体どういうことなんです?」

「すみません……」


 俺はセレーナの前で正座していた。

 清華はとりあえず風呂に入れられている。


「いや、すみませんじゃなくて。どういうことか説明してくださいと言っているんです」

「これには長い理由があって……」


 俺は一からセレーネに経緯を説明した。


「なるほど、それで彼女を連れて帰ってきたと……あなたは本当に」

「しょうがないだろ。あにの状況で置いてくなんてできなかったし」

「それはそうでしょうけどね……」


 ちょっとセレーネは不機嫌そうだった。


「やっぱり、勝手に連れて帰ってきたこと、怒ってます?」

「そうです。怒ってます。人を呼ぶときはきちんと前もって連絡をしてください。こちらにも相応の準備というものがあるんですからね。ご飯も二人分しか用意してないんですよ?」

「そういう問題?」

「言い訳しない」

「はい……」


 俺は再びしゅんとして正座し直す。


「あの……」


 するとリビングの扉が開かれ、清華が入ってきた。

 お風呂上がりの清華はセレーネの服を貸し出され、シャツとショートパンツ姿だった。

 まだ濡れている黒髪と、蒸気(上気)している頬が艶めかしい。


「見るな」

「いたぁっ!?」


 セレーネが俺の顔をアイアンクローで掴んできて視界を遮る。


「乙女のお風呂上がりの姿をまじまじ見るとは何事ですか。デリカシーの欠片もないんですかあなたには」

「自分はいつもおんなじような格好で家の中を歩き回ってるのに……!」

「あ、あのセレーネ……さん、で良かったですよね? 私は別に気にしませんので……」

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はセレーネと申します。以後お見知りおきを」

「あっ、私は橘清華と申します。あの……セレーネさんは尊さんといったいどういうご関係で……?」

「強いて言うなら、一緒に住んでいる関係と言うべきでしょうか」

「い、一緒に住んでる関係……!?」


 セレーネの言葉を聞いた瞬間、清華がわかりやすく動揺し始めた。

 なんだか誤解してそうだったので、俺は親切にセレーネの言葉に補足を入れてあげることにした。


「別に一緒に住んでる関係っていうか、それだけだろ。別にそれ以上でもなんでもないのになんで含ませるようなこと言うんだよ」

「……」


 スパン!

 ちょっと強めにセレーネに頭を叩かれた。なんで?


***


 それから夕食が終わり、清華に今日寝る部屋へと案内していた。

 俺の家にはいくつか部屋の余りがある。その中の一つを今セレーネが使っているので、清華にはもう片方の部屋を使ってもらうことにした。


「それでは、橘さんはこちらの部屋で休んでください。すでに布団は敷いてますから」

「ありがとうございます……」

「今日はお疲れでしょうから、ゆっくり休んでください」

「お言葉に甘えさせて頂きます……おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 清華は扉を開けて、部屋に入っていく。


「ふあ……俺も今日は早く寝るよ。おやすみセレーネ」

「はい、おやすみなさい」


 俺も今日はいろいろなことがあって疲れていたので、すぐに寝ることにした。

 自分の部屋に戻って、ベッドにころんと転がる。

 ただ、頭のなかに色々と考えがよぎって寝ることが出来なかった。

 まず、魔女の存在。そして清華のおかれた状況。あの姉のこと。

 ベッドに転がって一時間ほど経った頃、こんこんと扉がノックされた。


『清華です。少し良いでしょうか』

「ああ、入ってくれ」


 扉を開けて清華が入ってくる。

 腕には枕を抱いていた。


「どうしたんだ?」

「どうしても眠れなくて……一緒に、寝ていただけませんか」

「いや、それは……」

「今日だけでいいんです」

「…………分かったよ」


 さすがに断ろうとしたが、清華の顔を見て追い返せなかった。

 今にも泣き出しそうな、寄る辺なさに今にも消えてしまいそうな顔を見て、誰が追い返せるというのだろう。

「ありがとうございます」

 清華が俺の隣に横になってくる。

 しばらく無言の時間が続いて、清華が口を開いた。


「尊さん。もう寝てますか?」

「まだ起きてる」

「じゃあ、少し私の昔話を聞いて下さい」


 清華はそう言って、ぽつりぽつりと話し始めた。


「お姉様は……昔は、優しい方でした」


 清華がまるで寄り添って欲しいというように、手を握ってくる。

 少しためらったが、俺は手を握り返した。


「でも、私の両親が鬼籍に入ってから、お姉様は人が変わったように厳しくなって……同時に、笑顔も消えてしまいました……」


 俺は静かに清華の言葉を聞いていた。


「そして、お姉様は私を束縛するようになりました。才能がないと言われても、そんなことはないと見返したくて、自由になりたくて、私は冒険者になりました。でも、私が魔力を感じ取れないと分かってから、さらにお姉様は私に「冒険者はやめなさい」と……」


 握る手に、力が入る。


「私は何をしてもお姉様を超えられない……冒険者だって私の方が先に始めたのに、先にSランクになったのはお姉様の方でした。私は、私は何のために努力をしてきたのでしょうか……」


 震える声で問いかけてくる清華に俺は……


「これだけは保障する。お前の努力は絶対に無駄じゃない」


 何を言っても薄っぺらくなりそうだったので、それだけを言った。


「……ありがとう、ございます」


 清華は少しだけ安心したように力を抜いて……そのまま眠ってしまった。

 疲れが溜まっていた俺もそのまますぐに眠ってしまった。


***


 なんだか、顔に柔らかい感触を感じる……。

 それにいい匂いもするような。

 目を開けてみるとそこには……


「んな……っ!?」


 俺の隣で眠っていた清華が、自分の胸を俺の顔に押し付けられるような形で抱きしめていた。

 すぐに逃れようとするが、足が絡まっていてるせいで離れることができない。

 枕元の時計を見ると、そろそろセレーネが起こしに来る時間だった。

 やばい、早くこの状況から脱出しないとまずい気がする……!


「ちょ、清華……」

「んん……」


 俺は清華に声を掛けるが、起きない。

 そして、裁きの時間がやってきた。


「あの」


 聞き覚えのある声がして、俺は顔を油の切れたロボットのようにそちらへ向ける。

 そこにいたのは……エプロン姿のセレーネだった。

 いつもすまし顔だが、今日は見下すような、絶対零度の怒りを感じる……!


「なにを、しているんですか、あなたは」

「あのですね、これは違くて……」

「言い訳無用」


 その後、説教を平謝りしてなんとか凌いだ。

 朝食を食べ終わった俺は、清華にとある提案をした。


「よし、清華。行くか」

「えっと、行くってどこに……?」

「俺の師匠のところだよ」

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