41.口封じと糸口
オティリエが能力を込めた水晶は翌日には神殿――調査を担当している文官たちへと届けられた。入れ替わりに、昨日の調査結果がヴァーリックたちの元へと届くことになる。資料を読みながら、ヴァーリックは深いため息をついた。
「やはり神殿の修繕費については明らかにおかしいようだね。昨日、城内の設計担当者に実際の修繕箇所を確認してもらったうえで必要な費用を計算してもらったけど、契約書に書かれている設計額とまったくあわない。材料費、人件費、作業日数のどれも相場よりも数段高い金額が記載されているんだ」
「それは――表向きの契約額は高く設定し、実際にはそれより少ない金額を業者に支払っている、ということですか?」
「そういうこと。この契約だけで少なくとも数百万、神殿が得をしている計算だ」
神殿の修繕は国からの補助金でまかなわれている。まずは神殿から国に対して見積書を提出し、内容に問題がなければ国は補助金を交付する。それから神殿と業者との間で直接契約を結んで工事を施工、契約額と補助金との差額が国に返還される、という流れだ。
「補助金の申請書を入手しました。こちらに記載されている修繕箇所と実際の修繕箇所は範囲がまったく異なります。これにより設計のおかしな部分を誤魔化したのでしょう」
説明をしながらエアニーは眉間にシワを寄せる。補佐官たちの間にため息が漏れた。
「支所で働く神官たちの人数についても領主たちから報告が続々と上がってきています。小さな街については資料どおりの人数が雇用されています。……が、大きな街では少なくとも一人、最大で三人、神官の人数があいません」
「つまり、あわない人数の分だけ、帳簿に人件費を多く計上している、ということだね」
人件費等の経費を多く計上することは見かけ上の所得……資産を少なく見せることにつながる。逆に言えば、その分だけ神殿が資産を隠しているということだ。
「来殿者数、寄付金等の額については鋭意調査中ですが、少なくとも一日の来殿者数は資料に記載の数字よりも多いものと思われます」
「だろうね」
ヴァーリックはまたもやため息をつきつつ、そっと額を押さえた。
「ここまで証拠があがっているんだ。収入や経費を誤魔化したことについては簡単に罪に問えるだろう。だけど、今回は隠している資産を――謀反の準備をしていたという証拠を見つけなければ意味がない。首謀者の一人を捕らえたところで暴動が起こってしまったら意味がないからね」
「……こうなったら、神官長を直接問い詰めたほうが早いのでは? ぼくたちにはオティリエさんがいますし、ある程度資料がまとまった時点で投獄するのが一番かと」
「そうだね。通常なら少しの間泳がせて様子を見るけれど、今回はそれが必要ない。オティリエの前では嘘が通用しないからね。謀反のこと、資産を隠している場所について問い詰めれば、たとえ黙秘をされても、心の声から証拠にたどり着けるかもしれない」
ヴァーリックの言葉に補佐官たちがうなずく。
「オティリエ、やってくれるかい?」
「もちろんです、ヴァーリック様」
返事をしつつオティリエはグッと拳を握った。
けれど、それから二日後のこと。事態は思わぬ展開を見せる。
「死んだ? 神官長が?」
「はい。神殿内に暗殺者が入り込んだらしく……神官長の他にも、主だった神官の何人かが殺されたようでして」
報告に上がった文官は顔を真っ青にしてそう説明した。
「なるほど……つまりは口封じをされたんだな」
「口封じ?」
「前にも言っただろう? 神官たちだけで謀反を成功させることは絶対にできない。この話の裏には絶対に貴族が絡んでいるって。おそらく、神殿に大規模な調査が入ったと知って、神官たちの口から自分を割り出されないように殺してしまったんだ」
オティリエの顔から血の気が引く。手のひらがブルブルと震え、おそろしさのあまり息が上手にできなくなる。
(どうしよう……これじゃどこに資産を隠しているか聞き出すことができない。もしもその貴族が謀反を諦めていなかったら? 国が――人々が危険な目にあってしまう)
「オティリエ、落ち着いて」
ヴァーリックはそう言ってオティリエの手を握る。指先の震えがヴァーリックのぬくもりで段々と収まっていく。オティリエは思わず泣きそうになった。
「ヴァーリック様……」
「大丈夫。時間はかかるけど、丁寧に調査をすればつながりは必ず見つけられる。必ずだ」
(だけど、それじゃ遅かったら……?)
そう問いかけたくなるのを必死に我慢して、オティリエはコクリとうなずく。他の補佐官たちも顔を見合わせつつ、互いにうなずきあった。
***
けれど、それからふた月が経っても、神殿と貴族とのつながりは見つからなかった。通常業務をこなしながら毎日毎晩現場から届けられる資料を読み込み、調査を続けているというのに、糸口がまったく見つからない。
(ヴァーリック様は必ず見つけられるっておっしゃっていたけど……)
生き残った神官たちを問い詰めても、彼らはなにも知らないという。オティリエの能力で心の声まで聞いたのだから決して嘘ではないはずだ。神殿と取引のあった業者等にも事情を聞いているが、有力な情報は掴めていない。調査は暗礁に乗り上げていた。
(このままなにも見つからなかったらどうしよう?)
もうすぐ雪解けの時期を迎える。いつ王都に攻め入られてもおかしくない状況だ。焦るなというほうが無理があった。
「失礼いたします、補佐官の方にお取次ぎを」
と、執務室に来訪者がやってくる。オティリエは急いで来訪者の元へと向かった。
「お疲れ様です。こちらの書類にヴァーリック様の決裁をいただきたくて……」
書類を渡されチラリと目を走らせる。どうやら年度初めに必ず決裁をとる定型的なもののようだ。
「かしこまりました。それでは、こちらで概要を説明してください。ヴァーリック様には私が責任を持ってお渡ししますね。決裁が終わりましたら連絡をさせていただきますので」
「そうですか。ありがとうございます。いやぁ……殿下にひと目お会いしてみたいと思っていたのですが、やっぱりお忙しいのですね。神殿の調査も継続しているのでしょう?」
「ええ、まあ……」
返事をしながらオティリエはチラリと文官を見る。はじめて直接やりとりをする男性だ。あまり役職は高くなく、評判もほとんど聞こえてこない。決裁等も普段なら他の職員に任せるようなタイプに見えるのだが……。
「補佐官さんも大変でしょう?」
「いえ、私は別に……仕事ですから」
むしろこれでは足りないと思っているぐらいなのに。悔しさのあまりオティリエがグッと拳を握ったそのときだった。
【さっさと調査を切り上げてしまえばいいのに……なにを躍起になって調べ続けているんだ?】
と、目の前の文官の心の声が聞こえてくる。オティリエは思わず目を丸くした。
(え!?)
オティリエの心臓がドクンドクンと大きく跳ねる。
どうしてそんなことを思うのだろう? 彼は実際に調査を担当しているわけでもないのに。
(まさか……まさか!)
ずっと探し続けていたつながり。この文官はなにか事情を知っているのではないか? 調査を切り上げてほしいと思うようななにかを――?
オティリエは興奮を悟られないよう、ゆっくりと大きく息を吸った。