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7.王妃の秘密

「強引に連れ出してごめんね」


「え……?」



 イアマたちから離れてすぐ、ヴァーリックがそう言った。彼は給仕に頼んで食事を取り分けてもらい、オティリエを優しくエスコートする。



「いえ、そんな……」


「あのままあの場で話を続けたら、イアマ嬢に邪魔をされてしまうと思ったんだ。彼女には聞かせたくない話もあったしね」


「そうだったんですか……」



 そうこたえはしたものの、オティリエはいまいち腑に落ちない。会話を邪魔されて困るという感覚がわからないからだ。


 そもそも、こうしてヴァーリックと会話をしていること自体があまりにもおそれ多い。他の貴族たちの注目も着々と集まってきているし、同年代の令嬢たちの嫉妬と羨望の眼差しを強く感じる。それに加えて、オティリエに対する悪口だってはっきりと聞こえはじめていた。



(お姉様の心の声に比べれば随分優しいものだけど)



 それにしたっていい気はしない。オティリエはビクビクと背筋を震わせた。



「実は母は未来を視る能力の持ち主でね」



 他の貴族たちから十分に距離をとったあと、ヴァーリックがおもむろに切り出す。




「未来を視る能力、ですか?」


「そう。けれど、視たい未来が自由に視れるというわけではなく、これから起こる大きな出来事や重要な人物を、ある日突然視てしまう、というものなんだ。たとえば、隣国で起きたクーデターや辺境での大規模水害を母は予知していた」


「え? あの二つの事件を?」



 ヴァーリックがあげた二つの事件についてはオティリエもよく覚えている。


 隣国のクーデターにおいては、あらかじめすべての在留邦人が自国へ引き上げていたことから、人的被害は皆無だった。また、隣国からの輸出に頼っていた作物について、事件の少し前から自国での栽培を強化していたため、国内への影響はそこまで生じなかったのだという。



(あれだけ詳細に隣国の動向を探れたのは、間諜がアインホルン家出身だったからじゃないかって思っていたけれど)



 実際は王妃の未来視によるものだったらしい。



 また、辺境の大水害においては、記録的な豪雨により大河の氾濫が起こったものの、被害水域の住人たちは事前に避難を済ませていたことから、死傷者は一人も出なかった。加えて、水害の直前に堤防を強化していたことから、家屋や田畑への被害は少なかったのだという。



「母がこれから起きる未来を予言したおかげで、事前に対策が打てた。我が国への影響を最小限に食い止めることができたんだよ」


「そうだったんですか……。けれど、どうしてそんな秘密を私に?」



 王妃の能力と功績は素晴らしい。称賛されてしかるべきだ。

 けれど、それが公になっていない以上、あえて秘密にしているとしか考えられない。どうしてオティリエに打ち明けるのだろう――?



「母がね、これから起きる未来にオティリエ嬢を視たというんだ」



 ヴァーリックがニコリと微笑む。オティリエは目を丸くした。



「私、ですか?」


「そう。具体的にどんなことが起こるかはまだわからないみたいなんだけど、未来ではっきりと君の名前を聞いたというんだ。それで、どんな女性か知りたくて、こうしてオティリエ嬢を夜会に招待をしたんだよ」


「そうだったのですね」



 返事をしながらオティリエは小さく息をつく。どうして自分が王宮に呼ばれたのかずっと気になっていた。きちんと理由が存在していたと知り、オティリエは安心してしまう。



「――と、このことを伝えるのが君を連れ出した一番の理由だ。けれど、僕にはもう一つ確認したいことがある」


「確認したいこと、ですか?」


「オティリエ、君は本当にきちんと食事ができているのかい?」



 ヴァーリックが真剣な表情で尋ねてくる。オティリエは思わず息を呑んだ。



「エスコートをしてみて改めて思った。君の痩せ方は尋常じゃない。満足に食事がとれている人間のものではないだろう。原因は? 父親? それともイアマ嬢?」


「い……いえ、私はそんな」


「安心して。決して悪いようにはしないから」



 ヴァーリックの言葉に、オティリエはちらりとイアマを見る。彼女はまだ王妃と父親と談笑をしているようだ。距離が離れているから互いの声は聞こえない。オティリエは小さく息をついた。



「物心ついたときから父も姉も私と食事をしたがらなくて……。私――二人に嫌われているんです」



 誰かに嫌われていると打ち明けることは情けない。自分が『無価値な人間』だと認めているかのようで、とても辛く勇気の必要なことだった。



「それから自分の部屋で食事をとるようになったんですけど、私、使用人たちにも嫌われていて。段々食事を取りに行くのが嫌になって、自主的に回数を減らしていたんです」



 事情を打ち明けながらオティリエの心は沈んでいく。気まずくてヴァーリックの顔を見ることなどできなかった。



「なるほどね……そういうことだったのか」


「ですからこれは、家族ではなくて私自身の問題なんです。私がもっと強ければ、毎食きちんと食事をとれる環境なんです。悪いのは全部私で……」


「それは違うよ」



 ヴァーリックが力強く否定する。オティリエは思わず顔を上げた。



「そもそも君が取りにいかなければ食事が提供されないなんて異常だ。そのうえ、その状況を容認している侯爵やイアマ嬢は明らかにおかしい。間違っている。オティリエ嬢、君はなにも悪くない。彼らに対して怒っていいんだ」



 怒りをにじませたヴァーリックの言葉に、オティリエは涙が出そうになる。


 誰かに味方をしてもらったのはこれがはじめてだった。ずっとずっと、自分が間違っていると思っていたし、そう言われ続けていたのだ。そのうえ、彼はオティリエのために怒ってくれた。そのことがオティリエはとても嬉しい。



「ありがとうございます、ヴァーリック殿下。殿下の言葉で私は救われました」


「救われた、って……君がよくても僕がよくない。すぐに侯爵のところに行こう。僕が抗議を――」


「本当に! 私のことを思っていただけるのであればお気持ちだけで留めてください。もしも殿下が父や姉にこのことを伝えれば、私はひどい折檻を受けるでしょう。私にはあの家の他に行く場所も頼る宛もないのです」


「……そうか」



 ヴァーリックは返事をしながら、なにやら思案顔を浮かべている。



(一体なにを考えていらっしゃるのかしら?)



 考えごとをしているのは間違いないのに――なぜだろう? ちっとも声が聞こえてこない。いつもならどれだけ耳をふさいでも、他人の声が頭のなかに流れ込んでくるというのに、おかしなことだ。



「ヴァーリック殿下」



 そのとき、イアマの声が背後で響く。振り返ると、イアマがいかにも不機嫌そうに微笑んでいて、オティリエはビクッと身体を震わせた。


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