42.たしかなこと
(どうしよう……どうするのが正解なの?)
ヴァーリックは今執務室にいない。理由をつけて他の補佐官を連れてきたいところだが、そんなことをすれば怪しまれてしまうだろう。オティリエが一人で対処するしかない。できる限り会話を長引かせて情報を引き出す。ヴァーリックが神官長相手にやっていたときのように――オティリエはゴクリとつばを飲んだ。
「……だけど、そうですね。おっしゃるとおり少しだけ疲れてきました。二ヶ月もの間残業三昧ですから。早く神官たちが隠した資産を見つけて、調査が終わってほしいものです」
「そんなの、探したところで無駄ですよ。どうせ自分のために使ってしまったあとでしょうからね。所得隠しをする理由なんて、十中八九が私利私欲のためでしょう?」
ハハハと笑い声を上げつつ、文官はチラリとオティリエの表情をうかがう。
【いいぞ。このまま殿下に調査の打ち切りを進言しろ。補佐官たちから不満の声があがれば、殿下も気が変わるかもしれない】
やはりこの男は怪しい。首謀者――というわけではなさそうだが、関係者には間違いないだろう。
(謀反の件は補佐官やお兄様といった限られた人間にしか話していないから)
一般の文官たちはなんのためにここまで大規模な調査を行っているか知らない。もちろん、不正があるのだから調査を行ってしかるべきなのだが、少なくとも規模を縮小してもいい頃合いだと考えているものは多いはずだ。
(けれど調査はしっかりと継続されたままだから)
目の前の文官はオティリエたちが謀反の証拠を探している可能性を考え、探りを入れに来たのだろう。ここで頑なに調査の必要性を訴えれば、オティリエたちが謀反を疑っていることがバレるかもしれない。
「たしかに……言われてみればそうかもしれませんね」
「そうでしょう? まあ、余計なお節介かもしれませんけど、見たところかなりお疲れのようで気になったものですから」
文官はそう言ってニコリとほほえむ。もしも心の声が聞こえていなかったら『親切な気遣い』だと感じただろう。
「ありがとうございます。私、ヴァーリック様に進言してみますね!」
オティリエがそう言うと、彼は「是非そうしてください」と目を細めた。
文官が執務室から出ていったあとオティリエはすぐに他の補佐官たちの元に向かう。それから先程のやりとり――彼から聞こえてきた心の声について説明をした。
「調べましょう、徹底的に」
補佐官たちが力強く請け負う。オティリエたちはまっさらな紙を広げ情報を一から整理していくことにした。
「オティリエさんが先程会話をしたのはジェイミー・ブランドン。ブランドン男爵の二男です。ブランドン男爵は商会関係者。爵位継承権のない二男を諜報役として城に送り込んだ、ということなのでしょう」
「ジェイミーが現在所属しているのは戸籍等の管理に関する部署――つてがある。交友関係やプライベートについては俺が調べよう」
「ブランドン男爵家は古くからの爵位持ちですが目立った功績もあげておらず、特筆したところがありません。けれど、以前から古都を生活の拠点としているため、神殿との関わりが深いと考えられます。そのへんをもっと深堀りして調べましょう。おそらくはブランドン男爵家の裏にもっと大きな貴族がついていると思われます」
ほんの少しの手がかりをもとに、補佐官たちは自分の知っている情報を持ち寄り重ね合わせていく。
「神殿のほうの調査はこのままの規模で継続させるべきだな。あちらの意識を神殿の調査に集中させて、ブランドン男爵家の調査を目立たなくしておきたい。オティリエさんのヴァーリック様に対する影響力も低く見積もってもらっておいたほうが都合がいいし」
「とすれば、ブランドン男爵家関係の調査は僕たち補佐官だけで行ったほうがいい。ジェイミーの他にも城内に協力者が紛れ込んでいる可能性があるし、情報統制がしやすい。もちろん、怪しまれないように通常の仕事をこなしながらということになるけど……」
「やりましょう」
オティリエが補佐官たちを見つめる。彼らはふと目元を和らげ、コクリと大きくうなずいた。
***
それからひと月後のこと。リンドヴルム王国と隣国との堺にあるゲイリィズ領、領主である辺境伯は王太子ヴァーリックと対峙していた。
【なぜだ……? どうして王太子がこんな辺境に?】
彼は辺境伯を見つめつつ、ニコニコと朗らかにほほえんでいる。
「どうして僕がここに? って顔をしているね」
「え? いや、まあそれは……先触れもない突然の訪問でしたし、こんな辺境までいらっしゃるなんて、どういう風の吹き回しか気になるのは当然かと」
まるでこちらの考えを見透かしているかのような発言に笑顔。辺境伯は引きつった笑みを浮かべつつ、ふぅと小さくため息をつく。
【落ち着け……まだ企みがバレたと決まったわけではない。この場を誤魔化せば私の計画も……】
「残念だけどすでに証拠は多数押さえてある。誤魔化しきれるような状態じゃないよ」
「なっ……!?」
【おかしい。一体どういうことだ? 私の考えが筒抜けになっている。しかも今『証拠は押さえてある』と言わなかったか? 一体なんの――どんな証拠を押さえていると言うのだろう?】
辺境伯はゴクリとつばを飲む。
「神殿とは随分前から仲良くやっていたみたいだね。馬、鎧、刀剣に槍、弓矢、火薬……換価すれば相当な金額になる。そのくせ神殿に調査が入った途端、口封じのために神官たちを殺してしまうんだもの。なかなかに酷いと思わない?」
辺境伯は思わず立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回す。人払いを、と言われたため、この場にはヴァーリックと彼の女性補佐官、それから辺境伯の三人しかいない。
【落ち着け。別に私を名指しされたわけじゃない……これはただの誘導尋問だ。私はなにも知らない――知らないからにはなにも答えなければ済む話で】
「別にこたえなくてもいいよ。証拠は押さえてあると言っただろう?」
ヴァーリックが言う。辺境伯は目を見開き、ヴァーリックのことをジロリと睨みつけた。
「こちらがあなたが武器を購入したルートに関する資料だ。ブランドン男爵を利用して、購入者がわからないように幾重も細工をしたんだね。複数のルートがあったけれど、丁寧に調査をしたらすべてあなたに辿り着いたよ。こんな買い方、普通はしなくていいはずなのに、おかしな話だと思わない?」
「……なんのことかサッパリわかりませんね」
そう返事をしたものの、心臓がバクバクと鳴り響いている。本当は今すぐこの場から逃げ出したかった。
「それから、あなたが神官たちと会合をしていたことについても証言がとれているんだ。過去にあなたの屋敷で働いていた使用人たちに直接聞いたから間違いないよ。それに、あなたはご自身が王都を訪れる際も、必ず神殿に参拝していたそうだね」
「だったらなんだというのです? 私は単に信心深いというだけですよ」
「本当にそうだったらどんなによかったか。少しは神様も味方してくれたかもしれませんね」
ヴァーリックがため息をつく。彼はもう一枚書類をテーブルに置き、まじまじと辺境伯を見つめた。
「あなたが雇った暗殺者についてはすでにこちらで捕らえている。依頼主があなただという話も聞いた。言ったでしょう? 証拠はすでに押さえてある、と」
辺境伯がぐぬぬと歯を食いしばる。
【くそっ! くそっ! 無能な神官どもめ! あいつらさえ……あいつらさえもっと上手くやっていたら……! そうすればこの国は私のものになっていたかもしれないのに】
「それは無理だよ」
ヴァーリックはそう言って彼の補佐官――オティリエの隣に立つ。
「だって僕にはオティリエがいるからね」
自慢げな笑顔。どうしてそんな表情を浮かべるのか、どうして彼女がいれば企みが上手くいかないというのか、辺境伯にはちっとも意味がわからない。
けれど、ひとつだけたしかなことがある。
【私の企みはあえなく終わってしまったのだな】
辺境伯はがっくりと床に膝をつき、天を仰ぐのだった。