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エリアボス:ハイ・ヒュドラ

 戻った俺はセレーネにエリアボスに挑むことを話した。


「モンスターダンジョンのエリアボスに挑もうと思う」

「そう、ですか」


 セレーネは言葉を詰まらせながらそう言った。

 以前と同じく、セレーネの様子がおかしい。

 何かを恐れているかのような、そんな目をしている。

 表情もどこか青い。


「セレーネ、どうしたんだ」

「……いえ、なんでもありません」

「どう見ても大丈夫じゃなさそうだろ。前のときもそんな顔をしてたよな。そんなに危険なのか、エリアボスは」

「……モンスターダンジョンのエリアボスは、あなたとエリアボスの勝率が五分五分になるように調整された魔物が、自動的に出てくるようになっています」

「だから、心配してくれてるのか?」


 そう尋ねると、セレーネは泣きそうな顔になって、視線をそらす。


「せっかく、今の生活が居心地が良かったのに…………また一人になるのは嫌です」

「……」


 セレーネは消え入りそうな声でそう絞り出した。

 俺はセレーネが、どれだけの間一人で過ごしていたのかは知らない。

 だけどそれが、セレーネの悲痛な心の叫びだったことは分かった。


「大丈夫だ。必ず、必ず俺は生きて帰ってくる。もうセレーネを一人にしたりはしない」


 セレーネの瞳に溜まった涙を指で拭う。


「俺を信じてくれ」


 セレーネはしばらく黙っていたが、顔を上げて俺の目を見た。


「……絶対に、帰ってきてください」

「ああ、約束だ」


 俺は小指を差し出す。


「なんですかこれ」

「日本では約束するとき、こうやって小指どうしを絡めるんだよ」

「不思議な風習ですね」


 セレーネが小指を絡めてくる。


「これで、死んでも約束を守るよ」

「死なないでくださいって言ったでしょ」


 セレーネは小さく笑みを漏らした。


「信じてますから」

「ああ、任せろ」


 俺はニッと笑う。

 すると──ちゅっ。

 不意打ちで、頬にキスをされた。


「…………はっ?」


 間抜けな声が俺から漏れた。


「エルフの風習です。あなたが戦いから安全に戻ってこれるように。絶対に、生きて帰ってきてください」


 セレーネは頬を少し赤く染めて、いたずらめいた笑みを浮かべていた。


***


「一応装備は……よし。魔力は満タンだ。ポーションもちゃんとあるな」


 モンスターダンジョン、中層エリアボスがいる部屋の前で、俺は最後の装備の点検をしていた。

 魔力の充填が必要な武器は予め魔力を込めておき、ポーションも瓶も含めて、あるだけ詰め込んでてきている。

 武器も使えそうなものは全部持ってきた。


「あとは……この薬だな」


 俺はセレーネからもらった薬を取り出す。

 ポーション専用の注射器に入ったその液体は、禍々しい紫色をしていた。

 先ほど、出発前に、


『本当は私があなたを支援するのはいけないことなのでしょうが……』


 と、セレーネが言って渡してきた薬だ。


 反魂の秘薬というらしい。

 瀕死の状態からでも身体が動けるようになるポーションらしい。

 だが、その副作用は凄まじいらしく、『本当に絶対絶命になったときにしか飲まないでください』と釘を差された。


「これを使わないといけない状況にならないといいんだが……」


 なんせ、今から相手するのは俺が五分の確率で死ぬ相手だ。

 反魂の秘薬をアイテムボックスの中にしまう。

 そして俺は別のポーションを取り出した。

 以前錬成しておいた活力ポーションと、筋力、防御力、敏捷性をそれぞれブーストするポーションだ。

 どうせ戦いの途中で飲んでる暇なんてないだろうから、


「ぷはっ……! さすがに四本同時はきついな」


 最後の一本を飲み終わると、瓶をアイテムボックスの中にしまい、口元を拭う。

 流石に四本を一気飲みするのは辛い。

 確か錬金術の本に、四つのポーションを合わせたやつがあったはずだから、帰ったらゴーレムに調合するように命令しよう。


 それもこれも、生きて帰れたら、の話だが。


 脳裏にセレーネの顔が蘇る。


「……いや、絶対に生きて帰る」


 息を吐いて、気を引き締める。

 扉を開けたそこにいたのは──ドラゴンだった。

 しかしそいつは三つの頭を持っており、俺が部屋に入るとそれぞれの頭を持ち上げた。


 三つの頭を持つ持つドラゴン──ヒュドラだ。


『mission!:ヒュドラエリアボス、ハイ・ヒュドラを討伐してください』

『注:エリアボスとの戦闘中、『運命切断』は使用できなくなります!』


 目の前に予想通りのウインドウが現れる。


「ヒュドラか……!」


 大丈夫だ。ヒュドラの討伐方法は頭にある。

 ヒュドラは驚異的な回復力を持つドラゴン。一つの首を切り落としても瞬時に再生する。

 その対策は、傷口を焼くか凍結して、再生しないようにすること。


「ちょうどいい。焼くのも凍らせるのも、こっちにはうってつけの武器がある」


 俺は炎壊の短剣を取り出す。

 そして炎纏で刀身に光熱を纏わせた。


 同時に、自分の中で魔力を圧縮する。

 限界まで魔力を圧縮して──動きにその爆発的な反発力を乗せる!!!


 高速でヒュドラに接近する。俺が移動した後は小さく帯電していた。

 そのまま直上に跳び、ヒュドラの首を切り飛ばす。


「よし……!」


 空中でヒュドラの様子を確認して、俺は喜びの声を上げた。

 俺の予想通り、切断した断面は炎纏の効果で焼かれ、再生できなくなっていた。

 しかし俺が喜んだのもつかの間。


 ヒュドラは自分で焼かれた首を、噛みちぎった。


「な……っ!?」


 断面から血が吹き出し、斬られた首が再生する。

 俺は舌打ちしながら地面に着地した。

 そうだ。ヒュドラもバカじゃない。再生できないなら自分の首ごとち噛みちぎる。

 つまり、こいつを攻略するためには、三本の首を切り落とすくらいの速さが必要というわけだ。


「上等だ……!」


 俺は魔力ポーションを注射し、魔力を補給する。


 ヒュドラの三つの首が膨れ上がり──口から同時に炎と氷と雷のブレスを吐いた。

 俺は魔力圧縮で強化した身体能力でそれを避けると、もう一度魔力ポーションを注射しながらヒュドラに接近する。


 ヒュドラの右端の首が噛みついてきたのを躱した後、真上に跳んで炎壊の短剣で首を切り飛ばす。

 隣の首がすぐに焼かれた断面ごと噛みちぎろうとする。


「させねぇよ」


 しかし俺は真ん中の首に向かって炎壊波を撃った。

 強力な熱線に、真ん中の首が焼かれ消し飛ばされる。

 最後に残った左端の首が真ん中の首を噛みちぎろうとする。

 炎壊波の反動で空中に留まっている俺では、首を切り飛ばせない。


「だから、させないって言ってるだろ」


 俺の右手に握られていたのは──氷滅の魔導書。


 威力を強化されたフロストエッジが、最後の首を切り飛ばした。

 同時にフロストプリズンで首の傷を凍結させる。

 三つの首を失ったヒュドラが、地面に倒れた。


 地面に着地した俺は息を吐き出し、汗を拭った。


「倒したのは倒したが……」


 おかしい。

 セレーネの話では、エリアボスは俺と同等の実力を持つように調整されるらしい。

 これではあまりにも簡単すぎる。


 しかし、目の前のヒュドラは完全に死んでおり、今まさに塵となって消えている最中だ。


「難易度調整でもミスったのか……?」


 俺は踵を返してボスの部屋から出ていこうとする。


 その時だった。

 ヒュドラの死体から炎の柱が立ち昇る。


「く……っ!!」


 押し寄せる熱波と熱風に、俺は思わず目を細める。

 そして炎が収まった後、ヒュドラの死体があった場所に──身長二メートルほどの人型の魔物が立っていた。


 ──鎧の魔人が、そこには立っていた。


 真っ赤な鎧。

 そうとしか形容しようがないそいつは、静かに俺を見つめている。


「なんだよ、こいつ……!」


 見たことがない魔物に驚愕しているところに、ミッションの変更を告げる、アナウンスのウインドウが出現した。


『ボスが形態変化しました!』

『任務が変更されました!』

『mission!:竜人化ドラゴニュート:ヒュドラを討伐してください!』



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