50.After The Tea Party
ヴァーリックがオティリエたちのもとに来てからほどなくしてお茶会が終わった。
「もっと殿下とお話したかったです……!」
「わたくしも同じ気持ちですわ!」
「本当に! 殿下ったらわたくしたちから離れてあちらのテーブルに行ってしまわれるんですもの。とても寂しかったです」
「お茶会の時間を延ばせませんの? 殿下にもっと私のことを知っていただきたいわ!」
お茶会の開始以降ヴァーリックを取り合っていた高位(かつ自分に自信満々な)令嬢たちがヴァーリックのもとへ再集結し、彼にまとわりついている。
「そうだね……悪いけど、これから大事な用事があるんだ」
「まぁ……そうですの」
「残念ですわ……」
ヴァーリックは穏やかにほほえんでいるものの、内心ではうんざりしているようだ。無理もない、とオティリエは同情してしまった。
(だけど、大事な用事ってなにかしら?)
このあと、ヴァーリックは予定を入れていない。疲れるだろうし、妃選びについてゆっくり検討する時間が必要だろうと、補佐官たちで彼の時間の調整をしたのだ。なにか予定を入れたなら、オティリエの耳に入ってしかるべきなのだが。
そうこうしているうちに、ひとり、またひとりと令嬢たちがお茶会会場を去っていく。
【殿下や妃殿下はわたくしを呼び止めてくださらないかしら? このままじゃわたくし、本当に帰ってしまいますわよ?】
【私はきっと妃候補に選ばれたわよね。次に城に呼ばれるとしたらいつになるかしら? ……ああ、殿下がこちらを見ているわ! とても楽しみ……】
が、本心ではこの場に残りたくてたまらないようだ。令嬢たちはチラチラとヴァーリックや王妃を振り返りつつ、期待に満ちた眼差しを送る。ヴァーリックはニコニコとほほえみ、彼女たちの熱視線を受け流していた。
「オティリエ様、絶対にまたお話をしましょうね」
「今度屋敷にいらっしゃってね? お買い物も、是非ご一緒したいわ」
「ありがとうございます、是非」
一方その頃、オティリエはお茶会で知り合った令嬢たちと挨拶を交わしながら、温かい気持ちに包まれていた。
【最後にヴァーリック様とお話ができてよかった】
【こんなところで友人ができるなんて思ってなかったわ。帰ったら早速手紙を書いてみよう。お返事が来るといいのだけど……】
(よかった)
このお茶会を準備した文官の一人として、悲しい思いを抱えたまま帰宅する人はいてほしくない。
令嬢たちの心の声を聞きながら、オティリエはホッと胸を撫でおろした。
(さてと)
もうじき片付けがはじまるだろう。きっと人手が必要なはずだ。オティリエも招待客の一人ではあるが、終わってしまえば関係ない。手伝いを申し出よう――そう思ったそのときだった。
「オティリエ」
「あっ……ヴァーリック様?」
背後からヴァーリックに声をかけられ、オティリエは静かに振り返る。
「どうなさいましたか?」
「……うん。オティリエと二人でお茶を飲み直したいなと思って。誘いに来たんだ」
そっと差し出される手のひら。ざわりと会場が色めき立つ。
【オティリエ様がヴァーリック殿下に誘われたわ! 次の王太子妃はオティリエ様で決まりかしら】
【帰らなければいけないってわかっているのに気になる……覗き見したいわ】
【殿下がお誘いになったのがオティリエ様でよかったわ! 先ほどのご令嬢たちが選ばれたらどうしようってヒヤヒヤしていたもの】
高位令嬢たちはすでに馬車に乗り込んでいるため、ここにはオティリエに好意的な女性しかいない。とはいえ、ヴァーリックがこんなかたちで声をかけてきたことに驚いてしまう。
(どうしよう? タイミングがタイミングだから誤解されてしまっているわ……)
オティリエは彼の補佐官だけれど、今は妃選びのお茶会の場だ。妃候補として有力だから呼び止められたと勘違いされても仕方がない。オティリエはおずおずとヴァーリックのことを見上げた。
「あの、お仕事の話でしたら執務室に戻ってから……」
「仕事の話がしたいわけじゃないよ。さっき僕が話していたこと、聞いていただろう? 大事な用事があるって。……君を誘いたかったんだ」
ヴァーリックはそう言ってオティリエのことをじっと見つめる。熱い眼差しに真剣な表情。思わず目を背けたくなりながら、オティリエは「そうですか」と返事をする。
「それじゃあ行こうか」
オティリエはヴァーリックに手を引かれ、再びお茶会の会場へと舞い戻った。
***
テーブルにつくとすぐに熱々のお茶が運ばれてくる。いつの間にやら片付けが進んでおり、これが最後の一脚だ。
(よかった……。なんだか改まった雰囲気だったし、ふたりきりだとさすがに緊張してしまうけど)
周りには侍女や文官たちが控えている。オティリエは密かに胸をなでおろした。
「お茶の準備をありがとう。みんなは下がっていてくれる?」
(えっ?)
と、安心したのも束の間、ヴァーリックがそんな指示を出してしまう。オティリエが引き止めるまもなく、彼らは「承知しました」と言って姿を隠してしまった。
(どうしよう)
ドキドキとオティリエの心臓が鳴り響く。ヴァーリックを相手にこんなふうに緊張する必要はない――そうわかっているのに、勝手にいろんな想像をしてしまって、それがたまらなく恥ずかしく申し訳なくて、オティリエは首を横に振る。
(違う……違うわ。ヴァーリック様は私とお茶をしたいだけ。それ以上でも以下でもないのよ)
緊張をごまかすため、オティリエはティーカップに口をつける。熱いお茶が喉と胸を焼くような心地がして、彼女はギュッと目をつぶった。
「……もしかして、緊張してる?」
ヴァーリックが尋ねる。オティリエはドキッと身体を強張らせたあと、静かに首を横に振った。
「いえ、そんな……」
「そっか。……僕は緊張している。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ」
ヴァーリックはそう言って、自身の胸に手を当てる。どこか不安げな表情。オティリエの胸がまたもやドキドキと騒ぎはじめた。
「あ、あの……今日はお天気に恵まれてよかったですね。雨天の場合のセッティングについても妃殿下と打ち合わせはしておりましたけど、せっかく綺麗な庭園ですし、見ていただけてよかったなぁって。たくさんのご令嬢に喜んでいただけましたし、それに……えっと…………」
あまりにも居た堪れなくて、必死に話題をひねり出したオティリエだったが、まったく長続きする感じがしない。ウンウン頭を悩ませつつ、チラリとヴァーリックの顔を見る。彼は穏やかにほほえみながら、オティリエのことをじっと見つめていた。
「オティリエ」
ヴァーリックがオティリエの名前を呼ぶ。オティリエが「はい」と返事をし、彼のことをチラリと見る。しばしの沈黙。ヴァーリックが大きく深呼吸をする。
「――あの日の話の続きをしてもいい?」