偽の婚約……?
「それで、一旦整理しよう」
俺と清華は、今日、デートの最初に俺と清華に扮していた魔女が使っていた個室付きのカフェにやって来ていた。
どうやらここは本物の清華、つまり目の前の清華もよく使っているカフェらしい。どここから情報を仕入れたのか分からないが、自称魔法最強だ。盗聴の魔法も使えるのだろう。
「まず、魔女が清華と入れ替わっていたのは昨日電話してきたときと、今日のデートのみ。その他はすべて本物の清華だった、と……」
「……はい」
縮こまった清華が頷いた。
「まず、いくつか質問がある。天狐と清華、お前は同一人物で良いんだな」
「はい……」
「それなら、どうして俺と最初に出会ったとき、Cランクの冒険者を名乗ってたんだ」
「それは……変化の能力を使って冒険者身分証のランクの部分をいじってました……」
「おまえ……それ、犯罪だぞ……」
俺は呆れたようにため息を付く。
闇討ちしてきたこともあるし、法律なんて今更な話かもしれないが。
「別に、Sランク冒険者がランクを下方に見せるくらいなら、誰も咎めたりしないので……」
「まぁそうか……」
ランクを元よりも上に見せるのならまだしも、下に見せることのメリットはない。
その程度の違反、公にならない限りは罪に問われることもないのだろう。
「パーティーを組んでた三人は知ってるのか? どうやってヒーラーに化けてたんだ」
「私がSランクであることは、三人とも知りません。ヒーラーとして活動してたのは、私のスタイルてきに、回復系のアイテムや武器はそれなりに持っていたので……」
清華はあの不死身とさえ錯覚してしまうような回復力が強みの冒険者だ。
自身だけでなく、他人を回復する術もそれなりに持っているのだろう。
「なんでCランク冒険者に擬態してた」
「それは……」
清華は一瞬言葉を詰まらせたが、話し始めた。
「……私の家は、とても厳しいんです。ですから、学校でも友達がいなくて……たまたまダンジョンで彼女たちと出会って、一緒のパーティーを組むことになったんですけど、とても楽しくて、これからも一緒にパーティーを組もうと言われた時、もし自分のランクを明かせば距離を取られるのではないかと怖くなって……」
「……」
俺は清華のような環境で生まれ育ったわけではないので共感はしてやれないが、理解はしてやれる。
友人に拒絶されるのは誰だって怖いし、嫌だ。
自分の大切な居場所なのだから、嘘を重ねてでも守ろうとする、というのは人間として自然なことなのではないだろうか。
「スタンピードのとき、苦戦してたのは演技か?」
「はい、仰るとおり苦戦したフリです」
「スタンピードで俺と出会ったのは偶然だったのか?」
「本当にただの偶然です。その時、尊さんのことはあまり知りませんでしたし……」
「じゃあ、スタンピードのとき、俺がいなかったらどうするつもりだったんだ」
「そのときは変化の能力を使って透明になり、三人を抱えて離脱するつもりでした。まぁ、そうなると私の正体もバレてたでしょうけど……」
自虐的に清華は笑う。
(……正体がバレて、人間関係が終わっても守りたいと思うくらいには、大切にしてるってことか)
「……まぁ、どうしてCランク冒険者に擬態してたのかは分かった。別に誰にも言いふらしたりしないから安心してくれ」
「っ本当ですか……!?」
清華が顔を上げ、俺の言葉が本当なのか確認してくる。
それどころかテーブルから身を乗り出し、顔が至近距離まで近づいてくる。
「あ、ああ……別にこれをバラしたところで、俺は何も得しないからな」
それに俺がこの不正を告発したところで、なにもメリットがない。それどころか、俺の手で知人の関係が壊すことになり、逆に気分が悪くなるだろう。
別に誰かに迷惑をかけているのでなければ、俺がなにかする必要もない。
それに、清華は真那たち三人を友人として大切にしている。
俺が横槍を入れるのは野暮だろう。
「じゃあ、これが一番重要な質問だ。……なんで俺を闇討ちしたんだ」
今までのは極論、どうでもいい質問だ。
一番大切なのはこの質問。
清華の目論見を知りたい。
「……っ」
清華は息を呑む。
そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私は……どうしても強くなりたいんです」
「強くなりたい?」
「はい……アイテム頼りではなく、本物の強さを手に入れたいんです。スタンピードで戦うあなたと、決闘で、あれだけステータスが負けてても恐れずに戦うあなたを見て……どうしても、その強さの核心を知りたくて。そうすれば、私も本当の強さを手に入れれるのではないか、と……」
「なんでそこまで強さに固執するんだ」
「強くないと、私は自由になれないんです。私は、弱いから……」
悲痛な声で心の底から叫ぶように、清華はそう言った。
自由になれない?
清華の言葉に俺は心のなかで首を傾げる。
確かに、清華の強さはあのアイテムのシナジーにあると言ってもいい。アイテムの能力が噛み合ったことで発揮される回復力が、強さの芯だ。
だが、それ抜きでも清華は十分に強い。なのに、なぜ清華はここまで自分を卑下する? これいじょう強くないと手に入らない自由とはなんなんだ……?
清華は膝の上で拳を握りしめる。
「ここ半年くらいは、誰とも戦ってなかったんです……彼女たちとパーティーを組んで、居場所が出来たから、もう良いかなって。でも……あなたを見た時、ああ、私が手に入れたいのはこれなんだ、って……お手合わせしたい気持ちが抑えられなくて……本当にごめんなさい」
清華が深く深く、頭を下げてくる。
「別に、もう気にしてないからいいよ。あの戦いは俺にとっても勉強になったし、消耗品も弁償してもらってるし、今あらためて謝ってもらったことでチャラだ」
「ありがとうございます……」
清華は改めて頭を下げると、次はもじもじとし始めた。
「それで、その……」
「今度はどうしたんだ」
「不躾を承知でお願いさせていただくのですが──私の婚約者になっていただけないでしょうかっ!」
「はっ?」
清華がとんでもないことを言ってきた。
「こ、婚約者……!?」
「正確には、偽装の婚約者です」
「なんだ、偽装か……」
俺はほっと胸をなで下ろす。
いやちょっと待て、偽装でもおかしいだろ。
「お願いします!」
「うわっ!?」
清華がまた身を乗り出してきた。
「お礼は必ずします! 尊さんは話に合わせてくれていればそれで良いので! 特に何もしていただく必要はないので! お願いします!!!!」
清華が俺の手を握って、切実な感じで頼み込んでくる。
その熱意に押され、俺はつい承諾してしまった。
「分かった、分かったから!」
「ありがとうございます!」
清華は花のような笑顔を浮かべた。
「一旦落ち着いてくれ……」
「あっ、すみません……」
顔を真赤にした清華が椅子に座り直す。
紅茶を一口飲んで、落ち着いた清華に理由を聞いた。
「でも、なんでそんなことをする必要が……」
「清華、ここでなにをしているの」
凛とした声が、俺の言葉を遮った。
隣を見ると、そこには清華の姉──凛華が立っていた。




