清華の姉『九尾』
「お、お姉様……」
清華は衝撃を受けた目で、凛華を見ている。
俺は冷や汗をかいて、固まっていた。
ちょっと待て、いつの間に来たんだ?
全く気配を感じなかったぞ?
「私の話が聞こえなかったのかしら? ──こんなところで、何をしていたの?」
凛華が目を細めて、清華を睨みつける。
清華はうつむき、肩を震わせていた。顔も真っ青で、だらだらと冷や汗までかいている。
どういうことだ。なぜここまで清華が怯えている。
質問に答えない清華に凛華はため息をつく。
「まぁ良いわ。さ、清華。帰りますよ」
「あっ……!」
凛華が清華の手を掴む。
清華の顔が苦痛に歪んだ。
俺は思わずその腕を掴んでいた。
凛華がすうっ、と目を細めて俺に目を向ける。
やっと、俺を見たな。
さっきからまるで俺なんて眼中にない、って感じで無視されてたからな。
「あら……? 何かしら、この手は」
「俺の……婚約者が痛がってましたから」
「婚約者……?」
俺の言葉に凛華が眉根をひそめる。
「ほら、清華。お姉さんにちゃんと話すんだろ」
俺が清華にそう言葉をかけると、清華はハッと我を取り戻した。
凛華が清華に向き直り、質問する。
「清華、婚約者ってなんのこと? 私はなにも聞いていないのだけど」
清華はその目に決意を灯して、凛華に向き直る。
「お姉様、お話することがあります。彼──星宮尊さんと私は将来を誓い合っています。ですから、お見合いの話はなかったことにしてください」
(お見合い……偽の婚約を持ちかけてきたのはそういうことか……)
俺は清華が頼み事をしてきた理由を理解する。
恐らく、清華は望まぬ男性とお見合いをさせられ、婚約を結ばされようとしているのだろう。
清華の姉はとても厳しそうな人だ。それに実家は古くからある良家らしいし、そういう家は昔気質なところが多いと聞く。
この時代でもそういう決められた結婚を仕組まれているとしても、おかしなことではない。
清華の言葉に凛華は……
「あら! そうだったの!」
笑顔でぽん、と両手を叩いた。
「……え?」
「もうすでに心に決めた殿方がいたのね。道理でお見合いの話に消極的なわけだわ。私、ずっと勘違いしていたみたい。そういうことなら私の方からお見合いの話は断っておくわ」
「……」
上機嫌そうにまくしたてる凛華に、清華はぽかんと口を開けていた。
「そうだ! 今から尊くんをうちにお呼びしましょう。私も尊くんのことが知りたいわ」
「えっと、あの、お姉様……」
「尊くんも今からお時間よろしいかしら?」
「え、あ、はい……」
凛華の豹変ぶりに俺は思わず頷く。
「じゃあ決まりね。さあ、行きましょう」
そういうわけで、俺は清華の家へと行くことになった。
俺と清華、そして凛華は黒のセダンに乗り込み、橘家へと向かった。
「すみません尊さん。こういうことになってしまって……」
「別にいいよ。それよりも、よくわからないけど、納得してもらえたみたいで良かったじゃん」
俺は前に座っている凛華に聞こえないようにそう言った。
「そう、ですね……」
しかし清華は煮えきらない様子だった。
車を走らせること数十分。
俺は清華の実家へとやって来た。
橘家は、大きい武家屋敷だった。
木で出来た門をくぐって中に入ると、趣豊かな日本庭園が顔を覗かせた。
門の内側で待機していた付き人が、「おかえりなさいませ」と言って凛華の少し後ろへ付き従う。
そして前を歩く凛華は家の中には入らず、庭園の中に入ると、こちらを振り向かないまま、俺の隣を歩く清華へと尋ねた。
「清華にいい人が見つかってよかったわ」
ざっ、ざっ、と俺達と三人と付き人が歩く音だけが聞こえる。
「私、ずっと不安だったの。清華は昔からなにもできなくて、才能もないから。私がしっかりと導いてあげないと不幸になってしまうんじゃないかって」
凛華の声は朗らかなはずなのに、徐々に空気が緊張を帯び始めた。
ゴクリとつばを飲み込もうとすると喉がカラカラに乾いていて、俺はそこで自分が緊張していることに気がついた。
言いようのない不安を感じながら、それでも雰囲気に飲まれるように俺と清華は凛華の後をついていく。
「ああ、ここらへんが良いかしら」
庭園の、少し開けたところに出ると、凛華は立ち止まった。
そしてくるりとこちらを振り返り──
「もう一度、身の程を知らせてあげる必要があるみたいね」
振り返った凛華の頭には、白い狐の耳が生えていた。
「なっ」
俺が警戒した時には時すでに遅し。
──青空と、水面が広がっていた。
透き通るような青空と、その青空を反射した水面。
どこまでも青が広がっている世界。
日本庭園とは似ても似つかない光景が、目の前に広がっていた。
そして俺達の目の前に立つ凛華の姿は、変化していた。
清華と対になるような白い狐耳と、白い九本の尻尾。髪と着物も白く染まり、口紅と着物だけに残った赤が、鮮血のように映えていた。
「ここは……っ!」
結界のなかに引きずり込まれた……!
どう見ても冒険者に見えなかったから油断した……!
俺が一歩身を引いて、反射的に《次空裂掴ディメンションフィスト》を取り出そうとすると。
「尊さん、待ってくださいっ!!」
清華が叫んで俺を静止してくる。
俺は構わずワールドブレイクを使用し、この世界を壊そうとするが……出来ない。
そこで俺は魔女が「規模の大きな世界は破壊できない」と言っていたことを思い出した。
この世界は、魔女が生み出したものと同じく、このガントレットでは壊せないほど大きい世界らしい。
「そうよ、あなたはただの部外者。そこで大人しくしていなさい」
凛華が扇子を振ると、どこからともなく木の格子が飛んできて、俺を閉じ込めた。
さっきまでの人の好い笑みはどこへいったのやら、一転して凛華は冷たい表情を浮かべていた。
「清華、これは……」
「尊さん、動かないでください……!」
清華は妖刀『廻灼』取り出してひや汗をかきながら、
「お姉様は……私より後に冒険者になり、私よりも先にSランクになった天才……そして、Sランクダンジョンの主、玉藻の前に権能の中でも最上位の『九尾』を頂いた──私なんか比較にもならない強者なのです」
……そう言った。




