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気がついてしまった先輩

 無機質な、打ちっぱなしのコンクリートの壁で全方向を囲われた部屋の中に俺はいた。

 部屋と言ってもちょっとした体育館並みに広い部屋だが。


「お待たせ、星宮くん」

「白鷺先輩、おはようございます」


 俺は剣を抱えてきた白鷺先輩に挨拶をする。

 今日の先輩は、前回と違って動きやすい格好になっていた。

 ランニング用の通気性の良いパーカーと、ヨガパンツの上からショートパンツを履いている。


「ありがとうございます。Sランク冒険者専用のスペースを貸してもらえるなんて」

「いいのいいの。星宮くんだってもう手続き上でも私の弟子になったんだから、ここは自由に使えるんだし」


 俺達が来ていたのは、Sランク冒険者の特権である専用修練場だった。


 一人につき一つ貸し出され、退出時には鍵を返却する、というシステムを取っているらしい。

 かなりの数の修練場が用意されているらしいので、基本混んでいるときでも必ず確保できるらしい。


 驚いたのがサービスの充実度。


 まるで高級ホテルかと思うようなロビーには二十四時間体制でコンシェルジュが滞在し、驚いたことに一人につき一人コンシェルジュがついて、執事かと思うくらい甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。


 そしてこの施設の飲食コーナー、サウナと露天風呂付きのスパ、ヨガスタジオ、ジムは全て無料で使うことができる。

 さっき飲食コーナーだけちらっと覗いてみたが、有名炭酸飲料はガラス張りの冷蔵庫の中にペットボトル、缶、瓶でそれぞれ用意されている始末。なんならお酒まで用意してあった。


 料理はシェフが要望に応じて一つ一つ作ってくれるそうだ。何じゃそりゃ。


 Sランク冒険者のためのこんな施設が、日本どころか世界のあちこちにあるらしい。Sランク冒険者になったら一生食事には困らないだろう。


 だが、もちろん誰でもこの施設に入れるわけではない。


 俺がここの施設に入場できたのは白鷺先輩と師弟関係を結んだからだ。


 この師弟関係、実はただの口だけで結ぶ関係ではない。

 ギルドに申請して結ぶ、れっきとした上下関係なのだ。


 師弟関係を結ぶメリットとして、弟子はSランク冒険者の特権の一部を享受することができる。この施設も特権の一つだ。


 Sランク冒険者は、今やこの国だけでなく世界にとって必要な人材。

 そのSランク冒険者が選ぶ弟子なら優秀であることは基本間違いなく、それなら良い施設を使って早くSランク冒険者になってもらおう、という目的で作られたそうだ。


 ある意味で、Sランク冒険者にも優秀な人材の育成を任せているのだ。

 ただし、師弟関係を結べるのは一人まで。新しい師弟関係を結ぼうとすれば、それまでの師弟関係を解消しなければならない。

 無尽蔵に師弟関係を増やされて、こういう設備を使いつくされるのを防ぐための制限だろう。


「あ、そうだ。これ外しとこっと」


 先輩は思い出したようにそう言うと、眼帯を外してしまった。


「眼帯はしてなくていいんですか?」

「うん、ここには星宮くんしかいないし、星宮くんは運命がないから」

「運命がないから?」

「ほら、人の運命をずっと見続けるのって、疲れるから」

「感覚はわかりませんけど、確かに疲れそうですね」


 要はずっと相手がこれからどうなるとか、見えるわけだ。

 生まれたときからならともかく、スキルが芽生えるのは冒険者覚醒の処置を受けて冒険者になってからなので、先輩の運命観測も冒険者になってから芽生えたはず。

 今までなかったものが視界に四六時中現れていたら、そりゃ疲れるだろう。


「そういえばずっと気になってたんですけど、どうやって眼帯つけてるときは視界を確保してるんですか?」


 白鷺先輩は出会ったときからずっと眼帯をつけていたので違和感がなかったが、よくよく考えてみれば視界を塞いでいるのにどうして眼帯しているときと遜色なく動けるのだろうか。


「それはね、『気配察知』のスキルがあるからなの」

「へぇ、最初からそのスキルがあったんですか?」

「ううん。眼帯をつけて生活してたらいつのまにか身についてた。それから戦闘のとき以外はずっと使ってるからスキルが凄く磨かれて、今では目隠ししてても音とか気配で相手の顔の形までわかるんだよ?」

「うわ、すご……」

「ふふ、星宮くんの方から知ろうとしてくれて嬉しいな。それじゃ、練習をはじめ……」


 近寄ってきた先輩が固まった。


「先輩? どうしたんですか」

「…………そういえば、最近、肌の色が良くなってるよね」


 白鷺先輩が瞳孔をがん開いてそう言った。

 白魚のような細い指が俺の頬に触れる。


「え? あの、先輩……?」

「服もシワがなくなってる。前に見たときも制服のシャツもパリッとしてた。……洗濯とアイロン、ちゃんとしてるんだね」

「え、ええ、はい……」


 白鷺先輩の手が首へと向かい、そして胸板の当たりまでゆっくりと滑ってくる。

 まるで首筋に牙を突き立てられているような感覚に、俺は指先一つですら固まって動けなくなってしまう。

 頬を冷や汗が流れ落ちていく。


「それにこの匂い……ふぅん。……ねぇ、星宮くん」

「はっ、はい」

「今、星宮くんは誰と暮らしてるの?」

「えっと、同居人は、いますけど……」

「男の人? 女の人?」

「……男のひとです」


 俺はとっさにそう嘘を付いてしまった。


「へーーー」


 瞳孔を開いた目で見つめながら、妙に間延びした低い声を出す白鷺先輩。

 しかしすぐにニコッ、と笑みを浮かべた。


「そうなんだ。じゃあ今度私にも挨拶させてね。師匠として」

「は、はいわかりました……」


 なんだかよく分からないが危機を感じるので、俺は絶対に先輩とセレーネは会わせないようにしよう、と心に誓ったのだった。


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