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9.約束と本心

「さて、これで邪魔者はいなくなった」



 ヴァーリックが言う。オティリエは驚きを隠せないまま、彼をまじまじと見つめた。



「ヴァーリック殿下、あなたは一体……」


「考えてみて? 僕はどんな能力を持っていると思う?」



 どうやらヴァーリックはオティリエに自力でこたえをみつけてほしいらしい。ニコリと微笑みながら少しだけ首を傾げた。



(ヴァーリック様の能力)



 彼が特殊な力を持っているのは間違いない。ヴァーリックの母親にはアインホルン家の血が流れているし、イアマとの応酬からもその片鱗がうかがえる。オティリエはこれまでの経緯をつなぎ合わせ、やがて一つの結論にたどり着いた。



「ヴァーリック殿下はわたくしたちの能力の影響を受けない――いいえ、受けたり受けないようにすることができるのでは?」


「御名答。よかった。ちゃんと自分でたどり着けたね」



 嬉しそうに笑いながら、ヴァーリックがオティリエの頭を撫でる。オティリエは驚きのあまり、飛び上がりそうになってしまった。



「あ、あの、殿下。私、こういったことをされるのははじめてで……どう反応するのが正解かわからなくて」


「そうか……だったら、感じたままに反応したらいいよ。オティリエ嬢が嫌ならすぐにやめるし、嬉しいと思うならやめない。君がどう感じているかはちゃんと見極めるから安心して」


「私がどう感じるか、ですか?」



 オティリエはこれまで、極力感情というものを殺して生きてきた。そうしなければ悲しさや苦しさに押しつぶされてしまう。屋敷内には絶望しか存在しておらず、生きているのが辛くなってしまうからだ。


 けれど、こうして王宮に来て、ヴァーリックと会話をして、オティリエは絶望以外の感情を覚えはじめている。



(今は……)



 恥ずかしい。と同時に心がほんのりと温かい。

 こんなふうに誰かに褒められたり、触れられたり、優しくしてもらうのははじめてだった。きっとこれが『嬉しい』という感情なのだろう。



(私、嬉しいんだ)



 そう思ったら、なぜだか目頭が熱くなる。オティリエはヴァーリックにバレないよう、小さく鼻をすすった。



「さっきの話の続きだけど、僕はアインホルン家の能力に限らず、あらゆる能力を弾くことができるんだ。だからイアマ嬢がどれほど僕を魅了しようとしても効果はない。けれど、無差別に能力を弾いてしまうわけでもない。僕自身が望むなら、能力の影響を受け入れることができるし、自分の能力を他人に分け与えることだってできる。オティリエ嬢に心のなかで話しかけたり、君にイアマ嬢の心の声が聞こえないようにしたときみたいにね」



 ヴァーリックの説明を聞きながら、オティリエは感嘆のため息をつく。



「すごいです……! 私は自分で能力の調整が全くできなくて。その場にいる人の心の声が全部聞こえてきてしまうから……」


「能力は鍛え方次第。これからいくらでも伸びると思うよ。オティリエ嬢の能力は特に、人と対話を重ねて鍛えていくしかない能力だからね。育ってきた環境のせいで、今は心の声を一方的に聞くことしかできないけれど、おそらくは心の声を『聞かない』という選択もできるし、君のほうから話しかけることだってできる。無限の可能性を持つ能力だと僕は思うな」


「無限の可能性、ですか……」



 自分の能力に伸び代があるのは素直に嬉しい。けれど、あの屋敷のなかで他人と会話をするのはおそろしく勇気のいることだ。能力を鍛える前にオティリエ自身がダウンしてしまうだろう。そう考えると気が進まない。想像するだけで胃がキリリと痛んだ。



「ねえ、オティリエ嬢。先ほど君は僕をすごいと言ってくれたね」


「はい。私は殿下が羨ましい……本当に素晴らしい能力だと思っています」



 どうしてそんなことを言われるかわからず、オティリエは少しだけ首を傾げる。



「ありがとう。だけど幼い頃の僕は、自分の能力が好きじゃなかったんだ」


「え?」



 驚きのあまりオティリエは思わず聞き返してしまう。ヴァーリックはそっと瞳を細めた。



「好きじゃなかったんですか? ……本当に?」


「本当に。だって、僕の能力って、自分自身でなにかができるわけじゃないんだよ? 母上なんて未来を視る能力があって、立派に国を守っているというのに、僕は他人の能力がなければなにもできない。腹立たしくて、悔しくて、拗ねていた時期がかなり長かったんだ。けれど、ないものねだりをしても仕方がない――ある日唐突にそう気づいてね。方向性を変えることにしたんだ」


「方向性、ですか?」


「そう。ないものは集めればいい。アインホルン家に限らず、僕はいろんな才能のある人たちを自分の元に集めることにしたんだ」



 どこか懐かしそうなヴァーリックの表情。オティリエは彼をまじまじと見つめた。



「才能のある人たちを集める……」



 つぶやきながら、オティリエは胸をそっと押さえる。彼女は今、これまでに感じたことのない焦燥感を感じていた。本当は心に蓋をして見なかったふりをしてしまいたい。――けれどそれではなにも変わらない。オティリエは意を決して、自分の感情を覗き込んだ。



(私は……ヴァーリック殿下に才能を認めてもらえた人たちが羨ましい)



 きっとそれがこの感情の名前。名前をつけた途端、なんとなく胸のモヤモヤが収まってくる。


 もしもオティリエが自分の能力をもっと上手く使えていたら、ヴァーリックに認めてもらえただろうか? 必要としてもらえただろうか? もっと彼の側にいられただろうか? そう思うと、なんだか身体がウズウズしてくる。



「あの……殿下は姉の能力について、どう思われましたか?」


「イアマ嬢の? そうだね……使いどころは多いと思うけど、僕は『欲しい』とは思わないな」


「そうなのですか?」



 オティリエには王族の仕事がどのようなものかはよくわからない。けれど、他人の精神を操作できるイアマの能力は便利に違いないだろう。あまりにも意外な返答に、オティリエは驚いてしまった。



「どうして必要ないのですか?」


「だって、欲しいものは自分で手に入れたほうが面白いだろう?」



 ヴァーリックはそう言って屈託のない笑みを見せる。オティリエの心臓がドキッと鳴った。



「魅了や洗脳で無理やり言うことを聞かせるんじゃなくて、きちんと納得して、自分の意志で僕についてきてほしい。だから、イアマ嬢の能力は僕には必要ない。魅力的だとも思わないんだ」


「……そうですか」



 オティリエはそう返事をしつつ、どこかホッとしてしまう。



(じゃあ、私の能力は?)



 そう尋ねられたらどれだけいいだろう。けれど、今はまったく自信がない。



(それでも)



 この機会を逃せばこの気持ちを伝えることすらできなくなってしまうだろう。オティリエは大きく深呼吸をし、ヴァーリックに向き直った。



「ヴァーリック殿下、いつか私がもっと強くなれたら――きちんと自分の力に向き合うことができたら、殿下にもう一度お目通り願えますか?」



 緊張で声が震えてしまう。

 こんなふうに自分の気持ちを誰かに伝えるのははじめてのことだった。これまでだったら『絶対無理』だと断じただろうに、今はなにもせずに諦めたくない自分がいる。



「もちろん。楽しみにしているよ」



 ヴァーリックはそう言ってオティリエの手を握ってくれた。彼の手のひらは大きくて温かく、力強い。空っぽだったオティリエの心と体に勇気が満ちてくる。オティリエが笑うと、ヴァーリックの頬がほんのり染まった。



【……可愛いなぁ】


「えっ」



 今のはオティリエに向けられた言葉だろうか? ヴァーリックの能力について説明している最中は彼の心の声はちっとも聞こえてこなかった。オティリエを混乱させないよう、彼女の能力をあえて弾いてくれているのだろうと思っていたのだが。



(もしかして、わざと聞かせたのかしら? 可愛いって。私を元気づけるために? ……それとも、殿下は私が『聞こえていること』にまだ気づいていらっしゃらない?)



 オティリエの頬が紅く染まっていく。ヴァーリックはしばらく彼女の顔をまじまじと見つめたあと「あっ……!」と大きく声を上げた。


 彼は慌てて視線をそらしたあと、気まずそうに口元を隠す。



「ごめん、油断した」


「油断、ですか?」



 聞き返しつつ、オティリエはヴァーリックをそっと見上げる。



「つまり……僕ははじめに『心の声を聞かれても困らない』って言ったし、本気でそう思っていたんだけど……結構恥ずかしいものだね。本心だからこそ、余計に」


「え……?」



 オティリエはヴァーリックのセリフを聞き返しつつ、胸がドキドキしてきた。



(つまり、さっきの言葉は殿下の本心なの? 本当に?)



 確認したいと思うのに、すでにヴァーリックの心の声はまったく聞こえてこない。そのかわり、ヴァーリックの頬はびっくりするほど真っ赤に染まっていて。

 オティリエは戸惑いつつもクスクスと声を上げて笑ってしまうのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 正直魅了の能力はスパイの能力として有効だよな。
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