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妖刀『廻灼』

 天狐の剣を俺は神王鍵で防御する。

 目で追うのがやっとだったが、俺はなんとかギリギリで剣を滑り込ませる。

 火花とともに天狐と俺の剣が弾かれた。


「あはっ、今のを防ぎますか。良い反射神経をお持ちで」

「生憎と、そういうのは間近で何度も見たからな」


 天狐に余裕の笑みを返しながら、俺はまずいな……、と心のなかで呟く。


 今のは、コイツの最高速じゃない。


 それなのに目で追って防ぐのがやっとだった。

 目の前の天狐からの殺気は、まだまだ膨れ上がっている。


 こいつを殺らなきゃ、俺が殺られる……!


 これがSランク。これが、冒険者の中の最高到達点。


 まだ一合しか打ち合っていないのに、俺は汗を流していた。


 落ち着け、避けられない攻撃を持っているのは、俺だって同じだ。

 運命切断。それが俺の持つ最強のカードだ。


 ただ、俺はこれを一度も人間に対して使ったことはない。


 だが、目の前の天狐から放たれる殺気は尋常ではない。

 加えて実力は圧倒的にあちらのほうが上。


 全てのカードを切らなければ、俺は負ける。そういう確信がある。

 あとは、俺が覚悟を決めるだけ。


 天狐は俺の出方を伺うように、鼻歌を歌いながら俺を観察している。まるで「あの見えない斬撃を撃ってこい」と言わんばかりに無防備だ。


「そんなに撃ってほしいなら、撃ってやるよ」


 俺はいつもみたく魔物を狩るときのような首ではなく、日本刀を携えてる天狐の右手へと照準を向ける。

 能力を運命切断の一側面である、飛ぶ斬撃だけに限定する。

 俺は運命切断を発動した。


「あら」


 その瞬間、天狐の手首から先が切断されて、地面に落ちる。

 手首の断面から血が流れ、地面に血溜まりを作る。


「うふふ、それが例の見えない斬撃ですかぁ」


 手を斬られたというのに、痛がるそぶりも見せず天狐は至って普通に地面に落ちた日本刀を拾う。

 嘘だろ……。手首から先を斬り落とされたんだぞ……!? なんで……。


「なんで、なんのリアクションもしないのか、でしょう?」

「っ!!」


 言葉を先回りされ、瞠目する。


「痛みとは戦いの中での一番のネックです。魔物との戦闘、人間との戦闘、どちらでも。痛みで思考が途切れればその瞬間死ぬ、なんてことになりかねませんから。ですから冒険者でもBランク以上になると、痛みに対する対策をしておくのですよ。戦闘の前に予め薬を打っておくとか、痛みを軽減するアイテムやスキルとか、痛みに慣らして置くとか。ふふ、私はもちろん痛みに慣らしている方です。だって、戦いの醍醐味でしょう。痛みというのは」


 天狐は左手に持ち替えた日本刀を地面と並行に、俺に向かって突き出す。


「さて、私ばかりあなたの情報を知っているのは卑怯ですので、私の手札をお教えいたしましょう。私のこの日本刀は銘を『廻灼かいしゃく』と申します。能力はこうして刀身に炎を纏えること」


 天狐の日本刀が炎を纏える。

 そして天狐はそれの刃を──首へと当てた。


「なにを……っ!?」

「そしてこの炎をまとった状態で首を切ると」


 天狐は躊躇うことなく左手に力を加え──自分の首を切った。

 血が吹き出す、と思いきや。

 天狐の首と、右手首、そして地面に落ちている右手を炎が覆い尽くした。

 そして時間が巻き戻るみたいに、右手が手首へとつながっていく。

 まるで運命切断で斬られたことがなかったかのように、手首はつながった。


「このように、私の身体についた傷をすべて回復させます」

「ハッ、まじかよ、イカれた能力だな……!」

「いえいえ、あなたのその剣には劣りますよ。だってその見えない斬撃だけじゃないでしょう。その剣の能力」

「っ!」

「別にたやすく想像できることですよ。SSSレアはどれも規格外の能力をもっていることが常識です。私の廻灼なんか目じゃないほどの強力な能力が眠っているはずなんです。まあ、でもそれは今はどうでもいいことです。私の持っている手札に話を戻しましょうか」

「なんでそんなご丁寧に教えてくれるんだ?」


 油断せず神王鍵を構えたまま、俺は天狐へと質問する。

 天狐は頬に指を当て、首を傾げた。


「だって、そうしないと面白くないでしょう? 初見殺しで一方的にあなたを倒したところで私は強くなりませんし、戦いの醍醐味が味わえないじゃないですか。戦いの醍醐味は、お互いが全力を尽くした死闘の中にこそあるんです。私は、あなたと死力を尽くして戦いたいんですよ」


 天狐はふふ、と笑みを漏らす。


「さて、話を戻しましょう。この廻灼は首を切れば全身の傷を回復してくれる、という能力を持っていますが、当然限界はあります。この廻灼の回復能力の肝は、刀身に纏わりついている火なんです」


 天狐はそう言って廻灼の背を指でなぞっていく。


「あ、ご心配には及びません。この火は持ち主である私には効きませんので」

「……」

「つれないですねぇ。もっと反応してください。笑ってくださってもいいんですよ?」

「……」


 無反応で油断なく神王鍵を構えている俺に、天狐はおそらく狐面の下で頬を膨らませる。

 いや、違う。俺は反応できないのだ。

 天狐はこんなリラックスしている状態に見えるのに、放たれている殺気が濃密すぎる。

 この神王鍵を下ろすことも、体を動かすことさえできない。

 一度でも隙を見せたら首を刈られる、と錯覚させられている。


「ぶー……まあいいです。この廻灼の火は、回復していくたびに減っていきます。ほら、さっきよりも火が減っているでしょう。この火を回復させる方法はこの廻灼に火を吸わせることです。例えば、焚き火に放り込むとか、コンロに置くとか。でも、戦闘中に一から焚き火を起こしている暇はありませんし、コンロもありません。そもそも、悠長に火を吸わせることなんてできないでしょう。ですから、別の方法を取ればいい」

「別の方法……?」


 天狐の殺気に圧されているとバレないために、俺はなんとか、ようやく言葉を絞り出す。


「あ、やっと話してくれましたね。そう、焚き火やコンロを使っている暇が無いなら、別の方法で火を供給すればいい。それをどうするか。アイテムが抱える問題を──私は別のアイテムで解決しました」


 そして天狐は右手で狐を作った。


「コン」


 天狐が短くそう告げる。

 すると天狐の身体が炎に包まれ──。


 その漆黒の髪と装いに相応しい、黒い狐の耳と尻尾が生えた。


 天狐の周囲には狐火が浮かび、尻尾の先には火が灯っている。


「これは九尾がダンジョンボスにいる、Sランクダンジョンに潜ったときに頂いたアイテムです。このアイテムは狐火を纏えるので、廻灼に火を吸わせるのにちょうど良いんですよ」

「Sランクダンジョン……!?」


 Sランクダンジョン、それはAから下のダンジョンとは一線を画すダンジョン。

 Sとは、今まで一度もボスが倒されたことのない、規格外のダンジョンであることを指すランクだ。

 規格外なだけあり、Sランクダンジョンのボスは一癖も二癖もある。

 加えて強い。Sランクダンジョンのボスは、魔物の中でも頂点に君臨する生き物だ。

 中には人間と会話し、取引までできるボスもいるという。

 そのSランクダンジョンのボスから、もらったアイテムだと……?


「このアイテムはSSランクアイテムです。能力はさっき言った狐火。それに加えてステータスの三倍化に、変化と空中浮遊もあります」

「ハッ、なんだよそれ……!」


 思わず乾いた笑みが口から漏れた。

 サラサラと言っているが、強力な能力ばっかりだ。

 道理で、さっきから漏れている天狐の殺気が膨れ上がったわけだ。


「では、仕切り直しといきましょうか」


 天狐が刀を構え──振った。

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