対人クラン『百狐』
ガラッ、と教室のドアを開けて中に入った瞬間、部屋の中の空気が一変したような感覚を覚えた。
ドアの前に立っている俺に対して、教室中の視線が突き刺さる。
「ねぇ、あれ……」
「動画の……」
俺はそれを無視して自分の席へと向かった。
自分の席に座ると、教室に来る途中に調達しておいた購買のパンの袋を開け、かじりつく。
あの段田の事件があってから、俺は初めて登校してきた。
もうすでにこの教室にいるクラスメイトは配信上での俺を見たはずだ。
そして同時に段田とその仲間たち、そして担任は不登校になった。
だからこそ、以前のように馬鹿にされたような視線を向けられたりはしないが、前よりも確実に距離が開いているのは確かだ。
恐れているのか、それとも忌み嫌っているのか。
ま、段田たちみたいに邪魔してこないなら別にどうでもいい。
パンを食べていると、スマホに通知がやって来た。
『星宮くん』
白鷺先輩からのメッセージだった。
俺は『なんですか?』と返す。
『今度のおでかけ、どこに行く?』
『そう言えば、星宮くんは休日どうしてるの?』
『あ、好きな食べ物とかある?』
立て続けに白鷺先輩からメッセージが送られてくる。
「えっ、ちょっ」
俺は頑張って質問に返事していくが、白鷺先輩のメッセージは止まらない。
それから俺は昼休み中、白鷺先輩とのメッセージのやり取りをする羽目になった。
だけどそのお陰で、教室での鬱屈とした気持ちはどこかへと飛んでいったのだった。
***
そして、高校が終わった俺は綾姫の見舞いに病院に来ていた。
「あ、お兄ちゃん」
「綾姫、体調はどうだ……って、勉強してたのか。邪魔だったな」
「別に、ちょうど飽きてきたところだから」
綾姫はベッドの上に小さな机を乗せ、そこに教科書とノートを開いていた。
中学生の綾姫はまだ義務教育の過程だ。
いつ戻ってもいいように毎日の勉強は欠かしていない。
……綾姫は末期がんだ。エリクサーでも飲まない限り、その病気は治ることはなく、余命は一年だと言われている。
それでも勉強を続けているのは、いつか奇跡的に回復することを願っている証拠だ。
綾姫が諦めてないなら、俺だって負けられないな。
一刻も早く1000億貯めて、綾姫を普通の生活に戻してやらないと。
俺は綾姫のベッドの脇にある椅子に座る。
「それよりお兄ちゃん、あの動画見たよ」
「えっ」
俺は固まる。
「お兄ちゃんってあんなに強かったっけ?」
「えっと……どこまで見た?」
恐る恐る綾姫にそう尋ねると、綾姫は恐ろしい回答をしてきた。
「ネットにあるやつは大体見たよ。凄いね、そんなに珍しいレアアイテム持ってたの?」
綾姫は自分のスマホをスクロールして、動画サイトに上がっている俺のスタンピードの動画を見ていく。
「いや、綾姫、本人の前で見せないで。それ全部違法アップロードだから」
「なにこのジャラジャラ。お兄ちゃんのファッションセンスってあんなに悪かったっけ」
「いや、綾姫、アレはな? 必要に迫られてと言うか、決して俺の趣味でつけてるわけじゃないんだぞ」
「それはどうでもいいんだけど。……あんまり無茶はしないでよ、お兄ちゃん」
イタズラめいた笑みから一転、不安そうな表情を浮かべる綾姫。
心配そうな綾姫を安心させるために、俺は綾姫の頭にポン、と手を乗せる。
「分かってるよ。大丈夫だ」
「とりあえず、今度服買うときは私に教えてね。ちゃんと責任持って監修するから」
「いや、だから別にアレは俺の趣味じゃないんだって」
俺はしばらく綾姫に言い訳をしてから、家に帰ることにした。
綾姫と話していると、病院から出てきたときにはすっかり陽は落ちて、辺りは暗くなっていた。
俺はこれからの予定を頭の中で組んでいく。
「さて、これから帰ってダンジョンに潜るとして、そろそろ中層を突破したいな……」
なにせ今のままじゃ時間効率が悪すぎる。
きっと上層のエリアボスみたいにまた苦戦させられるのだろうが、覚悟を決めて……。
その時。
「……ッ!!」
首筋がゾワリと逆立った。
背後から視線を感じて、俺は反射的に後ろを振り向く。
電灯と電灯の間に出来た、ぽっかりとした暗闇の中に、誰かが立っていた。
視線? いや違う。これは殺気だ……ッ!!
息が詰まるほどの濃密な殺気をまとわせた人物が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「こんばんは、星宮尊さん」
マスクをつけているときのような、くぐもった声が聞こえてきた。
そいつは、電灯の明かりの外から、暗闇の中からゆっくりと出てきた。
電灯に照らされ、その声の主の容貌が明らかになる。
異様な少女が、そこには立っていた。
夜の闇に溶け込むほど真っ黒なセーラー服に、真紅のリボン。
真っ黒なスカートからは白い太ももが顔をのぞかせ、足には黒いローファーとハイソックスを履いている。
黒い手袋を嵌めた手には、黒い鞘に収められている日本刀を携えている。
その上、背中の真ん中まである黒髪と、全身真っ黒なものに身を包んでいる。
しかし、顔につけている狐面だけが白かった。
「まさか、気づかれるなんて思ってませんでした。勘が良いんですね」
「……ッ!!」
俺は装備をアイテムボックスから瞬時に取り出し、装着する。
「そんなに警戒しないでください。傷ついてしまいます」
「誰だ、お前は……ッ!!」
「これは申し遅れました。はじめまして、私は『百狐』というクランでトップに就かせて頂いております。──天狐、とお呼びください」
「百狐って、対人クランの……!?」
ギルド長が忠告してきたクランの名前に、俺は驚きの声を上げる。
「あら、ご存知でしたか? それなら話が早いですね。今日あなたを訪ねてきた理由はもうお分かりでは?」
「全くわからないな」
俺は天狐を睨みつける。
天狐はくすくすと笑った。
「動画を、拝見させていただきました。私、感動いたしました。その剣、とてもお強いのですね。興味が湧いてきました」
天狐は俺が手に持っている神王鍵を指差す。
「悪いが、これは誰にもやるつもりはない」
「いえいえ、強引にいただくつもりなんて露ほどもございません。ただ、私は強者がとても好きでして。それはもう、強者を見るだけで戦いたいと思うほどに。だから、今日ここに来たのはあなたからその剣をいただくつもりではなく──お手合わせ、願えないかと」
天狐はそう言って日本刀を鞘から抜いた。
目の前の天狐の殺気が膨れ上がる。
「こんな街中で戦うつもりか。すぐにバレて資格停止処分だぞ」
「うふふ、お優しいのですね。ですがご心配にはおよびません。こう見えてもコネや権力は持っていまして、融通はいろいろと効くのです。だって、私は──Sランク冒険者なのですから」
「ッ……!?」
Sランク冒険者!?
白鷺先輩と同格の冒険者だと……!?
「それでは、参ります」
「ッ!?」
俺が驚愕するのと同時に、天狐が切りかかってきた。




