46.王妃の夢
オティリエは早速、ヴァーリックの妃選びのお茶会のために働きはじめた。
午前中は王妃の執務室の一角でひたすら高位貴族令嬢たちの資料を読み込みながら誰をお茶会に呼ぶか検討していく。
(こちらのご令嬢は才媛で……こちらの方はものすごい美人だってブラッドさんたちが噂していたわ。それから……)
今回のお茶会はガーデンパーティ形式を予定しているらしく、招待客の数は多くても構わないらしい。
となると、基本的には条件を満たしている女性全員を招待することになるのだが、なかにはイアマのように社交界で問題視されるような行動を起こしている令嬢もいるため、招待客選びには細心の注意が必要だ。
(……うん。もう少し情報集めなきゃね)
暫定リストに調査項目を書き加えつつ、オティリエはふぅと息をついた。
昼食後は王妃と一緒にお茶を飲みながら、お茶会の準備についてひたすら話し合った。
「最近は若い令嬢の間で、東洋から渡ってきた茶葉が流行っているらしいの。なんでも健康にとってもいいんですって。ほら見て、色も鮮やかで美しいでしょう?」
「本当ですね」
飲んでみて、とティーカップを渡されて、オティリエは一口飲んでみる。……が、これまで味わったことのない渋みが口いっぱいに広がり、思わず顔をしかめてしまった。
「どう?」
「……思っていた味と違っていてビックリしました」
「でしょう? よかったわ、私だけじゃなくて。だけど、慣れてきたらこれが結構癖になるのよ? 他にもね、色々と茶葉を用意させたの。これは我が国よりもずっと暑い地方で栽培されたお茶の葉。香辛料と一緒にいただくんだそうよ? それからこれはね……」
準備を進めているというより、ただお茶を楽しんでいるだけなのだが、王妃の話は多岐にわたって面白く、オティリエはふっと目元を和らげる。
(もしもお母様が生きていたら、こんなふうにお話ができたのかしら?)
オティリエたちの母親は、オティリエがまだ小さい頃に亡くなってしまった。亡くなる前に母親がイアマの魅了の影響を受けていたかどうか、オティリエはまったく覚えていない。けれど、母親が生きていたなら彼女の扱いはもう少しマシだったのではないだろうか……そんな夢を見てしまう。
「私ね、娘を持つのが夢だったのよ?」
とそのとき、王妃がそんなことを口にして、オティリエは思わず目を丸くした。
「そうなんですか?」
「ええ。だって、女の子って可愛いじゃない? こんなふうに他愛もないおしゃべりをしたり、可愛いドレスをプレゼントしたり、街に一緒に出かけたら楽しそうだなぁって。そういう生活を送るのが夢だったの。そりゃあ、妃としては後継ぎである男児を生むことが一番の役目だし、今でも十分恵まれているとは思うのよ? だけど、ヴァーリックにフリルのドレスを着せるわけにはいかなかったし……本人もものすごく拒否していたしね」
「それは……そうでしょうね」
幼い日のヴァーリックと王妃とのやりとりを想像して、オティリエはついつい笑いそうになってしまう。王妃はそんなオティリエを見つめつつ、嬉しそうにほほえんだ。
「それにね、あの子ったら十歳そこそこの幼いうちから早々と公務を担いはじめてしまったのよ。口を開けばいつも『仕事、仕事』って……夫じゃあるまいし。母親としてはもう少し日常の楽しかったことや嬉しかったことを聞きたいと思うじゃない? 友人とか、好きな食べ物とか、服装の好みとか、話題なんていくらでもあるのに。おとなになるのが早すぎたんじゃないかって寂しく思ったりするの」
「妃殿下……」
オティリエには母親がいないし子供を生んだ経験もない。だから、ほんとうの意味で王妃の気持ちはわかっていないだろう。けれど、彼女の言いたいことはなんとなくわかる。
(妃殿下はきっと、心からヴァーリック様のことを思っていらっしゃるのね)
子を思う母親の愛情は温かい。彼女はただ、ヴァーリックに幸せになってほしいのだ。……王太子としてだけでなく、一人の人間として。オティリエはなんだか胸がほっこりしてしまった。
「だけど最近ね、あの子が仕事以外の話もしてくれるようになったの。これってすごいことだと思わない?」
と、さっきまでのしんみりした空気が一転、王妃が嬉しそうな笑みを浮かべる。
「まあ……! そうなんですね?」
「ええ。私、嬉しくて嬉しくて……。だから私、オティリエにとても感謝しているのよ?」
「え?」
オティリエが目を丸くする。王妃は改まった表情で彼女を見つめると、静かに頭を下げた。
「ずっとずっとあなたにお礼が言いたかったの。あの子を自由にしてくれてありがとうって」
「そんな……私はなにもしていません。お礼を言うべきなのはむしろこちらのほうです。ヴァーリック様はいつも私を助けてくださって……」
「そんなことないわ。あなたはあの子の心の支えになっている……母親である私が言うのだから間違いありません。もっと自信を持ちなさい、オティリエ」
王妃がオティリエの頭をポンと撫でる。オティリエは目頭が熱くなった。
(本当に? 私はヴァーリック様の支えになれているの?)
にわかには信じがたいが、もしもそうだとしたら……とても嬉しい。
「これからもあの子の側にいてあげてね、オティリエ」
「……はい」
返事をしつつ、オティリエははにかむように笑った。