ユニークスキル『魔眼:万華鏡』
「ユニークスキル、『魔眼:万華鏡』」
天狐が自分のユニークスキルについて解説し始める。
天狐を中心にして、世界の光景が花が開くように移り変わっていく。
「この魔眼の能力は、目で捉えた対象を万華鏡の世界の中へと引き込むこと。この空間はある程度までの攻撃を外の世界、つまりは現実世界に通しません。私のような戦いが好きな人間にとってはうってつけの能力でしょう? ああ、でもあの短剣の熱線は防げなかったでしょうから、撃たれずに済んで助かりました」
短剣の熱線とは、炎壊の短剣の炎壊波のことだろう。使ってたら周囲に被害が及びかねないと、使用するのを控えていたがどうやら正解だったみたいだ。
「それで、この世界がなんだよ。景色が変わるだけか?」
「では、今からお見せしましょう。もう一つの能力を」
天狐がそう言った次の瞬間──天狐が三人に増えた。
右斜め前、左斜め前に同じように天狐が佇んでいる。
いや、違う。背後からも殺気を感じる。
振り返ってみれば、背後にも三人天狐がいた。前方と同じように右斜め後ろ、真後ろ、左斜め後ろに天狐が立っており、俺を中心にして六角形を作るようにして天狐は俺を囲んでいた。
「これが、もう一つの能力。鏡写しになった私の分身体を作り出します。ふふ、どれが本物の私でしょう?」
天狐が頬に手を当てて微笑む。
すると分身体の天狐も真正面の天狐と全く同時に、同じように頬に手を当てた。
まずい、どれが本物の天狐なのか俺にはわらからない。
今まで会話していたのは正面の天狐だが、変化の能力で入れ替わっている可能性もある。
「では、どれが本物か答え合わせといきましょう」
天狐が刀を振り、俺へと突っ込んでくる。
「っ……!!」
俺は勘で真正面の天狐を迎え討とうとしたが、百目大蛇の耳飾りから伝わってくる情報に、俺は驚愕した。
六方向、全ての天狐から危険を報せる情報が伝わってくる。
くっ……! 間に合え!!
俺はその場にしゃがみこみ、六人の天狐が真横に振った刀を避ける。
間一髪でかわすことに成功し、天狐の刀に斬られた俺の髪が宙に舞った。
天狐は後ろに飛んで着地し、血を振るうように刀を振る。
「あはっ、お気づきになられましたか。そう、全て本物です。この万華鏡の世界では全ての私が実体です」
「くそが、まじかよ……ッ!!」
俺は苦い顔でそう吐き捨てた。
この分身体の天狐がすべて実体であるということは、ステータスが三倍化された天狐が六人いるのということだ。
正直に言って、悪夢でしかない。
幸いなのは鏡合わせの分身である天狐は、全て同じ動きをなぞるため、今のような攻撃だと避けやすいということだ。
だが、このまま攻撃され続けたら確実にやばい。
「ふふ、同時に六方向から迫りくる攻撃を、すべて防ぎ切ることはできますか?」
そう、このまま六方向から攻撃され続ければ、確実に俺は負ける。
だが、わざわざお行儀よく相手が攻めるのを待つ馬鹿なんて、どこにもいない。
「その前に、俺がお前を倒しきればいい話だろうが!」
俺は神王鍵と炎纏で強化した炎壊の短剣を構え、天狐へと突っ込んだ。
しかし……。
いくら距離を詰めようとしても、天狐と距離が縮まらない。
「なっ……!?」
眼の前の天狐は身動き一つ取っていない。自身の獲物、廻灼を携え立っているだけだ。
動いていない相手に一向に距離を詰めることができない。
俺が戸惑っていると、天狐がくすくすと笑った。
「無駄ですよ。あなたはこの万華鏡の世界の中心なんです」
「中心だと……?」
「万華鏡を見たことはありますか? 万華鏡をくるくると回せば、景色は多種多様な模様を見せてくれる。でも、中心は動いたりしないでしょう?」
「そういうことか……!!」
つまり、俺に遠距離攻撃の手段がない限り、離れている天狐を攻撃することはできないということだ。
唯一攻撃できるのは天狐が近づいてきたとき、だがそれは……。
「果たして、六方向からの同時の攻撃を防ぎながら、攻撃するほどの余裕はあるのでしょうか?」
天狐はくるくると指を回し、問いかけてくる。
俺は苦虫を噛み潰したような表情になった。
クソ、やっぱり強すぎる。
こんなの本当に最強──
いや、待て。本当にそうか?
弱点はあるんじゃないのか?
俺は息を吐きだし、思考する。
そんな俺を天狐は楽しそうに観察していた。
「そうか、なるほどな」
俺はこの空間の弱点に気がついた。
「お前はあえて言わなかったが、この世界には弱点がある、そうだろ?」
「弱点ですか?」
はて、と天狐が首を傾げる。
「六人いるお前は、すべて鏡写しで実体がある。ということは、一体が受けた傷はすべて他の実体に反映される」
「──あはっ」
天狐が堪えきれなかったものが漏れ出すかのように笑った。
「やはり素晴らしい! その洞察力、窮地に追い込まれても冷静さを失わないその精神力! 本当に何者ですかあなたは!」
天狐が刀を構える。
奴の力が高まるのが分かった。
──次の一刀、それで全ての勝負を決める。
俺はさっきの一撃を思い出す。
体内にある魔力を押し縮め、解放することで爆発的な威力になった。
攻撃を当てられる前に、あれを当てて勝負を決める。
だけど、前回と同じような威力では駄目だ。決定打にならない。
もっと。
もっと。
もっと魔力を押し縮めろ。
限界まで魔力を──圧縮しろ。
イメージするのはさっきよりも大きな爆発。
身体の内側でエネルギーがうずまき、少しでも早く自由になろうと反発してくるのが伝わってくる。
少しでも気を抜いて抑える力が緩まれば、制御を失った魔力が俺の体内で爆発するだろう。
そうなれば俺の肉体は爆発して、死ぬ。
これにはこの一歩間違えば死ぬ恐怖に打ち勝つ心と、繊細なコントロールも必要になる。
だが俺は極限まで高まった集中力で、魔力を押し込めていく。
そして俺は限界まで魔力を圧縮し切った。
この一撃で、すべて決める。
「それでは、参ります」
「ああ」
お互いが動き出す。
その時だった。
万華鏡の世界が、割れた。
世界の破片が地面へと落ちていき、俺達は現実世界へと戻って来る。
六人いた天狐が正面の天狐だけになった。
「これは……! 万華鏡が破られた……!?」
天狐が驚愕の声と共に崩れ行く世界を見上げる。
「──帰りが遅いと思って探しに来たら、何をしているんですかあなたは」
突如、頭上から声が振ってきた。
俺と天狐は同時に天を見上げる
するとそこにいたのは。
「こちらは今から帰る、という連絡にあわせて夕飯を作っているんですよ。帰ると連絡したなら、遊んでないで早く帰ってきてきなさい」
「セレーネ!?」
月を背負ったセレーネが、空中に浮かんでいた。
「もう夕飯を机に並べています。早く帰りますよ」
セレーネは空中から降り立ち、俺の隣に並ぶ。
セレーネはメイド服ではなく、真ん中に「めいどえるふ」と文字がプリントされた大きめのシャツに短パンという、リラックスした格好だった。
空中から降りてきたセレーネは俺を見て、少し眉根を顰めた。
「どれだけ魔力を圧縮してるんですか。緩めなさい」
セレーネはそう言って俺の胸に手を当てる。
すると俺の体内で圧縮されていた魔力の塊がほどけて、霧散していった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あいつと決着を……」
「どうやら、これでお開きのようですね」
天狐が廻灼を鞘に収めた。
さっきまで放っていた殺気が消えている。
狐の耳と尻尾もない。
どうやらあちらにはもう戦う意志はないようだ。
「こんなところで辞めるのか?」
俺は天狐に問いかける。
「さっきは興が乗ってしまい最後まで行こうとしましたが、あれ以上はどちからかが取り返しのつかないことになりますので。それはそうと──」
天狐の声色が明るくなったかと思うと、天狐はぱんぱん、と両手を打ち鳴らした。
すると背後からどこからともなく黒子のような見た目の男が現れる。
黒子は天狐に向かって一枚の紙切れと万年筆を手渡した。
天狐はそれに何かをサラサラと書いたかと思うと、スキップするような足取りでこちらへとやってきた。
俺は警戒したが、天狐が両手で差し出してきた紙を見て、目を丸くした。
天狐が差し出してきたのは、小切手だった。
「本日はお手合わせいただきありがとうございました! これはほんのお礼となります!」
どうやら慰謝料代わりのお金らしい。
俺は小切手に目を落とす。
一、十、百、千…………さ、三億!?
小切手に書かれた金額を見て俺はまた目を見開いた。
「加えて今回消耗したアイテムや、傷ついたものは全て明日新品を送らせていただきます!」
「え、あの……」
「また私の対人ギルド、『百狐』は護衛、用心棒依頼を24時間受け付けております! 今回お手合わせいただいた感謝としまして、99%オフでお受けさせていただきますので、いつでもこの番号にご連絡ください!」
天狐が差し出してきた名刺を理由もわからずに受け取る。
「最後に、私の妖刀『廻灼』の回復能力で回復なさりますか? 今ならまだきれいに塞げると思います」
「私の魔法で跡形もなく治せるのでお気遣いなく」
「いや、いいよ。セレーネもこう言ってるし……」
俺は得体が知れなかったので廻灼で首を切るのは遠慮した。
「では本当にこれで最後ですが……尊さん。さっきから気になってたのですがこの方は?」
天狐がセレーネを指差す。
「一緒に住んでるものです」
俺が答える前に、セレーネがすっと出て来た。
「そ、そうですか……」
天狐が仮面の下でちょっと顔をひきつらせたような気がしたが、気のせいだろう。
「で、では本日は誠にありがとうございました!」
そう言って天狐は嵐のように去っていった。




