【番外編5】恋人たちの聖誕祭
オティリエとヴァーリックが婚約して数カ月が経った。もうすぐ年末。オティリエたちは通常の仕事納めに加えて、新年の祝賀行事の準備に追われていた。
「今年は特にあっという間だった気がするな」
書類にサインをしながらヴァーリックが言う。オティリエはそっと目を細めながら「そうですね」と返事をした。
「本当にいろんなことがありましたものね」
昨年の秋頃から対応に追われていた神殿の騒動に、ヴァーリックの妃を選ぶためのお茶会。婚約披露の夜会でイアマが暴走したり、オティリエ自身は妃教育と補佐官の二足のわらじで奮闘したりと、息つく間もない忙しさだった。
「それでも、今年は聖女聖誕祭を楽しめるぐらいの時間は取れると思うんだ」
「聖女聖誕祭ですか?」
聞き返しながら、オティリエはちらりと窓の外を見る。
聖女聖誕祭は年が暮れる数日前に、聖女が生まれたことを祝うために行われる行事だ。この時期になると広場にはカラフルな飾りがたくさんついた大きなモミの木が飾られ、街中がお祭りモードに包まれる。
聖誕祭当日はチキンやケーキなどのご馳走が食卓に並ぶほか、子どもたちには『聖使者』からプレゼントがもらえるため、国民全員が楽しみにしていると言っても過言ではない行事なのだが。
(だけど私は聖女聖誕祭にいい思い出がないのよね……)
オティリエは静かにため息をつく。
実家であるアインホルン家でも聖女聖誕祭は盛大に祝われていた。けれど、オティリエがイアマや父親と夕食を一緒に食べることはなかったし、プレゼントももらえた記憶がなかった。そのくせ、聖誕祭当日の朝は毎年居間に呼び出されて、イアマが両手の指では足りないほどのプレゼントを受け取っている様子を見せつけられてきたため、聖誕祭と聞くだけでもの悲しくなってしまうのだ。
「当日はオティリエと一緒に街に行きたいと思ってるんだけど、どうかな?」
ヴァーリックはそう言ってオティリエの手を優しく握る。オティリエは思わずドキッとしてしまった。
(いけない。昔のことを思い出して凹んでいたら、ヴァーリック様を傷つけてしまうわ)
オティリエはニコリと微笑み、ヴァーリックの手を握り返す。
「嬉しいです。当日、楽しみにしています」
「うん」
ヴァーリックはそっと目を細めると、オティリエをギュッと抱きしめた。
***
(うわぁ……!)
聖誕祭当日、街は人々でごった返していた。
(知らなかったわ。去年は神殿の件でお城に缶詰状態になっていたから)
オティリエは人の波に揉まれつつ、ただただ圧倒されてしまう。
これだけ人が多いとヴァーリックやオティリエの顔を知っている人間も多いはず――ということで、二人は平民の装いをし、髪や目の色を変えて出かけていた。
「はぐれたら大変だから、しっかり掴まってね」
手をつなぎつつ、ヴァーリックが微笑みかけてくる。すると、冷えた指先がじわりと温まっていき、オティリエは思わず目を細めた。
広場にはたくさんの出店が集まっていた。聖女を模したオーナメントや雑貨、アクセサリーを売る店もあれば、ソーセージやチキンなどを売っている店も多い。愛らしい雑貨類や肉を焼く香ばしい香りに、オティリエの気分が一気に弾む。
「ここ、僕のおすすめなんだ。子供の頃、両親に連れてきてもらってから、毎年来ていたんだよ。あまりにも好きだから聖誕祭数日前からお忍びで何度も通っていたぐらいで、オティリエも連れてきたいなって思ってた」
ヴァーリックがそう言って立ち止まったのは、ホットワインやココアを売っているお店だった。ヴァーリックが店員に声をかけ、二人分のココアを注文する。すると、マグカップに注がれた熱々のココアが差し出された。
「可愛い……!」
カップには雪だるまやモミの木のイラストが焼き付けられており、見ているだけで幸せな気分が味わえる。オティリエは瞳を輝かせた。
「だろう? カップはココアの代金に含まれているから、持ち帰れるのも魅力なんだ。オティリエはきっと喜んでくれると思って」
ヴァーリックがそう言ってオティリエに顔を寄せる。すると、店員がクスクスと笑い声を上げた。
「お客さん、毎年来てくれていたのに昨年は姿が見えなかったから、寂しく思っていたんだけど、そうか。こんなに愛らしい恋人ができていたんだね」
オティリエとヴァーリックは顔を見合わせると、どちらともなく真っ赤に染まっていく。
(私たち、ちゃんと恋人同士に見えるのね)
実際のところ、二人は恋人ではなく婚約者なのだが、それだけ仲が良く見えるということだろう。ヴァーリックは店員にお礼を言うと、とても嬉しそうに笑った。
温かいココアをたっぷり堪能した後、二人は再び街を歩きはじめた。広場の中央では劇団員たちが歌やダンスを披露しており、お祭り気分やロマンチックなムードを存分に楽しめる。ふと見ると、家族連れは家に帰ったのか、周りは恋人たちで溢れかえっていた。
(みんな幸せそう)
自分たちも同じように見えるのだろうか――オティリエはほんのりと目を細める。
とそのとき、くしゅん、とヴァーリックがくしゃみをした。
「ごめん。寒くなってきたね」
ヴァーリックがバツが悪そうに笑う。オティリエは「よかったら」と、持ち歩いてきた紙袋を開き、中から小包を取り出した。
「これ、ヴァーリック様へのプレゼントなんです。どのタイミングでお渡ししようか迷っていたんですけど、受け取っていただけますか?」
「いいの?」
ヴァーリックは瞳を輝かせつつ、オティリエから受け取った小包を開く。
「マフラーだ! すごく温かそうだね。ありがとう、すごく嬉しいよ!」
目の前で早速マフラーを巻いてくれるヴァーリックを見つめながら、オティリエは照れくさそうに唇をほころばせる。
「もしかして、手作りしてくれたの?」
「はい。ヴァーリック様はきっと、毎年高価で素敵なプレゼントをたくさんもらっていたと思うし、私にしかお渡しできないもののほうが喜んでいただけるんじゃないかと思ったんです。……あっ、でもこのマフラーはさすがにお忍びの時しか使っていただけないので、イヤーカフも準備したんですけど」
オティリエがおずおずと二つ目のプレゼントを取り出す。と同時に、ヴァーリックがオティリエをギュッと抱きしめた。
「あっ、あの」
「好きだよ、オティリエ」
大好き、と耳元で囁かれ、オティリエの頬が真っ赤に染まる。
「そろそろ城に戻ろうか」
***
「今日はありがとうございました」
夕食を終えてから、ヴァーリックはオティリエを部屋まで送り届けてくれた。名残惜しさゆえに、つながれた手のひらを放すことができないまま、しばらくの間見つめ合う。
(もう少し、一緒にいたい)
なんて、そんな本音は言えないけれど。いつになく甘えたい気分に駆られてしまう。
「――実は、僕からもオティリエにプレゼントがあるんだ」
「え?」
ヴァーリックはオティリエを部屋の方へと促し、ドアを開けた。すると、部屋の中央に置かれた小さなモミの木の下に、いくつものプレゼントが並べられている。
「ええ? プレゼントもモミの木も、朝にはなかったのに……!」
「カランに協力してもらったんだ。驚いた?」
「すっごく驚きました!」
オティリエは急いでモミの木に駆け寄り、瞳をキラキラと輝かせた。
「あの、開けてみてもいいですか?」
「もちろん」
ヴァーリックが見守る中、オティリエが一番大きな包み紙に手を伸ばす。興奮で胸がドキドキと高鳴る。丁寧にリボンを解いて封を開けると、中には大きなうさぎのぬいぐるみが入っていた。
「可愛いです!」
「よかった。それじゃあ次は隣のプレゼントを開けてみて」
もふもふとぬいぐるみに顔を埋めるオティリエに、ヴァーリックは早速次を促す。
次のプレゼントは絵本だった。幼い頃にイアマが見せびらかしてきたものと同じものである。
(え? どうして……)
その次は子供サイズのエナメルの靴。温かそうなコートに、筆記用具。日持ちのするお茶菓子や温かなシチュー、クリスマスケーキ――。
「ヴァーリック様、これ――」
オティリエの瞳に涙がたまっていく。
幼少期の寂しくて悲しかった聖誕祭の思い出たち。物心がついてからプレゼントをもらった記憶なんて一度もなかった。けれど、オティリエは毎年聖使者に向けて手紙を書いていた。
『聖使者様、私のお友達になってくれるぬいぐるみがほしいです』
『お姉様と同じ絵本が読みたいです』
『お姉様が履いているキラキラした靴がほしいです』
(これは……このプレゼントは……)
「侯爵は毎年、オティリエから聖使者に宛てられた手紙を読んでいたんだ。魅了の影響でプレゼントこそしてくれなかったけれど、オティリエがなにを欲しがっていたのか、きちんと覚えていたんだよ。だから、僕がかわりに届けようと思って」
言い終わらないうちに、オティリエはヴァーリックの胸に顔を埋める。
オティリエが聖使者に向けた最後の手紙に書いたのは『幸せになりたい』という切なる願いだった。自分のほしいものは決して手に入らない――願いが届くことは絶対にない。そう思っていたというのに、今すべて叶ってしまった。オティリエにとって、こんなにも嬉しいことはない。
「ヴァーリック様、私すごく幸せです」
「うん」
僕も幸せだよ、と囁きながら、ヴァーリックがオティリエにキスをする。二人は顔を見合わせながら、満面の笑みを浮かべるのだった。




