【番外編】会いたかった(後編)
「未来から来た?」
「ええ、その……信じがたいとは思うのですが、私は未来でヴァーリック様の補佐官を務めているんです」
オティリエは幼いヴァーリックと並んで座り、ここに至るまでの事情を説明する。
まだ十歳にも満たないというのに、ヴァーリックはどこまでもヴァーリックだった。彼は護衛騎士に『大丈夫だから』と言って聞かせ、離れたところに控えさせている。頭の回転が早く理知的で、年下と話しているという感覚がまったくしない。
すべて話し終えると、ヴァーリックは「なるほど」と口にした。
「僕は君のことを信じるよ」
「ヴァーリック様……」
思わず縋りつきたくなるような優しい笑顔。オティリエは目頭が熱くなる。どんなに絶望的な状況でも、ヴァーリックがいれば大丈夫だと安心できた。
【それにしても、他人を過去に飛ばせる能力を持つ人間がいるのか……すごい能力だ。僕とは全然違って】
と、ヴァーリックの心の声が聞こえてくる。オティリエは少しだけ目を丸くし、ヴァーリックの顔を覗き込んだ。
『幼い頃の僕は、自分の能力が好きじゃなかったんだ』
ふと、オティリエははじめて会った夜のヴァーリックの言葉を思い出す。
『だって、僕の能力って、自分自身でなにかができるわけじゃないんだよ? 母上なんて未来を視る能力があって、立派に国を守っているというのに、僕は他人の能力がなければなにもできない。腹立たしくて、悔しくて、拗ねていた時期がかなり長かったんだ』
おそらく、この頃のヴァーリックはまだ、他人の能力をただ羨んでいた時期なのだろう。自分がどれだけ素晴らしい能力を持っているか気づかないまま……。
(そうだわ!)
「あ、あの! ヴァーリック様にお願いがあるのですが」
「どんなこと?」
オティリエは気を取り直して、ヴァーリックの方を向く。ヴァーリックは心の声を微塵も感じさせない笑顔で、オティリエに応じた。
「ヴァーリック様の能力を私に渡していただけませんか? そうすればきっと、現代に戻れると思うんです!」
「僕の?」
オティリエの話を聞くと、ヴァーリックは驚きに目を見開く。だが、ややして悲しそうな表情を浮かべた。
「申し訳ないけど、僕にはそんな力はないと思うよ」
いつも前向きなヴァーリックの後ろ向きな言葉に、オティリエは思わず胸が苦しくなる。
「いいえ、できます。ヴァーリック様なら、絶対できます! だって、あなたの能力は、誰よりも素晴らしいって私は知っていますもの」
オティリエがヴァーリックの手を握る。ヴァーリックはゆっくりとオティリエを見上げた。
「素晴らしい? 僕の能力が?」
「ええ、そうです! だって私は、ヴァーリック様の能力に何度も救われたんですよ」
イアマの心の声が聞こえないようにしてくれたこと、魅了の能力を打ち消してくれたこと――数えだしたらきりがない。
これから先の未来に何が起こるのか、すべてを伝えるのはご法度だろう。けれど、ヴァーリックの能力がなければ――彼がいなければ、オティリエは間違いなく生きていなかった。
「私だけじゃありません。これから先、ヴァーリック様や、ヴァーリック様が集めた素敵な人々に救われる人が大勢います。能力は鍛え方次第。あなたの能力は本当に、無限の可能性を秘めているんです」
かつてヴァーリックはオティリエに同じ言葉を贈ってくれた。自分の能力が好きになれないオティリエに、希望を与えてくれたのだ。
だから、今度はオティリエの番。
どうか届いてほしいとオティリエは願う。
「……それで、どうすればいいの?」
しばらくして、ヴァーリックがそうつぶやいた。オティリエは瞳を輝かせると、ヴァーリックの手をそっと握る。彼は少しだけ目を見開くと、恥ずかしそうに急いで下を向いた。
「自分の身体のなかに流れている気を意識してください。それを手のひらに集めて」
以前ヴァーリックに教えてもらったとおりに、オティリエが言う。幼いヴァーリックは「こうかな?」と言いながら、手に力を込めた。
すると、オティリエの全身がほんのりと熱くなる。次いで過去に送り込まれたときと同様、ふわりと体が浮く感覚がした。
「やったわ!」とオティリエが声を上げる。ヴァーリックは「本当に成功したの?」と目を瞬かせた。
「ヴァーリック様、ありがとうございます! 本当に、なんとお礼を言っていいか!」
これで現代に――ヴァーリックのもとに帰ることができる。オティリエは幼いヴァーリックを抱きしめると、ポロポロと涙を流した。
「ねえ……僕たちは未来でまた会えるんだよね?」
ヴァーリックが尋ねる。オティリエは顔を上げると、ヴァーリックをまっすぐ見つめた。
「ええ、もちろん。私が会いに行きます」
「絶対? 絶対に会いに来てくれる?」
「ええ、絶対です」
差し出された小指に自分の小指を絡め、オティリエはそっと微笑む。
「――だったら僕、頑張るよ。いつか君に誇ってもらえるような男になれるよう、きちんと自分の能力と向き合ってみる」
「ヴァーリック様……」
ヴァーリックの笑顔は泣きたくなるほど愛おしい。瞬きを一つ、目を開けた瞬間、オティリエの目の前に大人になったヴァーリックが立っていた。
「ヴァーリック様」
「……ここで待っていたら、オティリエが帰ってくるって信じていた」
ヴァーリックはそう言って、オティリエを力強く抱きしめる。オティリエは微笑みながら、ヴァーリックを抱きしめ返した。
「会いたかった」
ヴァーリックが囁く。その言葉は過去に飛ばされていた間だけではない――何年分もの想いがこもっているのだと、オティリエにはすぐに分かった。
「遅くなってごめんなさい」
「……うん。本当に、僕はオティリエだけを待っていたんだと思う。ずっと、ずっと」
ヴァーリックの脳裏に、補佐官たちと初恋の人について会話を交わした時のことが浮かび上がる。彼はあの時、幼い日にオティリエと会ったことを――自身の初恋を思い出したのだ。
「でしたら、これから先の未来も全部、私にいただけますか?」
過去も、今も、それから未来も――ヴァーリックの全てが欲しい。
どれだけ貪欲になれば気が済むのだろう? ……そう思うものの、どうしようもないほどヴァーリックが好きなのだから仕方がない。オティリエはもう、自分の気持ちに嘘をつけなかった。
「もちろん。僕のすべてはオティリエだけのものだよ」
ヴァーリックが力強く笑う。
ふたりは見つめ合い、どちらともなく口付けを交わすと、互いをきつく抱きしめ合うのだった。