40.オティリエにできること
ヴァーリックの要請により、視察当日のうちに、たくさんの騎士や文官たちが神殿へとやってきた。
彼らに与えられた仕事は大きくわけて二つある。
一つは帳簿や来殿者数といった数字に関する調査だ。
これまでのやりとりから、神官長が寄付金といった収入や経費を誤魔化しているのは明らかである。しかし、その金額は未知数であり、精査が必要な状態だ。この調査により、隠された資産がどれぐらいあるのか確認することが急務となる。
もう一つは、隠された資産の在り処を実際に探すことだ。
『金』というわかりやすい形で神殿内にあるならば話しは簡単なのだが……。
「おそらくは違うだろうね」
ヴァーリックはそう言ってため息をつく。
「謀反を起こすためには『人』、それから『馬や武器、武具』『兵糧』などが必要だ。だけど、資金があったとしても、これらすべてをいきなり揃えるのは難しい。生産が可能な数には限りがあるし、神殿がそんなものを大量発注したらとても目立つからね。長い年月をかけてどこかに蓄えていると考えたほうがしっくりくるんだ」
「あの……そもそも、神官たちが直接そういったものを準備できるものなのでしょうか? つてがなさそうですし、神殿がそんなものを用意しようとすれば、それだけで怪しまれてしまうような。誰か仲介者がいるなら話は別なのでしょうけど……」
控室で声を潜めつつ、オティリエたちは状況を一つ一つ整理していく。
「そうだね、オティリエの言うとおりだ。僕はこの話の裏には絶対貴族が潜んでいると思う。大きな騎士団を持つ高位貴族なら武器や武具を大量に購入しても怪しまれづらいからね」
「そんな……」
神殿の参拝者――信者たちは特別な訓練を受けていないから、仮に武器を手に取って襲いかかってきたとしても鎮圧するのは簡単だろう。けれど、相手が訓練を受けた騎士たちなら話は別だ。本気で国がひっくり返る可能性だってある。
「とにもかくにもまずは調査だ」
ヴァーリックの言葉にオティリエはうなずく。
とはいえ、ヴァーリックたちが神殿にとどまって調査を行うわけではない。彼には他にも公務があるし、この件について国王への報告も必要だ。この場は騎士や文官たちに任せて一旦城に帰ることになった。
けれど、ヴァーリックとともに城に戻ったあともオティリエは神殿のことが気になってしまう。神官たちがなにを考えているのか、資産は見つかったのか……不安は尽きない。彼女には彼女のすべきことがあるとわかっていても、どうにも落ち着かないのだ。
深夜になり自分に割り振られた仕事を終えたあとも、オティリエはデスクから動くことができずにいた。
「オティリエ、これ以上待っていても、さすがに今夜は情報があがってこないよ」
「ヴァーリック様……すみません。けれど、もしかしたらって思ってしまって」
調査の内容は逐一報告があがってくることになっている。とはいえ、各担当からバラバラと持ち込まれても対応に困るし調査効率が悪いため、現場担当者がとりまとめを行う決まりだ。早くても明日の朝イチにしか報告が来ないだろうということで、他の補佐官はすでに退勤してしまっている。残っているのはオティリエとヴァーリックだけだ。
「待つこと、休むことも仕事のうちだよ。以前も言ったけれど、すべての仕事を自分一人でこなせるわけではないからね。そして、任せると決めた以上は相手のことを信じる。王太子の補佐官というのはそういう役職なんだよ」
「はい……そうですね」
やるべきことはたくさんあれど、自分の体は一つしかなく、こなせる仕事や体力には限界がある。だからこそ、一人ひとりに役割が与えられている。オティリエに割り当てられている仕事は現状ない。今は休むべきときだ……そう頭ではわかっているのだが、部屋に帰っても気が急くだけだろう。
(あっ、だけど……)
情報が集まっていない今この状態でも、オティリエにできることがあるかもしれない。これならみんなの――ヴァーリックの役に立てるのではないだろうか?
「ヴァーリック様! 私、水晶がほしいんです!」
「え、水晶?」
「はい、できるだけたくさん! どうすれば手に入れられますか?」
オティリエの言葉にヴァーリックは大きく目を見開く。どうやら彼にはオティリエが考えていることがわかったらしい。
「そうか……君の能力を水晶に込めれば調査を効率的に進められる。オティリエ以外の人間にも神官たちの心の声が聞けるから、普通よりも多くの情報を引き出すことができる。彼らの嘘を見破ることだってできる!」
興奮した面持ちでヴァーリックがオティリエの手を握る。オティリエは大きくうなずいた。
「ヴァーリック様、私、少しでも国の――あなたのお役に立ちたいんです! どうか私を使ってください!」
「オティリエ……わかった。水晶なら城に備蓄がある。すぐに準備をさせるよ」
ヴァーリックが微笑む。数分後、オティリエの目の前に透明な水晶が積み上げられていた。
「まずは水晶を手にとって。他人に能力を分け与えるのと同じ要領で自分の能力を水晶に集めるんだ」
「はい、ヴァーリック様」
両手で水晶を握って力を込めると、水晶はゆっくりと薄紫色へ変化していく。身体からじわじわとエネルギーを吸い取られていく感覚だ。オティリエの額に汗が滲む。やがて全体が薄紫色へと染まり、オティリエは小さく息をついた。
「力を込めるのはこのぐらいで大丈夫だ。容量的におそらくこれ以上は入らないと思う」
「――これでどのぐらい能力が保つものなのでしょう?」
「水晶に込めた能力の効果には個人差がある。試してみないことにはなんとも言えないんだ。短時間に強い能力を発揮する場合もあれば、能力は弱くても長期間ゆっくりと持続する場合もある」
「そうなんですね」
持続力は長いほうがいいものの、能力が弱すぎて心の声が聞こえないのでは意味がない。力を込めるときに意識をすれば多少は効果が違うだろうか? オティリエは別の水晶を手にとりグッと力を込めてみる。
(もう少し、もう少し……)
「オティリエ、あまり根を詰めるとバテてしまう。君が倒れたら大変だ。今日はそのぐらいにして……」
「続けさせてください。だって私、自分の能力を必要としていただけることが嬉しいんです。大嫌いだった私の能力が国を守る鍵になるかもしれないって思ったら、居ても立ってもいられなくて」
「オティリエ……」
「それに、体力ならまだまだ有り余っています! 簡単に倒れたりしませんよ。だって私、ヴァーリック様の補佐官ですもの」
ヴァーリックの理想や願いに寄り添いながら、ときに背中を守り、腕として働く。ようやくオティリエも補佐官としての仕事ができるようになってきた。――彼に見合う能力を持つと胸を張って言えるようになってきたのだ。今頑張らなくては後悔する。
「うん……そうだね」
【抱きしめたい】と――オティリエには聞こえぬようにつぶやきながら、ヴァーリックはそっと目を細めるのだった。